第10話 伝説の始まりの初め
「ゲン! まだ起きてたのか?」
「ああ、もう寝るけどね」
「ん……その剣、ランが来たのか?」
「そうだよ。剣が折れてしまったから代えの剣を取りに来たんだ」
「んで?どの剣を渡したんだ?」
「……俺の剣だよ」
「……は?お前の?てことはなんだ、まさか……遂に剣を作れたのか!?」
「ああ……ようやくだけど、納得の一本が出来たよ。それをランに渡した」
「…………」
「伯父さん?」
「よくやったなオメー!! これで一人前だ!!」
ランに剣を渡してから3時間ほど経った午前2時、片付けをしていると伯父さんがやって来た。
どうやら警鐘で起きて工房を見に来たらしいのだが、寝起きの機嫌の悪さもどこへやら、興奮した状態で褒められてしまった……褒められるって嬉しいもんだな。
それから時間が経って午前9時。全てが終わったらしい。
首長から安全宣言が出された。これも全て街にいた冒険者のおかげだ。
みんなには後で感謝しないと。
さて、そろそろ寝ようかな―――
「――貴方がゲンですね?」
「え?はい。そうですけど、何か?」
「ランが所属するクランの団長、オーバーンです」
「丁寧にどうも。バルフレア工房の見習い鍛冶師のゲンです」
「手短にいきましょう。ランの剣を作ったのは貴方ですね?」
「はい」
なんだろう、急に。
ランはさっき出て行ったんだけどな………
「忠告しておきます。これからは剣を作らない方が身のためですよ」
「……なんですか、急に」
「拝見しました。今のところ、あの剣のことを知っているのは私とラン、貴方、そしてオジサマだけですね?」
「そうですよ。少し前に出来たばかりですから……」
「あの剣のことを知られれば、他の冒険者がここに押し掛けて有無も言わさず貴方に作らせることでしょう。それを理解していますか?」
この人はあの剣のことを分かっているのか?
「あれはあの剣一本だけだ。これからは作るつもりはないが?」
「そうではありません。作れるということ自体が問題なのです。あの剣は他と一線を画します。上位の冒険者であっても欲しがるでしょう。いえ、上を目指す者なら必ず欲するでしょう――どんなことをしても」
「……そこまでか?」
「魔物の素材を殺すことなく、かつ武器の性能を落とさない。これがどれだけの技術か分かっていますか?かつて一人だけ存在したと言われているくらい伝説的な技術です。そんなことが出来てしまう鍛冶師がいる、それだけで大陸中の鍛冶師は職を失いますよ」
「それほどなのか……」
「それほどなのです。ランには人前で帯刀しないように言い含めてありますが、貴方が軽率な行動を取れば我々の努力は水の泡。これからは気を付けてくださいね?」
「わかった。気を付ける」
「では、これにて」
あの剣にそこまでの価値があるなんて。
そうと知っていれば俺は打たなかったか?
いや、それでも、ランのために打っていただろうな。
『後悔していますか?』
「いや、後悔してない。あれは正しい選択だったと思っている」
『そうですか。ですが、先程の御方がおっしゃったように、あの剣は異質です。気付いた者は必ず貴方の元へと辿り着くでしょう。これから気を付けてくださいね?』
「心配してくれるのか、ありがとう。でも、これからはお前達が言うように金属だけで打つつもりだ。あれが最初で最後だ」
『そうであってくれることを願うばかりです。では、私も一度眠りにつきます』
「手伝ってくれてありがとう」
『いえいえ、どういたしまして』
工房で、オーバーンさんに言われたことに考えを巡らせていると来客があった。
「無事みたいね」
「ん?――ああ、カリナか。お疲れ様」
「私は特に何もしてないから、労う必要はないわよ」
「――嘘。夜の奇襲にいち早く対応したのは貴女」
「気付いていたんですか?」
「――それに作戦指揮を執っていたのも貴女」
「流石に何もしないという選択肢はなかったから、私の出来る範囲のことをさせてもらっただけよ」
「――ずっとここの屋根の上から戦場を見てたのも知ってる」
「有り得ないとは思ってたけど、万が一も考えられたからここで待機していただけ」
「――なんで前線で戦わなかったの?」
ん?なんでランはここまで食い下がるんだ?
