第46譚 人形を壊す《人形師》

 レムノリアを振り仰げば、彼女は静かに双眸ひとみを陰らす。

 惑星を埋め込んだ眼窩がんかには悪意がなかった。嘘がないからだ。


「私には答えかねます」


 薄紫の睫毛は光を透かして、虹の粒を散らす。


「ですが人形の為に涙を流してくれる貴方さまは、優しい。私たちは、それだけで嬉しく存じます。例えばそれが憐憫れんびんや同情であっても、独善でしかなかったとしても」


 彼女は微かに微笑みを浮かべて、痩せた掌を握り締めた。


「壊された人形はみな、最後にありがとうと」


 母親より優しく、人形が囁く。


「それが全てかと存じます」


 壊れされる一瞬。人形が浮かべていた微笑みを思い返す。

 拷問器具を試用されていた人形に家畜のように働かされていた人形。暗殺に利用されていた人形や処刑の執行を強要させられていた人形。どうか壊して欲しいと願いながら、嘆いていた。蒼い髪の人形に黒い眸の人形。百合の花弁に似た人形や星屑を想わす人形。誰もが最期には安らかに微笑んでいた。感謝の意を捧げて、眠るように瞼を重ねていた。


「そう、か。僕が」


「はい。貴方さまが終わらせたのでございます」


 悲しみを。苦しみを。絶望を。

 残酷にも優しく、悲劇に幕を引いたのだ。


 指を絡ませれば、握り返してくれる掌が愛しかった。

 呼吸する人形は、肌にもぬくもりを宿す。なめらかな皮膚の裏には赤い雫が脈々と流れているのだ。だが人形の肌には嫌悪はない。ぎゅっと強く握り締めてから、キョウが寝台から起き上がった。


「レムノリア」


 呼びかければ、彼女は恭しく頭を垂らす。


「人形を壊すのは僕だ」


 キョウは親指を立てて、みずからの胸を指す。

 痩せた胸。肋骨が浮いた、薄い胸板の奥の、心臓を。


「責任も、罪も、人形の嘆きも未練もすべて僕が引き受ける。僕が、壊す」


 群青の瞳に微かな優しさと確かな誓いを込めて。


「お前じゃないよ」

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