第8話 されど彼は剣ではなく砥石を握る
「前線はどうなってるんだ?」
「ちょろっと聞いた話だと、今のところはなんとかもっているらしい」
「みんなは………」
「オメエよりタフだからな、心配ねえさ。それより、研ぎは終わったのか?」
「今やってるよ。これで最後だ」
「そうか。なら、それが終われば今日はもう上がっていいぞ」
「だけどさ、まだ何本か残ってる……」
「気にすんな。兄弟子たちが終わらせる。お前は休め」
「………わかった」
三日前の戦闘は圧勝に終わった。
ゴブリンの群れ100体ほどだったらしいが、ゴブリン程度ではこの街を攻略するなど不可能だったのだ。
二日前、オーク10体ほどがゴブリン200体を率いてやってきたが、これも余裕をもって殲滅した。
この時点でほとんどの冒険者は油断していたらしい。
そして昨日、今度はミノタウロスが数頭、ガーゴイル10体ほどを加えた400体規模の侵攻があった。
これまでとは違う編成と戦力に冒険者たちは苦戦を強いられ、ついに死者が出たらしい。
早朝から戦闘が始まり、次の日の夜更けまで続いたから冒険者たちは疲労困憊の状況。精神的にも、物資的にも消耗が激しかったらしく、徐々に脱落者が出てきているとのこと。
そんなこともあってか、俺たち鍛冶師は朝から晩までフル稼働せざるを得なくなっている。
さらに、魔物の襲来の影響で様々な物資が不足し始めている。
俺たち鍛冶師にとって必須の砥石や鉱石なんかも徐々に減り始め、底をついた鍛冶工房もあるんだとか。
うちはまだ余裕があるが、このまま魔物の襲来が続けばどうなるか………
「――ゲン。ちょっといい?」
「ランか。どうした?」
「――研いで欲しい」
「わかった。時間がかかるが大丈夫か?」
「――今は休憩中だから問題なし」
「そうか……大丈夫なのか?」
「――今はまだ。でも、あれで終わりとは思えない」
疲れているはずなのに、ランの眼はまだまだ鋭さが消えてない。
それに、油断してないみたいだ。
俺も気を引き締めないとっ!
「伯父さんも同じことを言ってたよ」
「――そう。ゲンは……」
「なあ、今さっき風が変じゃなかったか?」
「――うん。ゲンも感じた?」
「ああ。なんて言うか……そう、風が騒いだ感じだった」
「――私は悪意のようなものを感じた」
「悪意?」
「――悪意。害意って言ってもいい。とにかく、こちらを攻撃しようとしているような感じ」
「なるほど。夜の間に奇襲を仕掛けてこようとしてるってことか?」
「――かもしれない。団長の元に行ってくる」
「ああ、それまでには終わらせとく」
「――お願い」
頷くと、ランは足早に工房を出て行った。
いつも以上に無表情で、少し怖いと思ってしまった自分が情けないな。
ランが出て行ってから少しして伯父さんがやって来た。
「ランが来てたみてえだが、すぐに飛び出してどうした?」
「なんか、悪意を持った存在が近付いている気配がしたんだって」
「ああ?ってことはなんだ、魔物が奇襲しに来てるかもしれないってことか?」
「らしい。だから団長のところに行ったよ」
「………ゲン、ランの剣を作る準備をしとけ。研ぎが終わってからでいいぞ」
「は?なんだよ急に」
「前のことがあるからな。あいつはアレ一本しか持ってねえ。一応、念のために作ってやれ」
「俺じゃなくて伯父さんが作った方が確実だろ?俺じゃあ……」
「やる前から諦めるんじゃねえ! 男なら一度や二度の失敗程度でへこたれるんじゃねえよ!!」
「……10回は失敗してるよ」
「……と、とにかくだ! やってみやがれ!!」
「いいのか?」
「工房を破壊しねえ限りはいくらでも失敗して構わねえさ!」
「……わかった。これが終われば早速取り掛かる」
「気ぃ引き締めてやれよ!」
素材よし。道具よし。炉も準備出来た。
「よし! やるか!!」
それから1時間後――――
「……まあ、なんだ。こんなこともあるって。もう一回やってみろよ。工程は間違ってなかったんだからさ。次は何を間違えたか分かるはずさ」
先輩鍛冶師に慰められるのも今日までで何回目だっけ………
「わかった。やってみる」
また1時間後――――
「今日はもう上がったらどうだ?きっと疲れが溜まってるんだろう」
「あと一回だけ挑戦する。それで駄目なら今日は上がるよ」
「そうか。なら頑張るんだな。……無理はするなよ?」
「うん。お疲れ様」
何が悪いんだ?