手助けはしてくれたんだし何も問題はなかったはずじゃないのか?
「その必要があったかしら?」
「――自分には無縁の土地だから高みの見物をしてた?」
「手を出すまでもなかったでしょ?それとも、私の力が必要な場面があった?」
ヤバい。ランの目に少し憎悪の感情が見え始めてる。
前線で何かがあったのは間違いないだろうが、ここで喧嘩されて工房が破壊されれば廃業確定だ。
止めなくては。
「二人とも、そこまでだ。無事に魔物を撃退出来たんだ。今更いがみ合うことないだろう?」
「――――次は無いから」
ランが感情を表に出すなんていつ以来だろうか……。
滅多に負の感情を見せないランが感情を露わにしたということは、よっぽどのことが前線で起きたのか?
「ゲン、今日はもう宿に戻るから。明日また会いましょう。それじゃあね」
「――二度と来なくていい」
カリナの去っていくその背中に、ランが吐き捨てる。
ここまで感情的なのは珍しいな。
「ラン、何があったんだ?お前がそこまで怒るなんて――」
「ゲン、大丈夫!?怪我とかしてない?」
「大丈夫だ。大丈夫だから、リルファ、一旦離れてくれ」
「あっ!……ご、ごめんなさい」
「――泥棒猫」
「誰がですか!!――って、ランさん! 怪我は大丈夫なんですか!?」
「――黙っててって言ったのに」
「怪我!?ラン、お前怪我したのか!!?すぐ治療してもらわないと!!」
「――問題ない。どうせメンバーがここに来るから」
「え?ここに?」
冷静さを取り戻したとき、誰かが近付いてくる足音が聞こえた。
振り向くと、治癒士の恰好をした聖母みたいな人が立ってた。
見惚れてるとランとリルファに足を踏まれた。いっってぇ………
「ふふっ。怪我をしたと聞いたので急いで来てみれば、お兄さんとじゃれ合ってる最中ではないですか」
「――じゃれ合ってるわけじゃない」
「傍から見るとそういう風に見えますよ?さて、傷口を見せてください。剣を折られた際に怪我をしたと聞いてますよ」
「――深手じゃないから問題ない」
「い・い・か・ら、座ってくださいね?」
「はい……」
おおっと、珍しいものを見たな。
あの猫のように自由なランが、首根っこを掴まれたかのように大人しくなった。
「もう! 傷を甘く見てはいけません、といつも言っているでしょう?」
「――でも、相手はミノタウロ」
「関係ありません! いつ、誰が相手でも傷を負う事の重大性を教えてきたでしょう?毒を塗られていたら行動を制限されていたかもしれないのですよ?」
「――相手の武器を見ても塗ってあるようには見えなかった」
「それでもです! 傷を負うだけでも身体への負担は多くなるというのに!」
「――だから、剣が折れた時点で撤退した」
「それに乙女の肌を大事にしなさいといつも言ってるでしょう!」
「――冒険者は怪我してなんぼ」
「女の子なら見た目のことにも気を使わないと!!」
「――バーニヤはいつも口煩い」
「――なんですって?」
バーニヤさんの眉がピクピクと動いてる。
これは長いお説教の時間かな?
いつも口煩く言われてるから苦手意識を持ってるんだな……
「えーっと……ゲン。研ぎをお願いしていい?」
「ああ、いいぞ。明日には渡せるようにしとくから」
「うん。また明日取りに来るね。お疲れ様」
「リルファもな。お疲れ様。帰ってよく休めよ」
「ゲンもほどほどにね?」
さて、リルファの剣を研いだら俺も寝るか。
さすがに寝たい。
「――うぅ……ゲン、助けて」
「こらっ!話はまだ終わってませんよ!」
……まあ、助けなくていいか。
少しは怒られて無茶をしないように強く言ってもらわないとな。
伯父さんと伯母さんがいつも心配してるし、俺も心配させられるからな。
“彼女の剣は彼が……?”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます