第23譚 銀の刺客

 その刺客はあまりにも美しかった。

 三つ編みに結い込んだ銀髪を暴風雨になびかせて、雨粒が乗った睫毛を重そうにかしがす。彼女は、身体の曲線を浮き彫りにする衣装を見事に着こなしていた。腰や腕、すその切れ込みから覗く両脚にすら、数多の武器が括りつけられている。それは独特な衣装がしなやかな肢体を際立たせる為のものではなく、完全なる武装であることを示していた。


 キョウが椅子を蹴り倒して、外套の裏側から拳銃を抜く。


「貴様、どういうつもりだッ」


 撃鉄を起こして、相手の頭部に照準を合わす。

 もっとも彼が握る超小型拳銃ではこの距離から致命傷を負わすことは難しかった。射撃の腕次第だが、命中率は非常に低い。威嚇の役割を果たすかどうかすら怪しかったが、注意を引きつける程度はできたようだ。

 緑の双眸そうぼうが、キョウを射抜く。


「人形を回収しろとの命令。迅速に遂行する」


 要点しか語らなかったが、キョウはそれらを素早く組み立てた。

 ウィタ=ラティウムが人形を欲していることは既知の事実だ。ユリウス=ホローポが老衰、あるいは病没するまでの期間が待てなくなったのか。あるいは没後人形を引き渡すとの証書を受け取れば、後は速やかに殺害して奪い取るつもりだったのか。


 がしゃんと割れた茶器が飛び散り、絶望に満ちた悲鳴が上がった。


「いやぁ、だんなさま――――ッ」


 危険だ、と制する猶予もなかった。

 プエッラは形振り構わず、倒れた主人の側に寄っていく。

 その場にまだ敵がいることには考えが及んでいない。


 プエッラは血に塗れた身体を抱き起こす。身体を動かすと夥しい量の血がどっと溢れ返ってきた。幸か不幸か。ユリウスは即死ではなく、ぜひゅうぜひゅうと消えかけた蝋燭のような呼吸を繰り返していた。肺を貫かれたのか、あるいはもっと重要な器官にも傷が及んでいるのか。

 すでに死相が浮かんでおり、どのような処置を施しても死は免れないだろう。


「だんなさまッ! どうかお気を確かに、なのですッ!」 


 プエッラが泣きじゃくるが、銀髪の麗人は眉ひとつ動かさない。

 無言で細剣を構え直そうとしたのを見取って、キョウが発砲。銃弾は命中せず、銀髪にかすれるかどうかという距離を通り抜けていく。


「次に動いたら、額を撃ち抜く」

「拳銃程度でわたしを制せるとでも?」


 銀髪は嘲笑い、平然と細剣を握り締めた。


「無理でしょうね。ですが、私でしたら」


 敵の注意がキョウにむかっているうちにレムノリアが動いていた。

 レムノリアは軽やかに跳び、一瞬で距離を縮めて麗人に斬りかかる。敵もまた素早い。不意を突いての一撃はぎりぎりでかわされてしまった。だが剣の先端がかすめたのか、麗人の頬が薄く裂け、鮮血が飛び散る。

 レムノリアは続けて流れるような攻撃を繰り出す。相手もさすがに避けきれず、剣で防御する。鋼と鋼が衝突しあい、共鳴するように彼方で雷が轟く。

 雷光に照らされて、レムノリアが嫣然えんぜんと微笑んだ。


「役者不足ではないかと存じます」


 十字架を象ったスティレットは、突き刺して攻撃するという点では細剣と同等だ。しかしながら刀身が短く厚いので、つば迫り合いでは有利だ。細剣が根本から折れ曲がり、銀髪の麗人が跳び退った。庭の芝生を踏みしめて、腰に差していた頑強な剣を抜く。

 その態勢で相手の反応を窺い、互いに静止状態を保った。


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