第10話 散歩

 色々あった翌日。

 伯父さんに休めと言われて休暇を貰ったけど、部屋にいたら悪い方へ考えてしまう気がして、気分転換に街を散歩してる。


 今日も街は平和だ。

 果物屋のおばちゃんは大きな声で客引きをし、魚屋のおじちゃんは黙々と魚を捌いてる。花屋のおばちゃんは客と談笑してるようで、時折笑い声が聞こえてくる。


 食堂には朝早い時間ということもあってか人が疎らだった。

 ………見知った顔がいたけど、関わらない方がいいだろうな。


―――――

 

 あてもなく歩き回っていると、以前に訪れた魔道具の装飾品のお店の前にいた。

 来てしまったことだし、挨拶だけでもして行くか。


「あら、いらっしゃい。今日は一人なのね?」

「あてもなく歩いてたらここに来たので、挨拶だけでもと思って」

「挨拶だけじゃなく、買って行ってよ。安くしとくからさ」

「あはは……気に入ったのがあれば買っていきますね」

「そうこなくっちゃ!」


 この前のお祭りで使っちゃったからあんまり高い物は買えないけど、ランに髪飾りを買って帰るか。最近は心配かけてばっかりだったし。


 これいいな。緑の魔石を蝶に加工してあるのか。

 こっちは透明な石……宝石かな?それを丸くして、鉄を使って縦に三つ繋げてるのか。実用性が乏しいからランは嫌いそうだな。

 この金を使った髪飾りは……どう使うんだ?


「あの……これってどう使うんですか?」

「ああ、これ?これは商人から買った物だけど、髪を丸めてから刺して固定するための物だそうよ。簪っていうみたい」

「へぇ……これ、いくらですか?」

「5ゴルドってところだけど……払える?」

「え?……1ゴルドしかないです」

「うーん……以前から贔屓にしてもらってるし、正直売れ残ってたからね。いいよ、1ゴルドで売ってあげる!」

「いいんですか!?」


 4ゴルドも値下げしてくれるなんて………でも、本当にいいのか?

 ただでさえ珍しい造形に加えて、金で出来た物だ。かなり高かったはず。

 それをたいぶ値引きして販売なんかして大丈夫なのだろうか?


「売れ残るよりはね……。それに、時々妹さんを見掛けてて、買ってくれた物を大事にしてるのは知ってるから。大切に扱ってくれる人に貰われるなら、この子も喜ぶかなって」

「大切にします!………あれ?妹だっていつから…?」

「ふふっ♪確信したのは二回目に会った時かな。初めて来られた時は彼女さんだと思っていたけど、二回目でねぇ………」


 お祭りの時のことか。あの時はリルファとカリナの二人も一緒だったな……って、そういうことか。そりゃあ気付くよな。


「あれで彼女さんだったら……さすがにね?」

「あはははは………」


 そうだとしたら、俺が最低な男か、ランが寛大すぎるってことになるな。

 万が一にも聞かれてたら、帰ったら感情のない目で無言で首を絞められる予感が……。あれで力が強いから、俺だと抵抗出来ないんだよなぁ。


「はい、どうぞ。他の二人にはいいの?」

「えっと、もともと妹のためって決めてたので、今日はナシです」

「そっかぁ……少しおまけするから買って行っていいよ?そうだねぇ……二つで三ゴルド………いや、三つで三ゴルドにするからさ」

「いや、もう手持ちないんで……」

「顔馴染みだし、ツケにしていいよ?」


 こ、この顔は……。

 狩人が獲物を見つけた時の目だ…!!

 絶対に逃がさない、って威圧をヒシヒシと感じる。 

 顔は笑顔だけど、目が笑ってないんだよなぁ。

 なんとしても買わせてみせる!って気迫が伝わってくる。

 あと、顔馴染みだからツケって……遠回しな脅しじゃないですかねぇ?


「妹さん一人を贔屓してるってバレたら、後々面倒なことになるかもしれないよ?今なら御機嫌取りできる物を格安で買える貴重な機会だと、思うんだけどな~」

「うぐっ……」


 た、確かに、カリナはなんとなく嫉妬深い気がしてるんだよな。

 ランとやりとりをしてる時に時々鋭い視線が刺さる時がある。

 リルファは……時々一緒に出掛けるから、そんなに気を遣う必要はない気がするけど、仲間外れはよくないか。


「わかりました。あと二つ買っていきます。……ツケで」

「ふふふっ! まいどあり~♪」



 結局、リルファとカリナの分も買うことにした。

 後日払いに来ないといけないけど、追加で買わされることはない…よな?

 

 リルファには金糸で編まれた髪紐に、赤と青の魔石が付いた物。普段は長い髪を流してるだけだから、気分転換したい時にでも使ってもらえたらと思う。

 カリナには三日月と剣を模したブレスレットを買った。金の剣と銀の月。なんとなくで選んだが、きっと似合うはずだ。



※※※



「「……………………」」


 お、重い……。

 重過ぎてお店全体の空気が淀んでるようにさえ感じるよぉ……。

 この空気を作り出してる発生源は………


「「…………………」」


 意見を出しては潰し合うこと数時間の、ランちゃんとカリナさんです。

 朝から始まった「ゲンを元気づける案を考える会」もすでにお昼過ぎ。

 本来ならこの時間帯になるとお客さんで賑わうはずなのだけど、二人の放つ重苦しい空気に、来たお客さんがすぐ帰ってしまってるから。

 同じ席に着いてる私の精神は毎秒ごとにザクザクと削られてます。……私はあと一時間もすれば机に突っ伏している事でしょう………胃に穴が空きそうだよぉ。


「あら、この重苦しい空気を作ってるのは貴女達なの?お店の迷惑になるから、そろそろ帰るか、嫌ならせめてその空気をどうにかしなさい」


 わぁ…! ここでまさかの救世主!!

