第41譚 故に人形
領主が
客室は領主邸の一室というだけあり、実に
考えるべきことは山積みだ。
けれどキョウはまず旅行鞄から、人形の首を取り出す。銀の人形――いや、ロサが落ち込んでいれば、どう
「な、んで」
人形が嘆いていたからではない。
人形が怨んでいたからではない。
人形が絶望していたからではない。
美しく整った様相からは、あらゆる感情が抜け落ちていた。
無だけが、綺麗な容貌を覆い尽くしている。感情が、魂が、
抱きかかえて幾度も揺らすが、
「ロサ……ロ、サ……返事をしてくれッ……ロ、」
「キョウさま」
静かな呼びかけに視線を持ち上げた。
「もう、壊れております」
信じたくないと首を真横に振るったが、虚ろな重量からは逃れられない。
解っているのだ。解らないはずがない。くしゃりと相好を歪めてから、キョウが二度と動かない人形を抱き締めた。規則的な呼吸は続いていたが、そこにはもはや意志もなければ、意識の残骸すら見いだせない。
棄てられた人形は壊れる。それが、人形の。
「なん、で壊れるんだよ……ッ」
キョウが呻く。
幾筋もの悲しみが右側の頬を濡らす。
存在意義を失う絶望とは半身をもがれるような悲痛だ。
けれどそれでも生きていけるのが人間という生物であった。浅ましくも
両親に棄てられた兄弟が生き延びたように。
人間とはそういう生きものだと彼は常々考えていた。
しかしながら、人形は存在意義無しには生きていけない。人形に意義を与えられるのは主を置いて他にはいなかった。どれほど人形を慈しんでいても、他の者では意味がない。故に遺された人形は停まり、引き離された人形は狂い、棄てられた人形は壊れるのだ。
「兄さんはどうして、人形にこんな宿命を与えたんだ」
悪意を持たなかった人形師の、たったひとつの復讐なのか。
銀の人形は身動ぎひとつせず、
「キョウさまは、ご存じなのではございませんか?」
白ばかりに覆われた、純真なる人形師の、その裏側を。
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