051話 特別授業 / 後編



「はぁああっ!」


 一声と共に振るわれたボールの剣撃。だがこれは少ない動きでルベンに避けられた。それでもボールは絶え間なく斬りかかり、敵はいくらでもかわしてみせる。


「君はどうして武器専攻へ行かなかったんだい? 魔法を覚えるより、剣一つで活躍するほうが君の為になると思うがね」

「うるせぇな。俺にはやりたいことがあんだよ!」

「そうだよ!」


 と別方向から剣撃が飛んでくる。


「ま、マルーっ?」

「ボールには、人助けできる魔法を覚えるって、目標があるの! 魔法に向ける姿勢は、あなたのクラスのなかできっと、今一番強いよ!」

「意欲だけで魔法を使えると思っているのかね?」

「出来るよ! 私が教えてあげる!」


 そう言って、マルーはルベンから離れ剣を左手に持ち変えると、右手の人差し指をたてて顔の横に置き、目を閉じた。


「このまま待ってやろう。どうせ武器専攻の奴らの魔法など――」

「ラクラああああああイっ!」


 振り下ろした指と同様に魔法ラクライがルベンに直下! 彼は頭を抱えて倒れこんだ。


「すっげ……」

「どうだ! 思い知ったかっ!」

「たった二日間でここまで……成長しましたね」

「ローゼ先生のおかげです! もちろん、レティもね!」

「マルーってばもう、泣かせてくれるじゃない」


 皆からマルーへの喝采が沸く中、ルベンが頭を片手で押さえつつ立ち上がった。


「ふむ。少し、侮っていたようだ」

「そうよ! 私達を侮らないでよ――」

「わわっ、レティ待っ」

「ねっ!!!」


 レティが容赦なく大金づちをルベンへ叩きつける。避ける隙もなかったマルーとボールは反動でできた粉塵と共に床へ転がり込む。

 この状況はルベンも同じだったようだ――マルー達とは別方向で、飛び散った粉塵を払い退けていた。


「全く、困った連中だ。どう知らしめようか……」

「エア・ブレードおー!」

「何っ?」


 そんなところに飛んできたリュウの声が風切り音を連れてルベンへ。横っ飛びで避けつつ見据えた風の刃は、通過した痕跡を地面に真っ直ぐ残していった。


「ローゼ君が受け持つ教え子は、何故こうも力任せなのだね」

「それはあんたも一緒でしょ!?」


 今度はリンゴのホノオが襲う。これへは真正面で迎えた敵は手刀一本でかき消した。


「力で怖がらせたり、ねじ伏せようとしたりなんて、動物でも出来る事しかしてないじゃない!」

「その思考は君達もじゃないか。君達だけの利益の為に、対象を力でねじ伏せようとしている」

「それはだって――」

「あなたの方法が正しいと思えないからですわ!」


 こう言い放ったのは短杖を構えるフロウだった。彼女はその場で、杖の先を指揮棒の如く振るってゆく。


「私達があなたから学んだものは、仲間を尊重し、仲間を活かすこと。今のあなたが口をつくそれとは全く違いますわ」


 杖先は円を描き、その中に三つの二等辺三角形を、鋭角がそれぞれ三方に尖るよう描いてみせた。


「レティさん達は武器を掲げて下さい!」


 魅せてさしあげますわ! と外枠に文字を走り書くと、描いた魔法陣の正面が周りに見えるようにひっくり返してみせた。


「“アデット・アングリフ”! 掲げられし得物の下へ!」


 詠唱と共に突き出した魔法陣が皆がそれぞれ掲げた武器に張り付いた。刀身やつち煌々こうこうと魔力を湧き上がらせる。


「すごいや。武器から力が伝わってくる!」

「今日も完璧よフロウ! さすが、サポーターの鑑ね!」

「ありがとうございますっ! 気持ちも込めていますから、思いっきりお願いしますわ!」

「もちろんだよ! 皆行くよ!」


 そうして飛び出したマルーと共に、レティ、ボール、リュウがきらめく残像と共にルベンへ向かっていった。



「フロウ見てよ! あたしの杖にもこんなに魔力が!」


 一方、魔法陣を付与し終わったフロウの下に、マルー達と同じ光を灯した杖を持ってリンゴがやって来た。


「これがあなたの考える、力の在り方なのね。皆が力を発揮できるように力を振るうっていう」

「そうですわ。私達が目指す力は、皆を活かし、皆を守る為の力なんです。皆の力を殺してまで得たもので守ることが出来るなんて、私には到底思えませんわ」

「そうよね! あたしもフロウの言――」

「フロウちゃんの言う通りなんだなー!」


 その時、背後から聞き覚えのある声がした。片脇に丸めた紙を抱え、えっさえっさと駆けてきたその人は、二人の前で荒い息を整えていった。


「アギーさんではありませんか! 今までどちらに?」


 そんな人物を迎え入れたフロウに対して、リンゴはむっとした表情をみせる。


「あたし達ここまで来るのに結構苦労したんですけど。今までどこで何してたわけ?」

「お待たせしちゃったんだな。ここに入る前から嫌な予感がしてたから、特製の特大魔法を出せる魔法陣を作ってきたんだな!」


 言うなりアギーは抱えていた紙を床に広げてみせる。それには確かに難解な文字といくつもの円や図形が書き込まれていた。複雑さで比べたらフロウが描いた魔法陣とは雲泥の差だ。


「何がどんなふうに描かれているかさっぱりなんですけど」

「魔力強化、火魔法に風魔法……これは決め技となりそうですわね。ただ、絶大な爆風が生まれますでしょうから、慎重に扱わなくては」

「大丈夫だよフロウちゃん! おらに任せるだ」

「フロウ、本当にこの人に任せて大丈夫なの?」

「彼の実力は本物ですから、信じましょう」

「お、おらの実力を、フロウちゃんが、認めてくれただ?! こうなったら絶対に期待に応えるだ――その杖借りるだよ!」

「え、ちょ、ちょっと!」


 フロウの言葉を聞いて顔に花が咲いたアギーはリンゴの杖を奪うと、紙に描かれた通りの魔法陣をその杖でなぞっていった。


「アギーさんいけませんわ! 確かにその杖なら威力は出るでしょうけど、せめて持ち主に描かせなくては――」

「とおおおりゃあああああああああああああああああああああ――!」

「全然聞く気無いじゃない!」

「これでおらは! フロウちゃんの! 英雄にっ! なるだあっ!!!」


 そうして紙を取り払ったアギーの眼下で特大の魔法陣が輝く。それを持ち上げるが如く杖を振り上げると魔法陣は中空に浮かんだ。


「特製の特大魔法! いくだよーっ!」


 魔法陣から生まれた炎が大きくなるほどに風が吹き荒れる。フロウとリンゴはただならぬ魔力に巻き込まれないよう身を守ることで精一杯の最中、当の発動者であるアギーは姿勢を崩しそうになっているのだ。


「た、いへんだあ! 誰か助けるだよお!」

「だから、言おうとしたのですわ! 持ち主でなければうまくいかないと!」

「もぅ、支えきれない、だ」

「アギーさん!――」


 持ち堪えて下さい! とフロウが手を伸ばしかけた瞬間にアギーの姿勢は崩れた。特大の炎とその周りで吹き荒れていた風が、全員の心臓をはち切らんとする爆風を生む。善戦していたマルー達はおろか敵であるルベンまでも巻き込んだこれは、空間から全ての活動音を奪った。



「っ……一体、何が起こったっていうの……?」


 意識を取り戻したレティが爆風の根源に視線を移すと、フロウとリンゴがすすだらけになって倒れている姿が目に映った。発動させた張本人であるアギーに至っては大の字に伸びている始末。

 もう――! と怒り任せに身体を起こそうとするも、衝撃の影響か、レティの身体は思うように動かせない。


「ち……からを……得なくては……」


 レティが苦戦している傍らで、敵であるルベンは這いながらも、魔力を吸収できる装置に近付いていた。たどり着いた椅子を支えに身体を起こしては、装置から伸ばしたパッチを両腕にそれぞれ貼り付けてゆく。


「アギーの、馬鹿! 後で思いっきり! 懲らしめるんだからあああ!」

「さっきの爆風って、アギーが? ――うっ!」

「むー。起き上がれないー」

「ふっふっふ。形成逆転だな」

「今の声、ルベンせ――っつ!」


 マルーとリュウが意識を取り戻し起き上がろうとする所で、既に操作盤を手にしているルベンはしたり顔だ。


「さあ、力を全て私に流し込むのだ!」


 彼はついに魔力を吸収できる装置の電源を入れた! 爆風の反動に苦しむしかないマルー達を前に、ルベンは装置によって電流となった魔力を身体にほとばしらせてゆく。


「分かるぞ。分かるぞ! 私に巡る絶大な魔力が! アッハッハッハッ――!」


 高らかな笑声とともに肥大した電流は空間を白光に塗り変えた!


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