第12譚 薔薇の人形

 薔薇園を一度離れて、本館に通された。

 外観からある程度は想像がついていたが、内装は質素で飾りがなかった。

 高価そうな芸術が展示されているわけではなく、豪華な装飾がされているわけでもない。それどころか、玄関を抜けると居室に繋がっているという間取りになっており、屋敷というよりはやや小規模な邸宅という趣だ。玄関の横には階段があり、二階に通じていた。寝室や客室は二階にあるようなので、そちらに案内される。階段を上がりきると廊下があり、廊下の両脇に客室と寝室が二部屋ずつ設けられていた。手前側にあるのが寝室。扉の上部には木製のプレートが掛けられていた。ひとつにはIVLIVSユリウス。もうひとつにはPUELLAプエッラと記されている。

 客室は奥側にあり、丁寧に鍵が取りつけられていた。

 プエッラがふたりに鍵を渡す。


「それぞれ、どちらでもお好きな部屋をご使用くださいです。右側のお部屋は窓からせせらぎが眺められます。左側は果樹園が見おろせます。必要なものがありましたら、プエッラが可能なかぎりはご用意しますので、教えてくださいね」


「ありがとう」

 階段を降りていくプエッラに礼を述べた。

 キョウはレムノリアを連れて、右側の客室に鍵を差し込んだ。客室は他の部屋と同じく、過ごしやすさを優先的に考えられた間取りになっている。立派な家具などはないが、程良く硬い革張りのソファがあり、寝台も綺麗に整えられていた。窓辺には花瓶が置かれ、一輪の薔薇が挿されている。そのおかげで、客室にはほんのりと甘い香りが漂っていた。

 キョウはソファに身体を投げだして、ため息をつく。


「如何致しましたか? ご主人さま」

「軽く疲れただけだ。靴を脱がせてくれないか」


 彼女はその場でひざまずいて、彼の革靴に手をかけた。

 靴紐を解き、革靴から包帯に覆われた踵を抜く。栄養が足りてない貧相な脚が、レムノリアの膝に乗せられた。長い外套がいとうの内側には、肌着以外は包帯しか身に着けていない。巻きつけてから時間が経過しているからか、包帯はずいぶんと解けかけていた。布の隙間から覗く素肌は白磁のように透き通っていて、傷や火傷の跡は見当たらなかった。きめ細やかな肌をざらついた包帯の布で隠す作業には、どんな意味があるのだろうか。

 手際よくそれを巻き直しながら、レムノリアが軽く眉間を寄せた。


「相変わらず、ご主人さまは成長されませんね」


 子供のように頼りない踵を握り締めた。

 彼は、乱暴に彼女の指を振りほどく。


「子供みたいだとでもいいたいのか」

「いえ、声変わりもなさらないので、まるで少女のようだと」

「完全に僕を馬鹿にしているだろう、それは」

「とんでもございません、ただ大変可愛らしいと」

「それが、馬鹿にしているといっているんだ」


 いつもと変わらない平坦な物言いではあったが、レムノリアがキョウをからかっていることはあきらかだった。キョウが不機嫌さを隠しもせずに顔を背ければ、レムノリアはわずかに唇の端を緩めて、慈しむような微笑みを浮かべる。こうした会話に辟易としながらも、キョウは言い知れない心地よさを感じていた。


 キョウは気をあらためて、こう語りかける。


「プエッラ――彼女は人形だ。間違いない」


 妖精のように愛らしい姿が、脳裏を通り過ぎた。


「どのような根拠がございますか?」


「あの程度の年齢で庭園の管理や掃除、給仕などの仕事を完璧にこなせるわけがない。それに記憶があるんだ。薔薇のようにつやめく髪の人形が欲しい、と依頼してきた人物のことを。当時は完全に見えなかったわけではないが、近い将来にはかなりの確率で失明する、と僕に話していた。四年前のことだよ。あの頃はまだ騎士の風格を漂わせていたが」


「よく覚えていらっしゃいますね」


「いや、ユリウス=ホローポという名だけでは思い出せなかった。人形の容姿を確認してやっと、当時の記憶がよみがえってきたんだ。三百二十四もの依頼を受けて、その数だけ人形を引き渡してきた。記憶なんて断片的にしか残っていないさ」


 話しながら、窓側に視線を流す。

 晴れ渡った碧空には未だ、夕焼けの片鱗も滲んではいなかった。

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