体験入学 Day.2 深夜

050話 特別授業 / 前編


「さて、今回の特別授業はこれだ」


  ルベン先生に誘われ、彼の実験室へ足を踏み入れたマルー達。彼が指し示した箇所には、天井に様々な管を張り巡らせている機械がそびえ立っている。そのふもとには一行が探していた人物が寝台で仰向けになっていた。


「「ラック(さん)!」」


 レティとフロウがそんな彼を真っ先に見つけ、駆けつけようすると一閃が二人の前に落ちた。


「慌てるな君達。彼は今回最も重要な教え子なのだよ。これ以上近付けば彼の命がないぞ?」

「そのような言い方、まるで人質ではありませんか……!」

「あなたこそ、ラックをむやみに傷つけたらタダじゃおかないわ」

「君達が大人しくしていれば、彼を悪いようにはしない」


 何が悪いようによ、と静かに悪態をつくレティ。そんな態度に見向きもしない彼は二人の後方に手を差し出していた。


「助手のローゼ君。解説を頼むよ」


 マルー達の最後方に位置していたローゼへ皆の注目が集まる。彼女は目を伏せたまま何も言わず、静止していた。


「君が故意に開けたのだろう、この実験の素晴らしさを伝える為に。さあ、解説したまえ」

「……」

「どうした、何故黙っている?」

「……すみません。今、向かいます」

「えっ、ローゼ先生?! 待って下さい!」


 しずしずと歩き始めたローゼに声をかけたマルーだが、先生は反応してくれない。目を伏せたまま鼻を鳴らすルベンの下へ進んでゆく。


 そうしてローゼはマルー達の正面に立った。


「どうしてですか先生! 戻ってきて下さい!」

「構うことはないぞローゼ君。君は私に従うだけで良いのだよ」

「……」

「さあ、話したまえ」

「先生ってば!」


 必死に訴えるマルー。固唾を呑んでローゼを見つめる一行。そして、これらに向けて尊大に構えているルベン。様々な視線を感じ取ったか否や、ローゼは胸元で左手を握り、大きく息を吸った。


「皆さん、良いですか? この実験は多くの魔力を要するものです。ですから!」


 声を上げたローゼがばっと振り返りディレートを詠唱。左手に出現したなぎなたを逆手で持つと石突を上段に構え目の前にあった機械へ打ち込んだ! 操作盤があからさまな破壊音を立てて破片を散らす。


「な、何をしている!」

「これを破壊して下さいっ! 拘束された生徒からの魔力供給を止めるんです!」

「先生……!」

「最ッ高だわ先生! 皆! ローゼ先生に続くわよーッ!」

「おーっ」

「レティさんったら、急に上がり調子なんですから」

「あたしも打って良いのよね、フロウ!」

「はい! 一緒に参りましょう!」


 反旗を翻したローゼに続いて、レティを筆頭に機械の破壊にかかる。レティは大金づちを振りかざし、リュウは槍に風魔法をまとわせ振るう。フロウとリンゴも魔法で追撃。機械はみるみる凹んでゆく。

 その一方で、拐われていたラックを救うために動いている者もいた。


「ったく、あんな事に人を割く必要があるのか?」


 仲間の行動に疑問を抱きつつ寝台に到着したのはボールだった。意識を失っているラックの四肢は、機械が壊されたおかげか、ついていた鎖は外れていた。


「とりあえずは、良かったぜ、ラックが無事で」


 安堵を吐露したものの、彼の表情は陰りを帯びてゆく。それは周りの景色も同じだった。


「皆! 攻撃を止めて! こんなにけむたくしたら、ルベン先生が見つけられないよ!」


 マルーの声で目を見開いたボールにとって、周りは既に不明瞭だった。状況を把握しようにも破壊で上がった煙で何も分からない。


「おいマルー! そっちでルベン探せるか!?」

「探してるけど、全然見えなくて!」

「マルーも同じか――こういう時はあいつがやりそうな事を予測するんだ。……逃げる――ここまで完成させてそれがあるか? なら不意打ち――強大な魔力でか。ってことはもうそれは打てるかもしれねえ」


