第27譚 人形は復讐するだろう

 慈しむものがいなくなった薔薇園は、緩やかにちていく。

 敬愛する主と離れた人形もまた、壊れるべきだ。


「プエッラはどこにいったんだろうか」

「残念ながら判りかねます。ですがあの破損状態を見るかぎりでは、森の片隅に隠れて、修復を待っているはずですわ。確実にウィタ=ラティウムを殺害するつもりでしたら、完璧に回復してから復讐を果たそうとするでしょう」

「そこまでの理性が残っているだろうか?」

「理性ではなく本能ですわ。確実にかたきを取る為の」


 ふたりして、薄暗いとばりが掛かった森に視線を映す。


「森を捜索致しますか?」

「いや、手掛かりもなく捜索するには森は深すぎるよ。それに熊や狼等の猛獣が多数生息しているんだ。捜索につきまとう危険を考慮すれば、さすがに効率が悪い」


 薔薇の人形はウィタ=ラティウムという名前を覚えていた。屋敷に残っていたふたりには危害を加えずに立ち去ったことから推察しても、無差別に他者を虐殺することは考えにくい。だが危険な暴走状態にあることには違いなかった。


「修復まではどれくらい日数がかかるだろうか」

「二日から三日程は要するかと」


 レムノリア自身はすでに修復を終えていた。

 彼女の場合は切傷だったので、単に傷を縫合すれば良かったが、骨が複雑に折れているプエッラの容態ではそうかんたんには修復できないはずだ。加えて、彼女は自己修復には慣れていない。

 修復を終えれば、薔薇の人形は必ずや都市に侵入して、領主に襲撃をかけてくる。


「都市で待ち伏せて、プエッラを破壊するしかない」


 悲愴ひそうな覚悟を掲げ、彼は言い放つ。

 言い放ったが、その眸は揺れ続けていた。情が移ってしまったと言えばたやすく、微笑みが焼きついて離れないと言えば愚かしい。あどけない微笑みが胸の底で反響しては、二度と動かない時計の秒針を震わすのだ。巻き戻せると錯覚させるように。


「御言葉ながら、ご主人さまがそうなさる必要がありますか?」


 わずかな逡巡を察して、冷静な質問が投げかけられた。

 キョウが機嫌を損ねたように眉を寄せた。


「プエッラを突き動かす行動原理は復讐かと存じます。ウィタ=ラティウムを殺せば、彼女は自然と停止まるでしょう。ご主人さまが直接破壊する必要はないかと」


「そう言いきれるのか? 人形が停止せず、暴走状態で放置されたらどうなるか。前例は一度しかないんだ。常に最悪の事態を予測するしかない。仮に殺害されるのが、ウィタ=ラティウムだけであれ、プエッラが罪を犯すのを黙ってみているわけにはいかない。どれほど悪辣な相手であれ、人間であるという事実に誤りはない。あの晩のように、僕は」


 言葉を詰まらせて、彼は呻く。


「――人形に人間を殺させたくない」


 ぎゅっと、自身の身体を抱き締めて、肩を細かく震わす。


 凄惨な記憶は根深い。色濃く焼きついて、薄れない。より深い傷跡をえぐり返しながら幾度も繰り返す。昨晩から、銀の人形が騎士を刺し貫く姿が脳裏を過ぎり、一睡も得られなかった。

 今晩もまた、うなされるに違いなかった。


「申し訳ございません。出すぎたことを申しました」

「いや、僕の覚悟が揺らいでいたのが悪い」


 前髪を掻き上げて、彼は見つめ返す。


「けれど戦場では僕が迷っていても、お前は躊躇うな」

「はい。ご主人さまの御意志のままに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る