第19譚 雨の朝に
翌日は早朝から雨が降り続いていた。
起床するなり、キョウは荷物から包帯を取り出すと身体中に巻きつけた。日常的に繰り返している身支度の一環とは言えど、整った容姿の子供が慣れた動作で全身を縛めていく様子は、異様な雰囲気を漂わせていた。薄い白布の武装は肉体を保護する役割は果たさない。ならば、精神を支える為のものなのか。
完璧に素肌を覆い尽くして、彼はやっと息をついた。
前触れもなく、客室の鍵が外側から開錠され、キョウは緊張を走らせた。
レムノリアの姿を確認して、安堵したように微笑む。鍵はレムノリアに預けてあり、有事の際は駆けつけられるようになっていた。もっとも彼女ならば、緊急事態には窓からでも侵入できるはずだが。
「お早うございます。良質な睡眠は取れましたか?」
「ああ。何か収穫はあったか?」
うながされて、レムノリアが仕着せの内側からひとつの封筒を取り出す。
封蝋はすでに割れていた。義務的な文章で認められたそれは、ユリウス=ホローポに宛てられている。差出人は封筒には書かれていない。納税義務も持たない、こんな辺境の地に手紙が配達される可能性は低かった。差出人が持ってきたか、あるいはその使者が運んできたのか。まずは中身を読まないとならない。封筒に収められていた紙に視線を落として、素早く読み進めた。終わりに近づくに連れて、眉間に憎悪が集まっていく。
「人形を引き渡せ、か」
重要な個所だけ読み返してから、封筒に入れ直す。
「実際には取引でございます。若い家政婦や護衛を授与するので、人形をこちらに渡してくれないかと。もっとも取引を持ちかけているのが、ウィタ=ラティウム――ユリウス=ホローポさまが御仕えになられている領主であるかぎりは、要求に近いでしょうが」
「全くだ。ユリウス殿がどう返信したのかは解らないが、この要求はそうかんたんには断れない。いや、それ以前にウィタ=ラティウムはすでに人形を所持しているはずだ。三年ほど前にウィタ=ラティウムの使者を名乗る騎士が訪れて人形を購入していった。その後も度々訪ねてきたからよく覚えている。もっともその後は、人形の創作が間に合わなかったので、断り続けたが」
顎に指を添えて、考え込む。
「それほど人形を欲するのは何故か――」
「庭師に抜擢したいと記されていますが、実際の目的とは異なるでしょう。さすがにこれを
「そうだな。だが、まだ正確なことは解らない」
いくつもの断片的な情報が頭を交錯したが、それらが繋がることはなかった。
「……時に、それはどこで見つけたんだ」
「ユリウスさまの寝室でございますわ」
就寝している隙に解錠して、忍び込んだのか。
「危険な橋を渡ったな」
「気配を消すのは得意ですので」
絶えず輝きを放っていながら、影のような存在であるとは実に奇妙だが、彼女に関してはそう言わざるを得ない。単に目立たないわけではなく、華々しい美貌を誇っているにも関わらず、その場に融け込む術に長けているのだ。
「後ほど戻して参ります」
あっさりと、そんなことも言ってのけた。
身支度を完璧に整えてから一階に赴けば、朝食の準備が整ったところだった。揚げ菓子のチュロスにはたっぷりと、蜂蜜が掛けられている。程良く暖められたミルクにも蜂蜜が注がれており、穏やかな目覚めが訪れるように気遣われていた。サーモンが挟み込まれたオムレツを食べながら、何気ない世間話で食卓を飾りつけた。
朝食が終わると、プエッラが馬に乗って出かけていった。嵐が訪れそうな予感があるので、午後を過ぎた頃には戻ってくるとのことだ。こうして買い物に出かけるのもまた、彼女の役割らしかった。ユリウス自身はもう一年以上、都市には立ち寄っていないようだ。
「日が暮れる頃には嵐になりそうですね」
窓を打ちつける雨粒を見つめながら、キョウが問いかけた。
窓側には昨日販売した人形が置かれている。用事の合間にプエッラが話しかけたりしていた。
「申し訳ないのですが、もう一晩、宿を御借りさせて頂いても構いませんか? これ以上御世話になるのは大変心苦しいのですが、宜しくお願いします」
「もちろんだ。旅の疲れが抜けるまでずっと、ここに滞在してくれて構わないよ」
接している時間はさほど長いとは言えないが、彼からは好意と善意しか感じ取れない。キョウも徐々に警戒しきれなくなっていた。
人形を物と
「プエッラも君達が滞在してくれれば、喜ぶに違いないからね」
「有り難うございます」
御礼を述べて、また窓辺に視線を流す。
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