第39譚 彼女は赤の暴君
数人の騎士に連行されて、馬車に乗せられ、まだ静かな大通を進んでいく。
窓は塞がれていて、どんな経路をたどり、城に到着したかは解らなかった。キョウは落ち着きを取り戻し、この状況が好機になり得ると考えを巡らせていた。こちらから
縄で誘導されながら、連れてこられたのは
金細工が施された窓枠に別の領地から取り寄せられた
鎧兜を脱いでから、騎士が
「ウィタ=ラティウム陛下」
キョウが群青の相貌を見張って、玉座を振り仰いだ。
彼女が領主なのか。ユリウス=ホローポを都市から追放して、純粋な人形に数多の人間を殺害させ、挙句の果てに他者の人形すら奪おうとしていた領主――なのか。
かっと殺意が身体の奥底から湧き上がったが、瞬時に押し返す。目的を果たす為には私情を持ち込むべきではなかった。
ウィタは無言で扇の端を傾けた。続けて報告をしようとしていた騎士だが、その角度を確認して、即座に謁見の間から立ち退く。
「ねえ、お前」
「人形師と聞き及んでいるけれど、相違はないかしら?」
「相違ありません」
彼女は凄まじい威圧感を放っていた。
是か非か。それ以外は言わせない設問だったが、すでに
領主は次々に質問を投げかけてきた。
「騎士ユリウス=ホローポのことは知っているわね?」
「はい」
「入都市する二日前に外壁には立ち寄ったのかしら?」
「はい」
「その際にユリウス=ホローポが暮らす屋敷を訪問したいと述べ、門番に騎士の所在を尋ねたのね?」
「はい、尋ねました」
「それから入都市するまでに二日経過しているけれど、ユリウス=ホローポの屋敷には滞在したのかしら?」
「はい」
全質問に
「ユリウス=ホローポが何者かに殺害されたのは知っているわよね?」
一瞬、ぴりりと空気が強く張り詰めた。
「存じています」
「殺害された現場には居合わせたのかしら?」
「はい。ですが」
ここでやっと肯定以外の言葉を発す。
「殺害したのは我々ではありません。領主さまは、すでに御存知かと」
相手を窺うようにキョウが視線を動かす。
「それでは誰がユリウス=ホローポを殺害したのかしらね?」
「っ……領主さまが――」
怒鳴りそうになって、声を詰まらす。
包帯に護られない身体は未だ震えがとまらなかった。外側からは、相手の冷酷な視線に曝され、内側からも自身の罪に蝕まれているのだ。けれど努めて、明瞭に言葉を連ねた。
「領主さまが差し向けた人形が、ユリウス=ホローポ殿を殺害しました……」
じっと窺えば、数秒後に相手の目許が細められた。
血に塗れた薔薇のような双眸はキョウを捕えて離さない。
「そう、お前はただの人形師ではないようね」
キョウがぎゅっと、唇の端を引き結んだ。
情報の切れ端は渡せたが、これ以上を語るには機が熟していない。
瀬戸際を見極めずに語ることは身に危険を及ぼしかねなかった。無罪になるか、有罪になるかは領主の意志次第だ。キョウに利用価値があるかどうか。
審判を決するものはそれ以外にはない。
「ユリウス=ホローポの屋敷で働いていた子供の家政婦は知っているかしら? 薔薇園を綺麗に手入れしていた、年端もいかない女の子なのだけれど」
家政婦――プエッラが消息を絶っていることは、すでに騎士から報告を受けているはずだ。人形を捕縛せよ、との命令を受けた銀の人形が、対象を破壊する可能性は低い。ならば、いま求められているのは情報ではなかった。
質問の真意を汲み取って、こう返す。
「彼女は、人形です。領主さまの従者と同様に」
扇越しに透けている唇の輪郭が、にたりと持ち上げられた。
「ただの子供かと思っていたのだけれど、なかなかに
ぱたんと、扇が綴じられて。
隠されていた素顔が露わになった。
細い鼻筋に紅が塗りたくられた口。白粉に覆われた頬。美しくはないが、見るからに醜悪な容貌ではなかった。豪奢な衣装に霞まない
「ねえ、人形師さん。お前が人形師でなければ、あるいはもっと愚かな人種であれば、騎士殺害の罪をかぶせて処刑するつもりだったけれど」
悠然と微笑を崩さず、彼女は囁きかけた。
折り畳んだ扇の先端を突きつけながら。
「気が変わったわ」
粘りつく棘のように傲慢な物言いで問い質す。
「知っていることを話して頂戴」
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