第9譚  薔薇の幼女と老いた英雄

「御待たせしました。何か御用なのですか?」


 可愛らしい女児がぺこりとお辞儀をしてきた。


「ええっと、大人を呼んできてもらえたら、助かるのだが」

「プエッラがちゃんと御用事を承るのですよ?」


 こくんと小首を傾げて、彼女は無邪気な眼差しでふたりを振り仰ぐ。

 たどたどしい敬語に蜂蜜のような甘えた声。ふたつ結びにされた亜麻色あまいろの髪は緩く巻きがかかっており、光が差すと薄紅に近い色相を覗かす。エプロンドレスにはあちらこちらにフリルがあしらわれ、どう見繕みつくろっても十歳程度にしか見えなかった。

 騎士に娘がいたのか、あるいは家政婦か。

 思案顔を見せていたキョウが「ああ」と何事かを納得したように頷く。


「ユリウス=ホローポ殿は御在宅だろうか? 僕は人形を販売しながら旅をしている人形師なんだが、是非とも騎士殿に僕の創作した人形をご覧頂きたい。その旨を伝えてもらえたら」

「その必要はないよ」


 杖をついた初老の紳士が歩み寄ってきた。

 顔の端々には薄く皺が刻まれ、ずいぶんと痩せこけているが、金髪には曇りがない。幾度もの季節を生き続けた大樹の幹から、若い小枝が芽吹いているかのようだ。若さと老いが隣りあわせており、正確な年齢は解らなかった。彼は唐草の刺繍が縫い込まれた上着をはおり、丁寧に磨かれた革の靴を履いている。豪華な衣服ではないが、細部から品性が漂っていた。

 数多の戦場を果敢に駆け抜けてきた英雄とは思えない。


 ただひとつ。

 彼は、一度も目を開かなかった。


「ユリウス=ホローポ殿でしょうか?」

「如何にも。私がユリウスだよ」


 にこりと、紳士は瞼を塞いだままで微笑む。


「これは大変失礼致しました。僕は人形師のキョウと申します」

「人形商だなんて嬉しいね。歓迎するよ。私はご覧の通りにめしいているので、人形を見せてもらうことはできないが、良ければ彼女に見せてやってはくれないかね?」

「光栄に存じます」

「はは、そう硬くならずともいいよ」


 門の錠前が取り外されて、薔薇園に招き入れられた。

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