第39譚 彼女は赤の暴君

 数人の騎士に連行されて、馬車に乗せられ、まだ静かな大通を進んでいく。

 窓は塞がれていて、どんな経路をたどり、城に到着したかは解らなかった。キョウは落ち着きを取り戻し、この状況が好機になり得ると考えを巡らせていた。こちらからおもむくまでもなく、相手から訪ねてきてくれたのだ。一時間前後はかかった。揺れがなくなり、馬車が停まったのだと分かる。

 縄で誘導されながら、連れてこられたのは謁見えっけんの間だ。

 金細工が施された窓枠に別の領地から取り寄せられた絨毯じゅうたん絢爛けんらんに飾りつけられた広間の奥には玉座があり、豪華な衣装に身を包んだ女性が座っていた。年齢は三十代前半ほどか。目許から下が布製の扇で隠されているので、年齢が判りづらい。血潮より赤い衣装は複雑なドレープを象っており、動きやすさは全く考慮されず、豪華さだけを追求しているようだ。


 鎧兜を脱いでから、騎士がひざまずく。


「ウィタ=ラティウム陛下」


 キョウが群青の相貌を見張って、玉座を振り仰いだ。

 

 彼女が領主なのか。ユリウス=ホローポを都市から追放して、純粋な人形に数多の人間を殺害させ、挙句の果てに他者の人形すら奪おうとしていた領主――なのか。


 かっと殺意が身体の奥底から湧き上がったが、瞬時に押し返す。目的を果たす為には私情を持ち込むべきではなかった。


 ウィタは無言で扇の端を傾けた。続けて報告をしようとしていた騎士だが、その角度を確認して、即座に謁見の間から立ち退く。


「ねえ、お前」


 精緻せいちな扇の向こう側で紅が蠢く。


「人形師と聞き及んでいるけれど、相違はないかしら?」

「相違ありません」


 彼女は凄まじい威圧感を放っていた。

 是か非か。それ以外は言わせない設問だったが、すでにたばかるつもりはない。キョウ一行に嫌疑が掛かるということは、門番が密告したに違いなかった。門番に道を尋ねたのだ。いつ、どこにいたか。ある程度は推測がつく。情報の不一致ほど危険なことはなかった。可能なかぎりは避けるべきであり、その為には正直に回答するしかない。


 領主は次々に質問を投げかけてきた。


「騎士ユリウス=ホローポのことは知っているわね?」

「はい」

「入都市する二日前に外壁には立ち寄ったのかしら?」

「はい」

「その際にユリウス=ホローポが暮らす屋敷を訪問したいと述べ、門番に騎士の所在を尋ねたのね?」

「はい、尋ねました」

「それから入都市するまでに二日経過しているけれど、ユリウス=ホローポの屋敷には滞在したのかしら?」

「はい」


 全質問にとだけ応じて、無駄な発言はしない。


「ユリウス=ホローポが何者かに殺害されたのは知っているわよね?」


 一瞬、ぴりりと空気が強く張り詰めた。


「存じています」

「殺害された現場には居合わせたのかしら?」

「はい。ですが」


 ここでやっと肯定以外の言葉を発す。


「殺害したのは我々ではありません。領主さまは、すでに御存知かと」


 相手を窺うようにキョウが視線を動かす。


「それでは誰がユリウス=ホローポを殺害したのかしらね?」

「っ……領主さまが――」


 怒鳴りそうになって、声を詰まらす。

 包帯に護られない身体は未だ震えがとまらなかった。外側からは、相手の冷酷な視線に曝され、内側からも自身の罪に蝕まれているのだ。けれど努めて、明瞭に言葉を連ねた。


「領主さまが差し向けた人形が、ユリウス=ホローポ殿を殺害しました……」


 じっと窺えば、数秒後に相手の目許が細められた。

 血に塗れた薔薇のような双眸はキョウを捕えて離さない。


「そう、お前はただの人形師ではないようね」


 キョウがぎゅっと、唇の端を引き結んだ。

 情報の切れ端は渡せたが、これ以上を語るには機が熟していない。

 瀬戸際を見極めずに語ることは身に危険を及ぼしかねなかった。無罪になるか、有罪になるかは領主の意志次第だ。キョウに利用価値があるかどうか。

 審判を決するものはそれ以外にはない。


「ユリウス=ホローポの屋敷で働いていた子供の家政婦は知っているかしら? 薔薇園を綺麗に手入れしていた、年端もいかない女の子なのだけれど」


 家政婦――プエッラが消息を絶っていることは、すでに騎士から報告を受けているはずだ。人形を捕縛せよ、との命令を受けた銀の人形が、対象を破壊する可能性は低い。ならば、いま求められているのは情報ではなかった。

 質問の真意を汲み取って、こう返す。


「彼女は、人形です。領主さまの従者と同様に」


 扇越しに透けている唇の輪郭が、にたりと持ち上げられた。


「ただの子供かと思っていたのだけれど、なかなかにさといようだわ」


 ぱたんと、扇が綴じられて。

 隠されていた素顔が露わになった。

 細い鼻筋に紅が塗りたくられた口。白粉に覆われた頬。美しくはないが、見るからに醜悪な容貌ではなかった。豪奢な衣装に霞まない顔貌がんぼうをしていることは事実だ。されど赤い双眸は冷酷な雰囲気を放っており、情は一片すら見つけられない。


「ねえ、人形師さん。お前が人形師でなければ、あるいはもっと愚かな人種であれば、騎士殺害の罪をかぶせて処刑するつもりだったけれど」


 悠然と微笑を崩さず、彼女は囁きかけた。

 折り畳んだ扇の先端を突きつけながら。


「気が変わったわ」


 粘りつく棘のように傲慢な物言いで問い質す。


「知っていることを話して頂戴」

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