第9話 目標

 カンカンカンッ!!


「あれから、ゲンは毎日ああでな」

「そうですか……」


 違う。


「伝言があるなら後で伝えておくが?」

「いえ、様子を見に来ただけですので。それでは、また明日」

「おう、気を付けてな」


 これも違う。こんな物じゃダメだ。

 あれと比べたら鈍らもいいところ。足元にも及ばない。

 

 重く、でも鋭く頑丈なあの大剣にも。

 長く、でも軽くしなやかなあの太刀にも。


 素材が悪いのか――違う。

 環境が悪いのか――違う。


 じゃあ、何が問題か。明確だ。俺には経験が圧倒的に足りない。

 使用する素材の見極め、火加減、研ぎ。全てが足りない。こんなんじゃいつまでも辿り着けない。

 経験が足りないのは当然だ。最近になってようやくまともに武器を作れるようになったんだ。一朝一夕に出来ることじゃないのは分かってる。

 でも……辿り着きたいんだ。少しでも早く、あの領域に。 


 形だけ真似しても意味がないことはすでに知ってる。それでも―――


『焦っても良い物は出来ませんよ?』

「っ! ……そっか。そうだった。ノーランたちには感情が筒抜けだよな」

『ふぅ……昂っちゃったじゃない』

『とりあえず~冷え冷え~』

「頭を冷やせってことか?ウィーネは意外と手厳しいな」

『これくらいしか出来ないから~』


 頭に乗ったウィーネが、額に手を当ててきた。想像以上に冷たくて驚いたが、そのおかげで冷静になれた。


『目指しているモノが遥か高みであるがゆえに、少しでもそこに近付きたいと焦っているみたいですね』

「……わかるのか?」

『感情は私達に最も影響を与えやすい要素ですからね。昂ればすぐに私達に影響が来ます。それに、顔の険しさで何となくですが察せます』

『焦りすぎ』

『だね~。サラの言う通り~』

『また同じ過ちを繰り返すつもりですか?』

「あっ!………そうか。感情を制御できないと、またあの頃と同じ事を繰り返してたかもしれないのか」


 そうだった。俺の感情に呼応してしまう火精霊のサラの影響で、少し前までは武器を作ろうとすると必ず失敗した。火力が高くなりすぎて素材を殺してしまったのが原因だったと今では理解している――ノーランに教えられて、だが。


『焦るな、とは言えません。ですが、我々がいることを忘れないでください。すでに我々は貴方とともにあることを決めたのです。好きなだけ頼ってください』

「でも、こればっかりは俺が自分でやらないと意味がないし……」

『始めは誰だって初心者です。先達がいるのであれば意地を張らずに聞いてみるべきですよ?まあ、我々に教えられるような技術はありませんが』

「つまり……伯父さんに訊けと?」

『それもありです。他にも、目標とする人に直接訪ねるのもありかと。まだまだ若いのです。見聞を広げるのはより良い物を作るための土壌になりますよ』

「ノーランって、なんとなく先生みたいだな」

『…………それは、私が口煩いと?』

「そ、そういうわけじゃないぞ!?こう……含蓄のある言葉で説き伏――語りかけてくれるからありがたいなぁって思ってるぞ?」

『……まあ、いいでしょう。口煩い役目に甘んじておきます』

『私は冷まし役~』

『私は……何かしら?』

『うーん……熱し役?』

『熱し役って何よ! せめて火付け役にして!』

 

 どちらも同じだとは思うが……口にはするまい。

 噛みつかれそうだから、なんて思ってないぞ?


「みんなと話してると落ち着くよ。それに、冷静にもなれる。ありがとな」

『我々の役割は貴方の補助ですから。いつでも頼ってくださいね。口だけは達者ですから』

「ははは……」


 ノーランはかなり根に持つ。覚えておこう。


『それで~どうするの~?』

「え?さっきの、人の仕事の様子を見るってやつか?う~ん………」

『聞くだけでも~意義はあるかもよ~?』

『そうね。会えないなら伝聞でもいいんじゃない?こんな感じだった、とか。そういうちょっとしたことも参考にはなるんじゃない?』

「どうかなぁ……」

『先輩に訊いてみたり、見学させてもらってはどうですか?作れるようになったことで気付くこともあるかもしれませんよ?』

「ああ、それはあるかも。今までとは違った視点で見れるかもしれないな」

『では、善は急げ。早速見学しましょう』


 ノーランに発破をかけられ、伯父さんの一番であるバリスさんのところに向かってみることにした―――


※※※

 

「――大丈夫?」

「……………ああ、ランか。大丈夫。ちょっと精神的なダメージを受けただけだから、一週間もあれば回復するさ」

「――全治一週間はちょっととは言わない」

「そうだな。はぁ…………」


 ゲンが溜め息吐いてる。

 何かあったのは間違いないけど、どうしたんだろ?

 えっと……あっ、パパだ。


「――パパ、ゲンはどうしたの?」

「それが俺にもさっぱりでなぁ……。チラッと聞いた話だと、珍しいことに兄弟子の仕事を見学してたそうなんだが、あまりにも視線が鋭すぎたらしくてな。途中で断ったらあんな感じになってしまったらしい」

「――つまり?」

「ん?うむぅ……兄弟子たちは普段見られて作業をするなんてことがないから慣れてなかったってのもあるんだろうが、ゲンは断られた時に想像以上に落ち込んだみたいだ」

「――自業自得?」

「おおう、手厳しいな。だが、それはちと違う。ゲンは兄弟子たちに可愛がられてきたからなぁ。断られるとは思ってもみなかったのかもしれん。そこのところは本人に確認してみないと分からんが、最近は感情の起伏が激しいと感じることがあるからな、今はそっとしておこう」


 わからない。断られたから落ち込んだ?

 ……わからない。相談しよう。


※※※


「――ということがあったから相談してる」

「ん”ん!?」

「はぁ……ざっくりし過ぎて細かいところは分からないけど。とりあえず、最近のゲンはこれまでと違って余裕がないっていう理解でいいかしら?」

「――そう」

「今ので分かったんですか!?」

「まぁ……なんとかね。それで、ゲンを何か手助けしたくて私達に相談しに来たってことでいいのよね?」

「――頼れるのはママと団長と……二人だけ、だから」


 少し間があってから、頬をほんのり赤くして小声で言ったけど、隣にいる私にはしっかりと聞こえてた!

 そっかぁ……頼ってくれるくらいには信頼されてるってことだよね。


「――そっか。 一緒にアイデアを出し合おうね!!」

「ゲンのためだから。不甲斐ない義妹に代わって、幼馴染の私が必ずゲンを元気にしてみせるわ」

「――リルファだけにすればよかった」


 ぼそっと、カリナに聞こえない声量でそっぽを向きながら言ったけど、聞こえてるみたいだよ?左隣のカリナが睨んでるよー。

 こっちに視線で助けを求められても……。


「まあまあまあ! ゲンに元気になって欲しいと思ってるのはみんな一緒なんだから。みんなで考えよ?」

「――ふん」

「ふん!」


 始まりからして険悪な空気になっちゃってるー!!!

 け、喧嘩にだけはならないようにしないと!

 うぅ……まとめ役ってこんなに大変なんだね。二人が闘おうとしても止められる気がしないよぉ。

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