002話 森に伏す怪物
「な……何なのよ、あれ!」
マルーと健が戻るまで森の中に居た凛と竜也には大きな影が迫っていた。影からは細長い何かがいくつも伸び、くねらせている。
「こんなのもいたんだ。この森ってすごいねー」
「すごいねー、じゃないわよ! あんな怪物がいるなんて絶対にあり得ない――そうだわ、これは夢よ! だからほっぺをつねればきっと目が覚めて……」
と言って凛は自分の頬を真っ赤になるまでつねってみせる。しかし状況が変わったということはなく、ただ自身の頬がひりつくのみだった。
「夢じゃなさそうだねー」
「なさそうだねー、じゃないんですーーッ!」
「痛い痛い痛い! ひどいよー僕のほっぺもつねるなんてー」
「というかあんた、どうしてこんなに非現実的なことが起こってるのに普通でいられ――」
「あ、大きく振りかぶったー」
「振りかぶ……イヤァああああああっ!」
竜也が見た怪物による振りかぶりで、彼らを中心に大きな地割れ音と土埃が広がった。
「凛っ!? タッツーっ!?」
「待てマルー! あれを見ろ!」
マルーと健が到着したのはこの時だった。二人の元へ駆けようとしたマルーを抑えた健は中空へ指差す。その先には、太く長い物体を根のように生やした「植物の怪物」がいた。頭から一つの白い花をめいいっぱい開かせたそれは、生ごみに似た臭いを漂わせながら、黄色くくすんだ液体をよだれのように垂らしている。
「マジの化け物じゃねえか……」
「あれが凛とタッツーを――!」
そんな怪物を見据えたマルーは、付近にあった小振りの石を拾う。
「マルーまさか」
「やあああっ!」
マルーは健の言葉をさえぎるように一声。怪物に向かって手元の石を投げつけた。石を感じ取った様子の怪物は、太く長い――タコの足のような根をうねらせながら正面をこちらに向けてくる。
「何してんだよ! こっちに来るじゃねえか!」
「だって、凛とタッツーから遠ざけなきゃ!」
マルーはここぞとばかりに石と枝を投げつけた。しかし彼女がこれに夢中になることは間違いだった。
「馬鹿っマルー! 上から――!」
健の声でマルーが上を向いた時はもう遅い――怪物の根がこちらに向かって大きく振り下ろされる!
鼓膜を突き破るような轟音は健を吹き飛ばし、これが生んだ土埃がマルーの姿を隠した。
「くっそ……マルーはどうなった――」
腕を大きく振って土埃を払う健。その甲斐あってか、マルーの現状はすぐに分かった。
「――良かった。無事らしい」
尻を地べたにつけながらも、しかと目で怪物を捉えているマルーが、晴れた土埃から見えた。しかし彼女は座ったまま動こうとしない――怪物が接近しているにも関わらず。
「まさか、さっきの兎の時みたいに動けなくなって――!」
腰を抜かしているらしいマルーの元へ向かおうと立ち上がった健に落ちる影。その影は今にもマルーへ降りかかっていた!
「やめろおおおッッッ!!」
健の叫びは無情にも、怪物の重い一撃で掻き消されてしまった。
「……そんな……マルー! 返事しろ、マルー!!」
再び生まれた土埃で視界が悪い中、健はマルーを呼ぶ。その声は間もなく静寂を連れて来た。
目を凝らしても状況が分からない事も相まって否応なしに高まる不安。そうすると彼の頭によぎるのが最悪の状態で発見されるマルーの姿。
……そんなことがあってたまるかと、健はよぎった想像を否定するように頭を振り、彼女の名前を唇でなぞろうとした刹那だ。
びしゃん! と、鼓膜を
「今度は何だ――!?」
耳を塞いだ健が、マルーが居るはずの場所へ目を向けるとなんと、怪物が仰向けにひっくり返っていたのだ。
「どう、いうことだ……?」
「そこのあなた」
「は? ――って、お前ら!」
状況を飲み込めない中、健は自分にかかった声に振り返る。マルー、凛、竜也が、それぞれ肩を寄せて横たわってる姿がそこにあった。しかし彼を呼んだ者の姿は見当たらない。
「この三人、あなたのお友達よね。だったらこの三人を隠してくれるかしら」
「隠す? えっと……」
突然の出来事に動揺が隠せない健。しかし声の主が言うことは至極真っ当であると、頭が混乱中でも理解に追いつかないことはなかった。
健は一番茂っていそうな草むらへ静かに、そしてなるべく急いで三人を隠す。
「ふう……これで良いか?」
「ありがとう。あなたも茂みで大人しくしていなさい。絶対に顔を出さないことよ」
声の主が言い切った瞬間、真上の木の葉が揺れたかと思うとすぐに物音がし始めた。風で森が踊り、高い金属音と鈍い音が幾度も重なり合う。怪物の重い一撃も何度も響いた。
「ん、んんー……」
その中で、マルーはゆっくりとまぶたを開ける。
「マルー、起きたか」
「……あれ!? さっきの怪物は!?」
「誰かが代わりに戦っているらしい。俺達を助けてから、ずっと」
「それってまさか――」
「ダメだ。茂みから顔を出すな」
「うう……じゃあ、茂みの間から……」
そうしてマルーは茂みの間に顔を入れてみせる。
「そんなに気になるのか? 俺達を助けてくれた人」
「あれ? 私達を助けてくれた人、いないみたいだよ?」
「は?」
健もマルーの隣で茂みに顔を入れる。
「確かに、今は怪物だけだな――」
と言った束の間。掛け声と共に威勢よく現れた者が怪物に斬りかかる!