 ボールが警戒を決めた頃、辺りの煙はなくなり始めていた。マルーの姿や機械の影を捉えられるようになったものの、未だにルベンは見当たらない。


「ふっふっふ……実験は成功だ」

「――まさかあいつ!」


 ルベンの声が響いて真っ先にボールが振り返った。捉えた先には上等な椅子から腰を上げたルベンがいたのだ。身体の調子を確かめている彼からは僅かに電流が走っている。


「素晴らしい。みるみる力が沸いてくるぞ」

「お前、一体何をしたんだ?」

「見て分からないのかね? ――あぁ、君にはまだ見えないのだったね」

「ひっ!」


 どういう事かと疑問を抱いていると上がったフロウの声。見ると彼女は、身体を震わせてルベンから後ずさりしていた。


「フロウ? どうしたのよしっかりして!」

「あ……あんな規格外の魔力……到底――っ!」

「さすがは優秀な教え子だ。分かっているじゃないか」

「魔力を取り込むことによる身体強化……どうして成功しているの!? この機械さえ壊せば実験は執り行われないはずじゃ――」

「搬送しか行わない機械を壊したところで、貯蔵先のコレを破壊しない限り、集めた魔力は私のものなのだよ」


 そう言ってルベンは、片手を椅子の隣にある機械に置いてみせる。


「君の目は節穴だったようだね。まあ当然の話か。未熟な側と脳がいらない作戦を実行しただけで満足のようだからなっ、ぷっククク!」

「この人っ……もう我慢できないわ!」


 一行の様子を見て笑いを堪えきれない彼に向かってレティが駆け出した。


「いけませんレティさん! 無闇に突っ込んでは」

「先生のことを悪く言ったんです! 突っ込まないわけに、いかないっ!」


 大金づちを上段に構えたレティが跳躍。しかしルベンはその場で佇むのみだ。


「逃げないと痛い目みるわよ!」

「構わん、来たまえ」

「っ! はぁあああっ!」


 一声と共に振り下ろされた大金づちは敵を粉砕すると思われた。


「くっく、これだから脳無しは」

「う、嘘でしょ!?」


 彼は片腕で、自身の身体をかばう形で大かなづちを止めてみせた。

 レティは慌てて離れるも、落ち着く間もなく彼から火魔法が飛んでくる。咄嗟に金づちの頭を突き出して魔法をかき消した彼女だが、顔には明らかに焦りが滲んでいた。


「さあ、この私を倒してみたまえ」


 そう言いながらルベンは再び火魔法を錬成し始める。今度のそれは両手に一つずつ携えられ、形をみるみる大きくしていった。


「フロウが怖がってて、レティが苦戦してて……こういう時、私はどうすればいいの……?」

「臆してはいけません! 持てる力で迎え撃つんです!」


 マルーの気負いを払拭するようにローゼが一喝。いつの間に脱いでいたコートを放り捨てた瞬間、どすん、という音と亀裂を、コートが落ちた辺りに生んだ。


「先生のコート、すごく重かったんですねー」

「学園長に頼んで魔力で重くしてもらっているの。成人男性一人分だから、大した重さではないけど」

「じゃあ、先生は毎日大人を背負って生活しているって事ですかー?」

「そうなるわね」

「それって……大変だ」


 リュウが口をあんぐりしている間に、ローゼのはにかみ顔が戻りつつ姿勢が低くなり、足元には雷光をまとわせていった。


「感心してくれるのは嬉しいけど、そろそろ構えてほしいわ」

「ほ、ほいっ」

「フロウさんも立ち上がって。あなたの力は皆に必要不可欠よ」

「私の、ですか?」

「もちろんです。力の限りを尽くせば尽くすだけ、あなたの仲間達が応えてくれるわ」

「……分かりました。出来る限りの事をしますわっ」

「御託は終わったかね? さっさとしなくては、こうだぞ!」

「では皆さん、援護をッ!」


 ルベンが巨大なホノオを打ち上げたと同時にローゼが光速の如く突進を開始。

 二つのホノオは壊された機械のふもととマルーがいる位置に落下。仲間が四散する中で唯一ラックの近くにいたボールは、無意識なままのラックを担いで広間の端にやって来た。


「よい、しょっと。ここなら安全だろう」


 さて、とボールが剣を構え見据えた先。

 雷光の力で速度を上げているローゼが体勢を整える前のルベンになぎなたを振り下ろした。だがその一撃はまたしても床を粉砕。舞い上がる粉塵を切っ先で払ったその時、彼女のチョーカーが怪しく光った。


「う?! ――クあァァッッッ!」


 片膝をつき、苦悶の表情を浮かべるローゼ。その左方を、ルベンの指先が捉えている。


「君は私の手中である事を忘れているな」

「忘れて、ません」


 チョーカーにより首を絞められているにも関わらず、ローゼは澄んだ瞳で真っ直ぐにルベンを捉えていた。


「教え子達を、守る、為ならっ……苦しくても、身体を張り、ますっ!」

「何故そう言い切れる。何故安々と生命いのちを捧げようとする!」

「師ですもの……これが、本、望――クぁアッッッ!」

「ならば望み通りだ! このまま捻り潰してくれる!」

「させるかあっ!」


 その時、疾走と共に声を上げる者がいた。


「その指を下ろせぇええっ!」


 勢いのまま走り込んできたのはボールだ。水平に構えた剣を振おうとしている。そんな彼を迎え撃つべくルベンは指差しを止め、迎え撃つ体勢に入るのだった。


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