第3話 影はすぐそばに
「じゃあ、行ってくるよ」
「おう! ……間違っても、手を出すんじゃねえぞ?」
「誰が出すか!」
「――私はいいよ?」
「まあまあ! 跡取りが出来たわねっ!」
おばさんが両手を頬にあてて大喜びしていた。
いや、喜ぶところではないと思うんだけど……。
「いやいや、従妹だから。今は妹だから!」
「――私じゃダメ?」
「あらあらあら~! これはもう、祝杯を挙げないとダメかしら!」
「むむむっ………み、認め……いや、うぅ~む。んんん……いや、ダメだ! ワシは認めんぞ! 兄妹で結婚なんぞ!!」
「――パパ、嫌い」
お、おじさんがまたも撃沈してる……。
膝から崩れ落ちて両手を床につき、震えてるよ。
「ら、ラン。そろそろ行かないか?」
「――うん。時間がもったいない。ママ、行ってくるね」
「はいはい、いってらっしゃい。楽しんで来るのよ?」
「――うん」
「ゲンもね。ランの御世話、よろしく~」
「はい。行ってきます!」
今日は朝に少し仕事をした。
ランは最近の任務である警邏をしてから昼頃に戻ってきて、先程工房で合流して、今から街でランの街歩きに付き合うのだ。
「――イヤだった?」
「そんなことはないさ。昨日も言ったけど、妹の可愛いおねだりに応えるのは兄の務めだ。あと、兄弟子たちが仕事を代わってくれたからな。滅多に街を歩かないから有意義な一日になると思う。もちろん、ランが満足するのが前提だけどな?」
「――そっか。まずは御飯に行こ?」
今日一日はランの要望通り、昼食をとって、アクセサリーを見て、最後に服を身に行くことになっている。
あれ?どこかで体験したような………
「――ねえ、これどう?」
「可愛いな。羽をモチーフにしたペンダントか。飛び回るランにはピッタリだ」
「――そんなに飛んでるイメージある?」
「まあな。鳥というよりかは兎のイメージだけど」
「――可愛い系?」
「まあ、そうだな」
「――ふふっ」
お気に召していただけたようだ。
ここで返答を間違えていたらへそを曲げられて後の空気が重くなっただろうな。
機嫌が良いようで、先程買ったペンダントを早速身につけてスキップしている。
こんな姿を見ると、年相応だな、と思う。
言うと顔をほんのりと赤くしてそっぽを向くから言わないが……ん?
「へぇ、こんな御店があったんだな。ランは知ってたか?」
「――魔道具屋?見た事も聞いたこともない」
「見てみるか?」
「――うん」
魔道具――魔物から稀に取れる宝珠や、鉱石である魔石などをに加工してアクセサリーにしたもの。アクセサリーだけでなく、日常の道具にも使われることがある。
例えばランプは、通常は油を用いて火をつけるが、魔石が使われていると魔力を少し与えるだけで灯りとなる。
魔法を扱える人間にとってはどちらかというと魔道具の方が便利だったりする。ただし、限度というものはあって、無限に使い続けられるわけではない。
ランプの大きさにもよるが、大体10年もてば上等だ。
「これは……水の魔石かな?」
「――何に使うの?」
「それはですね、魔物の返り血を浴びてもすぐに洗い流せるようにという事で髪留めになっています」
「なるほど。女性の冒険者からすると、髪が汚れずに済むという事か」
「――みんな気にしない」
「ははは……ですよね。だから、なかなか売れないんですよ」
「他には何が?」
量はそこまで多くはないが、商品の見た目の完成度は高い。
それに、使われている魔石が意外と大きい。信用できる人だと見れば分かる。
時々偽物の魔石や宝珠使ったアクセサリーを販売している人もいるため、あまり信用されない傾向があるんだとか。
「そうですね………私が作っているのは女性向けが多いです。あとは、軽装の人のための補助的な役割の物ばかりですね」
「この赤い髪留めだと、火属性に耐性があるのか?」