 ランちゃんのクラン「月下の夜会」の団長であるオーバーンさんだぁ!!


「――――――何?」

「はぁ……そんな顔を見たら、ゲン君がどう思うかしら?」

「「 !!! 」」

「まあ、彼のことだから、自分のことなんか放り出して心配するでしょうね」


 あっ、ランちゃんのツインテールがピクってなった。

 かと思ったら、元気がなくなったみたいに萎えちゃった。

 なんかちょっと可愛い。髪で機嫌が分かりやすいのかな?


 カリナさんは肩がピクってなったかと思ったら、左へ視線を泳がせた。

 左眉が下がっているらしく、なんとなく失念と後悔が伝わってくる。

 

「彼を心配させたくないなら、貴女達がいがみ合っていては駄目でしょう。もう少し寛容さを身につけないと、彼を誰かに取られてしまうかもしれませんよ?」


 叱咤激励しに来たんだと感心してたら、最後の最後に爆弾を放って行っちゃった!!

  あわわわっ――チラリ。うん、私は何も見なかった。お茶でも飲んどこう。

 

「――カリナ」

「なにかしら?」

「――一時休戦、しない?」

「あら、珍しいわね。私も同じことを考えていたところよ」

「――なら?」

「いいわよ。今回は協力してあげる。今回だけよ」

「――それで十分」


 オーバーンさんの言葉を受けて、二人の中で何かが固まったようです。

 互いに笑顔はありませんが、固く握手を交わしま――せんでした。視線が交錯しただけです。

 ようやく重苦しい空気が解消されたおかげで、店員さんがホッと一息吐いてるのが見えました。

 うんうん。私も気が楽になりましたので、お昼を注文するとしましょうかね。

 お腹が減ってますし!


「注文、お願いしていいですか?」

「すぐに参ります!」


 二人にも何を注文するか訊かないと。


「二人はどうする?」

「私はこのバケットとコーヒーを」

「――私は肉野菜サンドとミルクティー」

「あら、子供ね?」

「――何?」


 うわぁぁぁ!! また喧嘩がぁ!!!

 どどどどどどうしよう!!??


「――おっ、いたいた。ちょうどよかった……って、なんで二人は睨み合ってるんだ?喧嘩は駄目だぞ。お店の人とお客さんにも迷惑がかかるんだから」


 突然現れたゲンに、二人は硬直してしまった。


「――な……なんでいるの?」

「三人に用事があってな。この店にいるのは散歩してる途中で見掛けて知ってた」

「そそ、それで……用件は何かしら?私達は忙しいのだけど」


 忙しかったね。主に二人のいがみ合いで、だけどね。


※※※


「あー……これを買ったから、三人に渡しておきたくてな。三人が集まる機会なんてなかなかないだろう?だから今日のうちに渡そうと思ったんだ」

「うわぁ…!!」

「綺麗……」

「――これ、どうしたの?」

「散歩してる途中でお店に立ち寄ってな。店長さんに三つまとめてなら格安で、って言われたから買ったんだ」

「これ、凄く良い物だー!」


 リルファは素直だなー。

 目がキラキラして、気に入ってくれたことがすぐわかる。

 袋から取り出すと、大事そうに手のひらに乗せて眺め始めてる。


「リルファは今もそうだけど、髪を流してるから、まとめたら印象も変わるかなって思ったんだよ。付いてるのは魔石だから、髪を守ってくれるしな」

「そっかぁ……ありがとう! ―――早速使ってみたけど、どうかな?」

「想像通り、かなり印象が変わったよ。凛々しくなった」

「凛々しい!! えへへ……」


 リルファが両頬を押さえて幸せそうな笑みを浮かべてる。真剣に選んで買ってよかった。――ん?

 肩を叩かれて振り返ると、カリナが金のネックレスを身に着けていた。頬は赤くして俯いていたが、チラっと上目遣いで見ながら訊ねてきた。


「ゲン。ど、どうかしら?似合ってる?」

「……大人っぽくなった気がする。今の姿はどこかの御嬢様みたいだ」

「そっか……ありがと」


 褒めると、カリナは大層嬉しそうにはにかんだ。思わず見惚れたのは……バレてないよな?


「――似合ってる?」

「うーん……少し手直しするから背中を向けてくれるか?」

「――うん」

 

 服の裾を引かれたため振り返ると、ランが簪を髪留めみたいにして付けていた。

 たぶん、これはあの子の髪形を真似した方がいいだろうな。髪を少し固めにくるっと巻いてから――刺して留める。よしっ!


「これでいいと思うんだけど……どうだ?違和感はないか?」

「――鏡ない?」

「あっ、私が聞いてくるね。ちょっと待ってて!」


 リルファが元気よく店員さんの方へと駆けて行った。

 転ぶなよー?


「借りてきた! これで見える?」

「――ん……見える。綺麗」

「だね! ふんわりとまとまってて、普段と全然印象が変わってる!」

「そうだな。普段のお転婆が、今はお淑やかな感じになってるぞ」

「――――ねえ……それ、褒めてる?」

「ほ、褒めてるぞ! 普段の髪形もいいけど、街を歩くなら今の髪型のほうがいいなって思ってる!!」

「――そっか。……えへへ」


 三人とも喜んでくれてよかった。これならツケで買ったかいがあったよ。

 ……はぁ。この一月でだいぶ貯金を削った。あとどれくらい残ってるかなぁ。

 

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