第2話 新たな弟子

「今日から見習いの弟子が入った! 面倒を見るのはラッシュだが、他の奴も聞かれたら答えてやれ! ほら、挨拶しろ」

「今日から御世話になります、ゼブラです。よろしくお願いします」


 今日からうちの工房に新弟子が入ってきた。

 伯父さんを除いて工房には7人の鍛冶師がいる。

 最近入ったので二年前くらいだから、久しぶりの新弟子だ。

 ちなみに、俺は6年前に弟子入りして、弟子の順番は4番目だ。


「まずは研ぎからだ! ゲン、お前が教えてやれ!」

「はい!」


――――――


「ゲンさんですよね。よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな。まずはこの剣の研磨からだ。やり方は――」


 同じ弟子に仕事を教えるのはこれで二回目だ。

 といっても、教えられるのは研磨くらいだけどな。


「こうですか?」

「ああ、上手いな。以前に何かやってたのか?」

「いえ、まったくの未経験です。偶然、ここの工房のお仕事を見て、やりたいと思って弟子入りしたんです」

「そうか。大変だけど頑張れ。何か困ったことがあったら俺でもいいし、近くの先輩に聞いてもいい。間違えたり、わからないことをそのままにすることだけはやっちゃいけないからな」

「――ふ~ん。随分と先輩風を吹かせてるんだね?」

「なんだよ、リルファ」

「なんだよ、は無いでしょ。頼んでた剣と盾を取りに来たんじゃない」

「ああ、そういえばそうだったな。ちょっと待ってくれ」

「大丈夫だよ。今日は時間があるから」


 リルファを連れて持ち場に戻る時、工房内の先輩たちから視線を感じた。

 ジトっとした視線だなー。なんでだ?


「これだ。ただ……」

「――なんです、そんなに私に会いたかったのですか?」

「……久しぶりですね、オーバーンさん」


 声に振り向くと、いつのまにかオーバーンさんが近くに立ってた。

 気配も足音もなかったとか、暗殺者かよ………


「えっ!?」

「あら、こちらの方が今回の?」

「ええ、そうです」

「リルファさんでしたね?一緒に来てもらえますか?少しでいいので」

「は、はい。わかりました……」


 オーバーンさんは偶然来たわけじゃない。

 俺が剣を創っていることを知り、秘密がこれ以上バレないようにするために今日は来たのだ。

 彼女はこのことに関して、徹底的に秘密を守ろうとしている。

 ランの兄だからなのか。それとも、利用しようとしているからか。

 理由はわからないけれども、彼女はこの件に関しては信頼を置くことができる。



「ゲン、その……ありがとうね。こんな良い物をくれて」

「素材はリルファが用意してくれたんだ。俺はそれらが、リルファの力になれるようにしただけだ」

「それでも、ありがとう。大事に使うね」

「すぐに新しいのを用意して、なんてすぐに泣きつくなよ?」

「なっ!?そんなことするわけないじゃない! ゲンのバカ!」


 リルファが怒って工房を出て行ってしまった。

 先輩からはまだジトっとした視線が送られてくる。なんだよ。


「――仕事中にイチャイチャするなんて良い御身分」


 リルファがいなくなって作業を再開しようとした直後、背後からランの声が聞こえてきた。

 工房にいた鍛冶師全員がうんうんと頷いていたが、見なかったことする。


「イチャイチャはしてないだろ!」

「――見ていて胸焼けしそうになった」

「なんでだよ!?」

「喧しいぞ、ゲン! これ以上工房の温度を上げるんじゃねえ!!」

「――怒られた」

「お前のせいだろ!?――イタっ!!」


 伯父さんのいる方から金槌が飛んできた。

 持ち手の部分だからよかったが、当たり所が悪かったらどうしてくれんだ。


「――はい、これ。また研いでおいて」

「はいはい。わかったよ。だけど、これからどうするんだ?」

「――久しぶりに今日はゆっくりする」

「そうか。休養することも大事だからな。研ぎ終わったやつはいつもの場所に置いとくってことでいいんだよな?」

「――うん」

「じゃあ、お疲れ様。俺はまだ仕事が残ってるから」


 さて、残った仕事を終わらせるとするか―――


「――明日は一緒に出掛けない?」

「え?だけど仕事がなぁ……」

「――パパに言っておく。こっちは今日と一緒で御昼までには終わるから」

「……伯父さんが許可を出したらな?」

「――じゃあ、問題ない。楽しみにしてる」


 伯父さんがそんな簡単に許すとは思えないけどな……まあ、いいか。

 仕事しよ。


「あれが工房長の一人娘のランさんですか?」

「ああ、そうだよ」

「それで、その剣が……」

「ランの剣だ。俺が研磨を任されてる。まあ、創ったのが俺だからな」

「見せてもらえませんか?」

「ダメだ。ランは信用していない相手に武器を触られるのを極度に嫌うからな」

「どうしてもですか?」


 こいつ、なんで食い下がってくるんだ?


「どうしてもだ。触りたかったらランに聞いてみるんだな」


 ……この剣に興味を持っている?こいつ、気付いているのか?


「わかりました。後日確認してみます。僕は作業に戻りますね」

「ああ、今日は指定された剣を研磨出来たら上がっていいぞ」

「了解です」


 新入りを見送ると、入れ替わりで兄弟子の一人がやって来た。


「ゲン、ランちゃんが呼んでる。行ってこい」

「え?……わかった」


 ランが俺を…?

 何か伝えたいことがあったらさっき伝えたはずだが………

 剣は……伯父さんに預けるか。


「――ゲン、話しておきたいことがある」

「なんだよ、急に。さっきの時でもよかっただろう?」

「――他の人には聞かせられない」

「……あの剣絡みか?」

「――うん。今日、新人に見せて欲しいって言われた」

「なんだって…?」


 ランの出来事はこんな感じだったらしい。


※※※


「その剣、綺麗ですね。少し見せてもらってもいいですか?」

「――いや」

「少しでいいんです。ダメですか?」


 この人、しつこい。 


「新人君、入団して早々に先輩を口説くなんていい度胸ですね。それから、その子には既に相棒がいるから諦めた方がいいですよ」

「――団長。どうしてここに?」

「少し早めに仕事が終わったからホームに顔を出しただけです。ラン、少し話したいことがありますから、付いて来て下さい」


 私、最近は特に悪いことはしてないのに……。

 別件?



「ここでいいですか。〈静寂を〉」

 

 団長は言霊で魔法を発動できる希少な存在。

 ただ、本人曰く、「簡単な魔法くらいしか発動できませんよ」、なんて言ってたけど絶対謙遜。


「さて、察しが悪いのはいつも通りですね。あなたのその剣についてです」

「――これ?没収?」

「しても構いませんが、代わりの物では満足できないでしょう?……あなたのことを調べ回っている者達がいます」

「――――なぜ?漏れてないはず」

「ええ、どこで漏れたのかは分かりませんが、どうやら不埒な輩が動き回っているみたいです。あなたの家族の周りにもその影が及んでいるようです。気を付けるように促してくださいね?」

「――わかった。ねえ……」

「それ以上は駄目です。まだ確証はないので。ですが、あなたの家族に手は出させません。もちろん、愛しのゲン君にも、ね?」

「――近寄らないで、ゲンに」

「さて、それはなんとも言えませんね」


※※※


 ということがあったらしい。最後の部分は果たして必要だったのか……

 まあいいさ。気にしない。兄妹だから大丈夫。

 問題は………


「俺とランだけじゃなく、伯父さんや伯母さんにまで危害が及ぶ可能性があるということか?」

「――なんでこんなことにならないといけないの……」


 表情はわかりにくいが、ランが怒りに震えていることが分かるから宥めないと。

 こういうときは抱き締めないと後でむくれるからな……


「ラン、大丈夫だ。俺たちは心配ない。みんながいるし、それに警備の人達がいてくれてるんだろう?」

「――うん。団長が言ってた」

「なら、大丈夫だ。心配するな。何かあればランにも頼る。な?」

「――うん」


 ようやく落ち着いてきたらしく、背中に腕を回してきた。


「ランにしか出来ない仕事がある。だから、ランはランのやるべき事をしてくれ」

「――ゲンは一人で大丈夫?」

「伯父さんと伯母さんがいるし、リルファやヨハンさんもいる。それに、ランも」

「――泥棒猫たちが出るのは癪だけど、わかった」


 泥棒猫って………


「それと、気を付けてくれよ。ランは天然なんだから」

「――……」

「痛っ!?背中を抓るな!」

「――ひと言余計。だけど、安心した。ゲンも気を付けてね?弱いんだから」

「それを言われると何も言い返せないな……。だが、大丈夫。なんとかなるさ」

「――根拠のない自信は失敗に繋がる」

「伯父さんの言葉だな。ただ、今回はなんというか…信頼してるからかな。大丈夫な気がするんだよ」

「――ゲンは私が守る。ママもパパも守る、全て守る」


 ランは昔からこうだ。家族を守るため、仲間を守るため、自分にとって大事な物を守るために、自分の全てを擲とうとする。

 誇らしいけど、無茶してほしくないというのも本音だ。


「気負い過ぎるなよ。みんな、無理してランが傷付くのは見たくないんだから」

「――ゲンも。少し苦しい」

「そうか、ごめん。もう大丈夫そうだな」

「――もう少しだけこのままで」

「ランは甘えん坊だな」

「――ゲンとママにしか甘えない」

「そうか…………そろそろいいか?」


 身長差のため仕方がないが、ランの頭が腹に押し付けられてちょっと苦しい。


「――うん。元気いっぱい。明日の午後は空けておいてね」

「伯父さん、許したのか……」

「――ダメ?」

「駄目じゃないさ。可愛い妹のおねだりだ、無下にはしないよ」

「――デート楽しみ」

「デートって……まあ、良い息抜きになるよう努力するよ」

「――自然体が一番」

「それもそうか。明日は楽しもうな」

「――うん」


 明日の午後はランとのデートで確定したようだ。

 まあ、可愛い妹の滅多にないおねだりだから当然聞いてあげる。

 というか、ここで拒絶する兄がどこの世界にいるだろうか、いや、いない。

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