第5譚  彼は人形師の片割れ

 少年と女性は割れた窓の側に寄り、貴族の集団を振り返った。

 少年が前掛を解いて、硝子が散乱した床に投げ捨てた。ついでに頭飾りも外して、前髪をかき上げる。彼の目は左側が青く、反対側は黄金に輝きを放っていた。男爵に銃を向けた際は両眼共に濃い群青だったはずだが、右眼の色彩が変わっている。右側だけが涙に濡れているせいだろうか。


「貴様らは何者だ」と兵士が呻く。男爵はまだ転げまわり、もがいていた。

 これ以上ないほどのあざけりを込めて、少年の左右非対称の眸がひずむ。笑みに似ていながら相手を睨みつけるような仕草は、手放しに美しいと称賛できる類のものではない。されどねじれた硝子細工のような、神秘的な光を放っていた。

 冷酷であり、高潔なその眼差しは、人形より人形らしかった。



「僕は、人形師の片割れだ」


 人形を破壊した彼は、けれど人形師を名乗った。



 幼さが残った身体を抱き締めて、女性が四階の窓辺から身を投げる。

 森に飛び降りたようだ。とさっと、軽い草のざわめきが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。着地した靴音が聞えるような距離ではない。

 沈黙の帳が下りた。

 人形師と名乗ったふたりが消えた窓の外側には半輪の月が浮かんでいた。さめざめと蒼ざめた月盤は作り物じみていて、人形の最期をいたんでいるかのようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る