第15譚 敢えて 罰を

「私はね、時に現実が疑わしくなることがあるのだよ」


 遥かに深くて、静かな声だ。

 彼の語りは静寂をまとい、夜のとばりすら乱さなかった。水底から聴こえてきているのではないか、と錯覚するほどに深い響きを有しているが、暗くはない。

 キョウは姿勢を整えて、真剣に盲目の騎士を見つめた。


「私は騎士だった。いや、二度と戦えなくとも私の精神は、紛うことなき騎士だ。陛下の御為おんために剣を振るい、領地や民を護るという名目で数多の敵を屠ってきた。騎士道精神に則って、略奪や虐殺、陵辱には決して手を染めなかった。女性や子供を斬り捨てたことはただの一度もない。されど敵兵は容赦なく、屠ってきた。それが騎士の役割であり、護る為の戦いであったと理解している。後悔はしていない。後悔など許されない。それくらいはわきまえているつもりだ。私は、血にまみれているんだよ」


 キョウが黙って、頷く。軽々しい相打ちを差し込む気にはなれなかった。椅子の軋みから、ユリウスは無言の返事を受け取ったようだ。


ろくな死にかたはしないだろうと、ずっと思っていたんだ」


 一言一言は陰鬱いんうつなものだったが、不明瞭さはなかった。

 きっぱりと、彼は語るのだ。


「されど陛下の御取り計らいにより、私はつい住処すみかを与えられて、穏やかな日々を過ごしている。傍らには娘同然の可愛いプエッラがいて、屋敷の周辺には薔薇が咲き誇っていて。陳腐ちんぷな例えではあるが、楽園のようだ。日頃から幸せをかみ締めているが、不意に言い知れない不安に駆られるのだよ。私がこれほど恵まれていて良いのだろうか。私は罰を受けるべきなのではないか、と」


「……あえて罰というのでしたら、貴殿はすでに受けているのではありませんか?」


「盲いた目かい? あるいは病かい? いやそんなものでは、あがなえない。仮にそれが罰だとしたら、私は自身の罪に彼女を巻き込んでいることになってしまう」


「どういうことでしょうか?」


 ユリウスが一瞬、言葉を詰まらす。


「彼女は、こんな私を慕ってくれているんだ。プエッラは善い娘だから」


 悲しむように、慈しむように。

 彼は嘆く。


「彼女を残して逝ってしまうことが、ただ申し訳ない」


 彼は塞がった瞼を震わせて、眉間に力を込めた。

 どう言葉をかけるべきかと考えたが、なぐさめや励ましなど意味をなさないと痛感してしまい、遂に黙り込んでしまった。ユリウスが語ってくれた内情は偽りとは思いがたい。真実であろう、と思うが故に慰めなどかけられなかった。


「僕も似たようなものです。僕は、罰が欲しい。罪には罰を。そうでなければ安堵などできない。けれど決して巻き込みたくない相手を道連れにしてしまっているのが現状だ。なので、貴殿の御気持ちは諒察りょうさつできます。理解できるとは申しませんが」


 ユリウスは虚を突かれたようだが、我に返ってからゆっくりと頷く。


「そうか。君はまだ若いのに。私なんかと同じような場所にいるのか。そうか。そうなのか」


 同情ではなかった。

 どこまでも痛ましそうに繰り返す。


「近い将来に逝ってしまう私が、プエッラにしてあげられることはなんだろうか。ひとつの解を導いたのだが、はたして正しいのかどうか解らないんだ。私は――」


 言いかけたのが早いか、食後の紅茶を持ってプエッラ当人が姿を表す。何を話していたのかも知らず、彼女は上機嫌だ。レムノリアと意気投合して、手際よく片付けが進んだようだ。

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