第6話 王都

「おおー! 凄いな!!」

「――ゲン、大はしゃぎ。でも、気持ちは分かる」


 隣に座るランの声も心なしか気分が昂揚しているのが伝わってくる。

 それだけ目の前の光景は俺達にとっては興奮するものなのだ。



 大きな石造りの門を抜けると、王城まで真っ直ぐに続く幅広い道と、ズラリと並んだ多種多様な商店が視界に入ってくる。

 そして、それぞれのお店からは活気のある声が聞こえてきて、道行く人もそれに応えるように足を止めて商品を眺めていたりする。

 中には武器を携えた人がそこかしこにいる。チラッと見た感じでも、それなりの質の装備を身に着けている人がほとんどだ。



「まもなく『星の見える丘』の拠点に着きます。すぐに降りられるように準備を始めておいてくださいね」

『はいっ!!』


 オーバーンさんの声掛けに団員のみんなが元気よく答える。

 長旅で疲れているはずなのに凄いな。やっぱり体を鍛えているからか。

 俺も少しは鍛えないとなぁ……って、俺も支度しないと!



 クランの建物の前に到着すると、グローリアさんと仲間の人が三人現れた。

 奥に見える大扉から中を覗き見ると、他にもたくさんの人が待ってた。

 一体どれくらいの人がいるのだろうか?


「遠い所からようこそ。お疲れのところ申し訳ないが、色々と報告しておくべきことがある。悪いが休憩はもう少しあとだ。ゲン君も参加してくれ」

「わかりました。ゼムルとゲン君以外は解散です。各々準備をしておくように」

『はいっ!!』

「――私も?」

「貴女も待機です、ラン」


 さすがに頬を膨らませるような分かりやすいことはしなかったけど、雰囲気で不満を表明していたランをオーバーンさんは取り合わず、バーニヤさんがさっさと連れて行かれてしまった。


「さあ、行きますよ」

「はい」


 オーバーンさんに促されるまま、グローリアさんの後に続く。




 円卓のある部屋に入って椅子に座ると、グローリアさんはすぐに話を始めた。


「お疲れでしょうから手短に。まず、今回の討伐作戦は我々を含めた3つのクランと貴族軍、総勢約二千名による大規模戦である」


 総勢二千!?そんなの聞いたことが無いぞ!!?


「……随分と大きくなったものですね。貴族側に援者でもありましたか?」

「察しがいい。そうだ。新たに三貴族の御子息と、王子が参加することが昨日決定した」

「つまり、半分以上が貴族たちの兵ということですか」

「――事前協議では、クランと貴族軍は独立した指揮系統ということになっているが、明日の会議でどうなるか……」


 明日の会議で、クラン側が貴族軍の指揮下に入れられるかもしれないってことか?

 それは……良いことな気がするけど、何かマズイことでもあるのか?


「ゲン君。この場合、貴族軍の指揮下に入るということは戦闘を事実上封じられることになり、カレンさんの件に繋がります。それだけでなく、クランに対する評価を低下させる狙いもあるかもしれませんね」

「それだけではない。我々を抱き込むことも視野に入れているようだ」

「なんですって…?」


 グローリアさんの発言でオーバーンさんの顔には嫌悪が浮かんだ。


「我々以外のクランにも挑戦状を叩きつけているらしい。今いる3つのクランだけではない。どれだけ増えようとも、自分たちが数の利で丸め込めると考えているらしい。加えて、第三王子の参加だ。我々はすでに逃げ道を断たれたも同然だ」


 そもそも、どうして王子が参加するんだ?

 物見遊山のつもりなのだろうか?護衛がたくさんいるから安全だとでも思い込んでいるんじゃないか?


「ゲン。第三王子は好戦的な人間だと知られている。今回の討伐戦に参加したのも物珍しさと力試しのつもりだろう」


 顔に出てたんだろう。隣に座るゼムルさんが疑問に答えてくれた。

 ……そんなに分かりやすく顔に出てたのか。


「でも、危な過ぎませんか?これだけの人数を集めないと勝てないかもしれない相手なんですよね?」

「ゲンの考えが普通だ。だが、王子は3つのクラン……それもギルドに最も近いクランの一つが参加しており、さらに精鋭の近衛兵500名を連れているため安全は担保されていると触れ回っているらしい」

「王様は止めないんですか?」

「王も、実力を知るのにも見聞を広めるのにも丁度いい機会だと考えているらしく、止める素振りはない。それに、第三王子なら後継者として気にしなくていいと思っているそうだ」


 自分の子供を何だと思っているんだ?死んでも構わないのか!!


「とにかく、明日が我々の分水嶺となる。明日次第だが、他のクランと協力して独立行動を取らざるを得なくなるかもしれない。その時はすまないが頼りにしているぞ」

「ええ、我々も貴女方に恩を売る絶好の機会ですから、協力は惜しみません」


 グローリアさんは疲れた表情を、オーバーンさんは暗い笑みを浮かべてる。

 なんとなくだけど、グローリアさんは苦労人なんだろうってことは察した。

 あと、オーバーンさんは腹黒い。


「それで、他には何の報告が?」

「飛空艇の件だ。あちらで『灰被り』の手下どもを捕まえた。下っ端ゆえ有力な情報は得られなかったが、ゲン君を探していたことは確実だ」

「こちらも襲撃を受けました。道を塞いで奇襲を仕掛けるという周到さと、恐るべき情報収集力。決して侮ってはいけない相手だということを認識させられました」

「地上にも網を張っていたか……。やはり、敵は我々が想像している以上に厄介ということか。ならば、王都に来てもらったのも悪い事ばかりではなさそうだな」

「結果論ですが、同意します。ここならば襲撃の脅威は小さいはずです」

「この王都で目立つようなマネはしないだろうが、気を抜くなよ?どこにでも〈闇〉というのは存在するのだからな」


 闇…?悪い人たちのことか?

 『灰被り』ってのはどこにでもいるんだな。

 ――なんて甘い考えを思い浮かべていると、それを敏感に察したのだろう、オーバーンさんから鋭い視線と飛んできた。


「ゲン君、〈闇〉というのは『灰被り』のような悪人たちだけではありません。君を利用しようとする者、他人を貶めようとする者、権力を振りかざして縛りつけようとする者など……挙げればキリはありませんが、この世にはそういった人間がうじゃうじゃいることをしっかりと覚えておいてくださいね」

「は、はい……」

「経験者は語る…か」

「何か?」

「いや、何でもない」


 グローリアさんとオーバーンさんの軽口の応酬は、二人の関係を知らなくても緊張を覚えるものだった。



「さて、本題に戻るとしよう。今回の大規模戦だが、相手は―――」


 話の途中で突然、扉を勢いよく叩く音が室内に響く。

 グローリアさんが許可を出すと、荒い息を吐いている団員さんが入って来た。


「だ、団長!」

「落ち着け。落ち着いたら報告しろ」

「ふぅ……先程、王城から兵士が来まして、今すぐ王城に参集せよとのこと!」

「……嫌な流れだ。しかし、逃げる選択肢はない。悪いがお前にも来てもらうぞ、オーバーン」


 さっきの軽口の時とはまるで違う、威圧的な雰囲気を放つグローリアさんと、眉間の皺がより深くなったオーバーンさんを見た俺は、無意識に血が出るくらい拳を握りしめ、額に汗を滲ませていたことを部屋を出てから気付いたのだった。

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