「あの服装、明らかにOLだよな。真っピンクのスカートとか、派手くね?」
「でもかっこいいよ! 剣を振り回して、ほら! 指から雷!」
「指から雷だぁっ!?」
「わわっ! ダメだよ大きな声出しちゃ!」
マルーは慌てて、健を元の場所に引っ張り込む。
「もし怪物にバレたらどうするのさ!」
「すまん。つい」
「とにかく大人しくしていよう? 今はあのお姉さんの方が優勢みたいだから」
「ああ。黙ってやり過ごそう」
そんな二人を“OLのような女性”は横目で冷ややかに見ていた。
「あの子達何をやっているのかしら……まあいいわ。敵は幸い気付いていないみたい」
女性はすぐ敵に視線を変え、短く息を吐く。大振りの剣で敵に斬りかかるその人は、雷と風を意のままに操って戦う一方で、敵である植物の怪物はいくつもの太い根で重い打撃を放ち続けていた。
「(敵の動きは読めるから問題ないけど、弱っている様子が全く見られないわ――決定打が必要ね)」
一度怪物から距離を置いた女性は剣を握り直す。
「あれ? お姉さんの動きが止まったよ」
「一体どうした――あっ!」
「すごい! お姉さんの先で光が出てる! 大技炸裂かも!」
二人の期待が高まる……が、それはすぐに崩れ落ちる。
「わっ!?」
「なっ!?」
どごん! と大きく鈍い音がした。その音は地面に亀裂を走らせ、マルーと健の間を引き裂いた。
「……健ーっ! ケガは無いー!?」
「俺は問題ない! そっちは!?」
言われてマルーが答えようとしたその時、彼女へ何かが無造作に転がり込んだ。その方向へ駆けたマルーが見つけたものは、無数の傷を負った女性。まさか優位に立っていたはずの彼女が、身も服もボロボロになって倒れているだなんて――マルーはその場で慌てふためくしかなかった。
「はぁ……油断したわ……」
「お姉さん! 大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫――つっ!」
「動いちゃダメです! そのケガを何とかしなくちゃ!」
「無理ね。回復している間にやられるわ。だからもう、戦うしかないの。攻撃こそが、最大の防御……」
膝から崩れそうになりながらも、両足でしかと立った女性。
だが、辺りや自身の身体を見回すのみでその場から動こうとしなかった。
「あの、どうしたんですか?」
「……おかしいわ! 私の、私の剣が見当たらない!」
「大変! 急いでお姉さんの武器を探さないと――」
と武器探しに乗り出そうとしたところ、マルーに聞き覚えのある声が張り上がる。
「おいこら! 二人を離、ぬわっ! やめろ! 離せえええっ!」
二人の目に、怪物の根に囚われてしまった健達が映る!
「――どうしよう! 皆が捕まっちゃってる!」
「あなたは私の剣を探して! 私が時間を稼ぐ!」
「でもケガが――!」
マルーに有無を言わせぬまま、女性は、三人を捕まえた怪物の元へ飛び込んだ。
「……とにかく探さなきゃ」
呟いたマルーはすくっと立ち上がる。
戦況はどう変化するのか分からない。とにかく早く見つけないと――慌てる心を深呼吸で抑え、マルーは辺りをくまなく見回した。するとある茂みからわずかに覗き見える柄を発見した。
「あれを抜いてお姉さんに渡せば――!」
茂みから茂みへ次々とかき分け、マルーはついに柄を掴んだ!
「よし! 後はこれを、引き上げて……あれ!? ぬ……抜けないっ! どうして!?」
力の限り引き抜こうとするのだがビクともしない。やがてマルーは勢いそのままにひっくり返ってしまう。それでもまた立ち上がり、マルーはもう一度柄を握る!
「お願い、抜けて! あなたの力が必要なの!」
「私の力が必要?」
「えっ?! ――眩しい!!」
聞きなれない声がした瞬間、剣が黄金色に輝いた!
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