素材はちゃんと良い物を用意した。
火の温度もしっかりと確認した。
工程も間違えてはいなかった。
いつもそうだ。途中までは上手くいくのに―――
『――心……強、…る』
「え?」
『想……が――ぎる』
「誰かいるのか?」
先輩は全員戻ったのを確認したし、伯父さんとおばさんは夕飯を食ってるはず。
誰もいるはずがない………まさかな。
「いるわけないよな。全員戻ったのは確認したんだから。疲れで幻聴でも聞こえ出したか?もう上がるか」
『ハジメマシテ』
「うわっ!?」
立ち上がろうと目を開けた瞬間、目の前にオバケが!!
『あなた方の言葉では、精霊、と呼ぶ存在です』
「……精霊?」
『はい』
「なぜここに?」
『あなたの想いに惹かれて顕現しました。砥石から』
精霊が指さしたのは親父の形見の砥石だった。
「砥石?……あの呪われた?」
『呪われた?なるほど、そう伝えられているのですね。ですが、それは嘘です』
「どういうことだ?」
『あの砥石の価値を知らないのですか?』
「親父の形見でしかない。伯父さんからは呪われた砥石としか聞いてない」
『あれは呪われてなどいません。ただ、持ち主を選ぶのです』
「持ち主を――選ぶ?」
『はい。誰にでも扱える物ではありません』
「じゃあ、なぜ俺は扱えるんだ?」
『選ばれたからです』
「どうして?」
『……残念ながら教えるわけにはいきません』
精霊はゆっくりと頭を左右に振ってみせた。
これ以上は何度聞いても教えてくれないだろうな。
「そうか……。じゃあなんで呪われた砥石なんて呼ばれるんだ?」
『それなら答えられます。二百年ほど前、最初にこの砥石を発見した人物が封印したことに由来しているのだと思います。それ以来、採掘されていませんから』
「それを親父が掘り出した?」
『そうなります。恐らく別の物を採掘中に偶然発見したのではないかと。数は少ないですがいまだに存在してますから』
「それで、なんで呪われた砥石なんだ?」
『そうでした。それはですね――――』
曰くこういう事らしい。
砥石を発見した鍛冶師の男がそれを使って剣を研いだところ、なんと魔力がわずかではあるが付与されたらしい。
で、その話を聞いたライバルの鍛冶師は夜中に盗み自分で使ったところ、元の持ち主以上の魔力を付与することに成功。
盗まれたことに気付いた持ち主は取り返しに行ったのだが、魔力が付与された剣で右腕を斬り落とされてしまった。
しかし、偶然現場に居合わせた冒険者三人によって魔法剣を持った鍛冶師は拘束され、砥石と魔法剣はとある場所に封印されることになった。
この時、冒険者もまた無傷ではすまなかったらしい。
この一件を踏まえて当事者たちの間で話し合いが行われ、二度と同じ悲劇が繰り返されることが無いようにと、採掘現場も厳重に封鎖された。
『これが私の知る全てです。おそらくこの時から、呪われた砥石、という名前で禁忌として扱われ、現代まで続いてきたのだと思います』
「なるほど。そうすると、別に呪われているわけではないんだな」
『そうです。父君が亡くなられたのはおそらくトラップのせいでしょう』
「……そうか。過去の反省として設置された罠を起動させちゃったのか」
『不幸な出来事、といって片付けることも出来ますが、当事者として申し訳ない気持ちでいっぱいです』
「当事者?というか、精霊にも感情はあるのか?」
意外、と言っては失礼かもしれないが、とても人間のようには見えない。
どちらかと言えば……魔物に近い存在。
『失礼ですね。精霊にも思考があれば喜怒哀楽に似たモノはありますよ。それで、当事者というのは私のように砥石に宿る精霊たちのことで、私達はあの時何もしなかったのです』
「……何もしなかった?」
『力を行使すれば助けることは出来ました。ですが、我々は過去の過ちを知っているからこそ力の行使を躊躇い、結果としてあなたの父君を見殺しにしました』
「……そうか」
『怒らないのですか?』
「あんた達精霊にも事情があったんだ。一方的に批判する気にはなれないよ」
『……そうですか。やはり貴方を選んで良かった』
「どういう意味だ?」
『今日この時をもって私は貴方に力を貸します』
「それは――この時間に警鐘!?」
『動き始めたみたいですね』
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