第2譚  下級貴族の宴と人形

 男爵は嬉々と語る。大袈裟おおげさに手振り身振りを加えながら。


「人形は物。人間ではございません。どれほど痛めつけても動かなくなることはなく、四肢を斬り落としても決して気絶しませんが、痛みは感じます。痛覚は人間と同等。いえあるいは人間より鋭敏という可能性もあります」


 男爵は召使からフォークを受け取った。


「例えばこうして、フォークを突き刺せば」


 フォークを振り上げて、勢いよく人形の太腿に突き刺す。

 細い喉がはねて、悲鳴がほとばしった。

 破られた皮膚からは血液に似たものが溢れ、いくつもの筋がだらだらと肌を伝っていく。フォークを引き抜けば、熟した果肉のような傷から赤い宝珠が浮かび上がった。人形は痛みを反芻はんすうしているのか、身体を幾度も跳ねさせた。


 傷の具合といい、痛みを訴える反応といい、人間と大差がなかった。

 貴族の視線を惹きつけるには充分な余興だ。


「拷問器具を試す絶好の対象でございましょう」


 後ろに控えていた召使の少年が拷問器具を運んできた。ワゴンに乗る程度の簡易型ばかりだ。

 貴族のたわむれは理解し難いのか、召使は終始無表情を取り繕っている。嫌悪の念をあからさまに表すことはないが、愉しむこともない。そうした反応は非常に健全であり、妥当だ。幸いなことに貴族はそろって、人形に注目しており、召使の態度を責めるものはいなかった。


「じわじわと苦悶に陥れるのも好いですが、それは以前試しましたので、今宵は派手に足首の切断から参りましょうか。皆様方のご要望があれば、そちらを優先させて頂きますが」


 観客から異議は上がらない。


「それでは、こちらの器具を使って切断致しましょう」


 男爵は召使に命じて、小型のギロティーヌを設置させた。

 さすがにひとりでは器具を持ち上げられないので、もうひとりの召使が手を貸す。しなやかな片脚を長方形の台座に乗せて、斜めに傾いだ刃部分を移動させていく。ねじを巻く原理で進むそれは、緩慢な動きでしか進まず、人形の恐怖と観客の期待をあおり立てた。


 目に涙の膜が張り、人形が嫌々と首を真横に振るう。普通ならば憐れみを誘う表情であったが、ここではいたずらに加虐の欲求を引きだす結果にしかならなかった。人形自身もまた、諦めているのだ。こうなったら逃げられない、と。

 力ない抵抗は続かなかった。

 項垂れた足首に狙いをしぼり、重い刃物が落される。

 一秒の沈黙を挟んで、台座から転がり落ちたものは――人間と差がない人形の。


 人形が、甲高い絶叫を上げた。

 喉が裂けそうなほどの悲鳴は悲惨すぎて、聞くに堪えなかった。


 精巧すぎる足の甲が床を打ち鳴らす。筋か骨か、切断面から除く白い組織。磨き抜かれた爪。不自然に握り込まれ、白くなりかけていた指の腹。子供のように小さな踵。血潮にまみれていくそれらは、とてもではないが、作り物とは思えなかった。


 一部の令嬢がハンカチーフで口許くちもとおおい、眉をひそめる。これは人形だ、と頭では理解しているのだ。しかしながら理解は、生理的反応には追いつかない。人間だと誤認するが故に、貴族らは拷問の場面に嫌悪を覚えて、恐怖に怯え、そうして――悦楽を得るのだ。

 

 明らかに人間とは異なる物が壊されようと、感情の振り子は何も動じない。退屈に錆びついた貴族の振子は、並みの娯楽では揺らせはしなかった。拷問や処刑など一時期は見慣れていたが、この地域が休戦になってからは、ぬるい泥に浸かっているような平穏が続いていた。


 人形の叫喚は未だ続いていたが、間もなくして押し寄せた貴族の歓声にかき消された。拷問器具の性能に関心を寄せているものや人形そのものに興奮しているものなど、その対象は様々だが、まともな思考で歓喜しているものはいない。人形がその美貌を歪めて喘ぐさま。四肢を突っ張ってもだえるさま。斬り落とされた身体の一部。それらを観賞している段階で、みな一様に異常だ。


 続けて、もう片側の足首も切断しろ、と男爵が命令を下す。

 だが召使は動かなかった。すくんでしまったのかと思ったが、そうではないようだ。

 じっと男爵を睨む群青の双眸ひとみは先ほどとは違い、凄まじい殺意に満ちていた。はんと鼻を鳴らして、召使の少年が吐き捨てる。


「悪趣味な夜宴だな、ブルート男爵」

「貴様、何を……ッ……!?」


 少年が男爵に拳銃を突きつけた。

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