第38譚 騎士殺害嫌疑

 宿屋の廊下から慌ただしい靴音が響いて、浅い眠りは乱暴に破られた。


 キョウは瞬時に身体を起こす。

 窓を見れば、薄く朝陽が差し込んでいるが、まだ空の片側は夜のとばりに覆われていた。こんな早朝から騒ぐからには何らかの非常事態が起こったに違いない。響きわたる靴音はよろいの騒音を伴っており、緊張が増す。都市が襲撃を受けたのか? あるいはもっと別の問題が起きたのか――と思考を巡らせつつ、キョウはどんな事態になってもいいように身構えた。


 木製の扉が外側から解錠され、三人の騎士が雪崩れ込んできた。


「お前が人形商か。領主の命令により連行する」


 騎士のひとりは隣の客室からすでに仕着せに着替えていたレムノリアを引っ張りだしてきた。レムノリアが命令を受けずに勝手な行動を取れば、事態に悪い影響を及ぼしかねない。キョウと視線を絡ませて、レムノリアはわずかに唇の端を震わす。御命令を――と動いたことは解ったが、はたしてどうするべきか。


 キョウが眉根を寄せながら、枕に隠していた拳銃に手をかけた。包帯を巻いていないので、冷たい感触ですぐ探り当てられたが、即座に銃を抜くことはしない。立場をこれ以上悪くするのは避けたかった。また彼は、状況を計り兼ねていた。身動きはせず、努めて穏便に問いかける。


「連行とは穏やかではありませんが、どういうことですか?」


「貴様らには騎士ユリウス=ホローポを殺害した嫌疑が掛かっている。釈明があれば、領主の許に到着してから訴えるべきだ。無駄な抵抗はせず、我々に従え」


 騎士は高圧的な態度を崩さずにそう述べた。

 傲慢な言動というよりは、表情の端々からは怒りや憎しみが滲んでいた。


 キョウが逡巡しゅんじゅんしていると、乱暴に細い腕をつかんで寝台から引っ張りだされた。鋼の籠手こてから伸びた指が素肌に触れたのが早いか、キョウが総毛立そうけだって、相手の腕を振り払おうとした。けれど騎士には子供の抵抗など何の意味も持たない。


「やめろよッ……僕に、触るな……ッ」


 裏返った声でわめいたが、解放してはもらえない。

 がくがくと全身が戦慄わななく。荒い吐息が断続的に空気を震わせて、しきりに歯の根が鳴っていた。腕を持ち上げられ、吊るされたような格好になりながら、もがく。


「暴れても無駄だ、逃がすものか! ユリウスさまを殺した極悪人が!」

「…………ぁ、うぁ……」


 記憶が逆巻いて、理性は濁流に押し流されていく。

 真紅に染まった瓦礫がれき。積み上げられたしかばね。傷だらけで泣きわめく人形の――。

 ここではない場所に焦点をしぼられ、うつろになった視界にはすでに騎士や客室など映ってはいなかった。かろうじて機能していた聴覚が身に呼びかける声を拾い上げた。続けて頬に衝撃。

 騎士に殴りつけられて、キョウがその場に倒れ込んだ。

 レムノリアが騎士を振り解いて、瞬時に駆け寄ろうと。


「止ま、れ……ッ」


 ぴたりと。仕着せから伸びたつま先が制止。

 我に返ったキョウが荒々しく呼吸を繰り返す。


「僕は大丈夫だ、騎士に従え」


 彼女はまだ騎士を睨みつけていたが、再度捕縛された。


「ついて、いく。逃げたりはしない。だから僕や彼女には、触れないでくれ」


 幾度か崩れ落ちそうになりながら、キョウがよろよろと立ち上がった。騎士は不審げに態度の急転を見つめていたが、縄で両腕を縛ればいい、というキョウからの提案で妥協したようだ。旅行鞄を振り返ってから、それを持ってきてくれと頼む。

 騎士は断らなかった。

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