「ええ、そうです。髪が燃えてしまわないようにという事で作りましたが、こちらもあまり気にされない方が多いようで全然売れてません」
「ふむ……ラン、付けてもいいか?」
「――いいよ」
女性店主に断りを入れ、ランの髪を、先程まで水色の長い髪をツインテールにしていた緑色の髪留めを、魔石付きの赤い髪留めに変えてみると………
「うん、こっちの方がいいな!」
「素晴らしいですね! ここまで印象が変わるなんて!」
「――似合ってる?」
「ああ、似合ってるぞ」
「――ふふっ、似合ってる……そっか」
先程以上に機嫌が良くなったようだし、買ってあげるとするか。
……ポニーテールもいいな。少し大人っぽくなった気がする。
「この髪留めは……」
「表記は10ゴールドになってますけど、5ゴールドでいいですよ」
「そんなに値引きしてくれるんですか?」
「可愛い彼女さんが喜んでますから。それに、良い宣伝になってくれそうですし」
優しい人なのかと思ったら、意外と強かだった。ちゃんとしてるな~。
それと、彼女ではなく義妹です。
*この世界の貨幣価値――1ゴルド=20シルバ、1シルバ=100ブロー
「わかりました。ランにはこのままあの髪留めを付けさせますね」
「お願いします。ありがとうございました。また来てくださいね~」
ランの機嫌がうなぎ上りで良くなっていっているようで、そろそろ踊りだしそうなくらいだ。
気に入ってくれて、送った側としては嬉しいかぎりだ。
「そろそろ帰るか、ラン」
「――ん。楽しかった」
「そうか。それは良かった。髪留めも気に入ってくれたようだしな」
「――これからは毎日これにして」
「ははっ、相当気に入ったんだな。わかったよ」
「――ママにはお菓子で、パパには……砥石?」
「大分消耗してたからな。一応買っておこうと思って。今は使わなくてもいつかは使ってくれるかなと」
「――二人とも喜ぶと思う」
「そうだといいな」
二人並んで工房への道を帰っていると、何やら慌ただしくなっているようだ。
誰かが来たのか?それとも何か事件が起きたのか?
「――団長も来てる」
「オ―バーンさんも?何故だ?」
「――わからない。早く行こ」
俺は妙な胸騒ぎがしてしょうがなかった。
そして、その予感は嫌な方向で的中してしまった。
「――団長、どうしたの?」
「っ!ラン、それにゲン君も。大変なことになったわ。ランの短剣が無くなった。二人が外出してから、ゲン君の兄弟子の一人が気付いたみたい」
「ゲンとランが出て行った後、一時間くらい経った時かな。材料が足りなかったから、ゲンが持ってた分を使おうと思って持ち場に行ったら、あるはずのランの短剣がなくなってたんだ」
ランの短剣が……なくなった?
「だ、大丈夫かゲン!!」
「あ、ああ。なんとか……」
なくなった?ランの唯一にして、俺が丹精込めて作った剣が?
「ラン、今は団員を総動員して探しています。既に街は封鎖してありますから、時間の問題です。ですので、今は勝手な行動は控えなさい」
「―――――」
俺の責任だ。精霊にもオーバーンさんにも注意されたのに。
危機管理が甘かったから………
「ゲン! お前の責任じゃねえ。誰にも予想できなかったことだ。誰が、工房内にある物、しかも角っこにある場所から盗むと考えるか。お前の責任って言うんなら、そもそも見逃した俺達の責任でもある。だから、そこまで思い悩むな」
「――ゲン、団長もああ言ってるから。そんなに自分を責めないで」
「ゲン君、すぐにでも探し出してみせるから、思い詰めないで」
その後のことは何も覚えていない。
みんなに励まされたことだけはかすかに覚えていたけど、どうやって風呂に入って、メシを食って、ベッドで寝たのかまったく覚えてない。
ああ……ごめんな、ラン………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます