第7譚  都市の門番と時の英雄

 幌馬車が進んでいく。

 森を縦断じゅうだんして、南の方角に抜ける街道は長く、何時間進んでもなかなか風景に変化が訪れない。けれど徐々に常緑樹の間隔がまばらになってきた。森から林に差しかかり、街道の彼方に外壁らしきものが見え隠れするようになってからは、車輪が転がる速度も上がった。馬の歩調が軽やかになったようだ。

 外壁の輪郭が明確なものになるのを待ち、幌馬車から降りる為の準備を整える。さほど量はないが、重要な荷物をまとめたり毛布を畳んだりと、やらなくてはならないことが残っていた。

 外壁が取り囲んでいる範囲は広い。

 ここからではとてもではないが、見渡せなかった。

 石積みの外壁は長きに渡って都市を護り続けているのか、ずいぶんと古ぼけていた。積まれた石塊の端にはツタが絡まり、遠くから眺めても解るほどに銃痕が残っている個所もある。されど未だに民の信頼に足る厳格さを保って、そこにあった。


 ふたりを乗せた幌馬車が外壁にたどり着く。

 外壁には窓が設けられていた。車輪の響きを聞きつけて、年老いた門番が頭を覗かす。


「旅人さんか、珍しいじゃないか」


 幌馬車を降りて、キョウが窓に近寄っていく。

 門番は身体中に包帯を巻きつけた旅人を怪訝そうに見つめたが、地域の習慣か怪我であろうと見当をつけたようだ。窓に肘を乗せて、「言語は解るかね?」と問いかけてきた。キョウが「ええ、わかります」と頷くと安堵したのか、表情を緩めた。


「入都市を希望かい?」


 外壁は関の役割も兼ねていた。

 土地は複数の領地に分断されており、各領主が土地を領有している。戦争が続く地域では頻繁に領土の拡大や縮小が繰り返されているが、都市の統治権が引き渡されることは滅多にない。都市間を結ぶのは街道であり、こうした関門は都市毎に設けられていた。

 領地間の移動は自由だが、入都市には許可が必要だ。


「僕らは人形を販売しながら、旅をしています。ユリウス=ホローポという騎士殿に届け物があり、この都市に立ち寄ったのですが、入街許可は得られるでしょうか?」


「ああ、ユリウス殿か。それならば入都市する必要はないよ。以前は都市の中心部に屋敷を構えておられたが、数年前からはどういうわけだか壁の外側に暮らしておられるからなあ」


 門番が気難しそうに皺を寄せた。


「何かあったのですか?」

「いや詳しくは知らないが、騎士階級のお偉いさんが都市から立ち退くなんてよほどのことがあったんじゃないかね。大きな声では言えないが、都市落ちじゃないか」


 昔は騎士も領地を所有していたようだが、現在では騎士は固有の領地を持たず、領主が統括する都市内部に屋敷を構えるのが一般的だ。これは他の貴族も同様である。領地を所有できるのは領主のみだ。これは領主以上の地位が存在しないことに付随する。


「都市から追放された人間は過去にいたが、伝染病を患っていたものか、表立っては裁けない犯罪者ばかりだよ。領主の暗殺を計画していたお貴族さまの御子息とかだな。ただ、知っているかぎりでは、ユリウス殿は問題を起こすような御方じゃないんだよ」

「御知り合いなのですか? あるいはこの地域では有名な御方とか」

「時の英雄だよ。戦争でも常に最前線で戦われていて」


 門番の口振りからすれば、どうにも穏やかな事情ではなかった。

 噂だけでは要領を得ない。当人に詳しく事情を聞く必要がありそうだ。


「屋敷の場所を教えて頂くことは可能ですか?」


 キョウは外套から金貨を取り出して、窓枠に二枚並べた。

 門番はそれを受け取り、ふむふむと頷く。どうやら満足がいく金額はあったようだ。地図を持ってきて、外壁らしき位置に輪を描いてから指を動かす。大雑把な地図なので、覗いているかぎりでは、現在地すらよく解らなかった。


「ここから壁沿いに東の方角に進んで、そうだな、馬車ならば一時間程度か。一度岐路があるが、そこを右側に曲がれば後は真っ直ぐ進めばいい。薔薇園が目印だよ。屋敷って言っても質素な建物だが、薔薇園に囲まれているからすぐに分かるはずさ」

「有り難うございます」


 窓から手を振られたが、キョウは振り返さず礼だけを返す。

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