034話 ボールの心境・その2
「君! ちょっと待つだよ!」
地下を抜ける階段を昇りきった頃、誰かが俺に声をかけてきた。喋り方的に多分アギーだ。
「おらを無視するだ!? 話くらい聞くだよ!」
聞いたところできっと戻ってこいの一点張りだろうから俺は歩き続ける。だが、いくら歩いてもアギーはついてきた。
「君はあんな事を言われて悔しくないだ? おらには分かるだよ! 愛する人を守れない苦悩が!」
「っ――はあ?」
思わずつまずきそうになって相手に顔を向けてしまった。肩で息をしているアギーがよたよたとした足取りでこちらに近付いてくる。
「話を聞いて思っただよ。マルーという子が好きなんだな、君」
「なんでそうなるんだよ。俺はただ、助けられる魔法を覚えたいだけで――」
「魔法なんか無理と言ってたのにだ?」
思ったよりも的確な指摘でつい無言になってしまった。あいつはにんまりと笑う。
「無理な事にどうして挑もうとする――決まってるだ、愛する人を守りたいが為だよ。おらもそうだ、フロウちゃんの為ならどんな事だってする。フロウちゃんが困っていれば困り事を解決させるし、フロウちゃんが泣かされたらおらは泣かした奴を絶対に許さない」
揚々と語るアギーがだんだんと眉間にしわを寄せていき、いつの間に作っていた拳をわなわなと震わせていた。
「君はフロウちゃんを困らせただ! 泣かせただ! だからおらは……お前を絶対に許さない……」
拳から人差し指、中指、薬指と、拳がパーに変わったところには炎があった。その炎はたちまち大きくなり、逃げようと思った時にあいつは、両腕に有り余る火の球を抱えていた!
「大人しくするんだな」
「そんなんで出来るかっ!」
走る俺の背に向かって怒りの火球が突っ込んでくる――はずだった。
火球は速度を上げたまま蛇行し、壁や床をかすりながら俺の頭上を通って天井へ。落ちてくる瓦礫をどうにか突破した俺は勢いのまま昇降口へ向かった。
「アギーさんっ! なんてことしてくれたんですか!!」
「ふ、フロウちゃん! ごめんなんだな!」
どうやらフロウも追いかけてきたようだが、あの崩壊具合だと通ることは困難だろう。追いかけられる心配はないと俺は思い込んでいた。
「そ、その手を下ろすだよ! こんな事になったのは悪かっただ!」
「悪かったでは済まされませんわ」
「だからなんだな! ここはおらがどうにかするだ!」
「当然です。あなたは学園をめちゃくちゃにしたんですから……」
普段淑やかなはずのフロウの声がえらく棘を帯びて聞こえてきた。気になって聞き耳を立ててしまったのは間違いだった。
「わわ分かっただ! だから、今すぐその手を――」
「 問 答 無 用ッ! 」
フロウから声が上がった刹那、瓦礫から炸裂した力で俺は、走り幅跳びでもあり得ない距離を吹っ飛んで床を転がった!
節々痛い中どうにか起き上がると、俺の横には大の字に気絶したアギーが。
「泡吹いてやがる……」
「どうしましょう! また気絶させてしまいましたわ!」
おっと、この場にいたら俺も拘束されそうだ。幸い転がった場所は昇降口に近い。俺はせっせと校舎の外へ出て、図書館への道を進んだ。
てか、人の為とか言っといて人に迷惑かけるのはどうなんだ? 魔法使いってあんなのしか居ないのかな。ラビュラさんとかエンさんみたいに、危険なところを助ける為に使うのが魔法なんだよな? 俺はそういう魔法を使いたいから、身につけ方を探しにここに来たのに。
「やっぱきれいだなあ」
なんとなく取り出した瓶詰の液体を昼下がりの光に透かしてみた結果だ。
洞窟の奥で輝く泉を切り取ったような蒼の中で、ちらちらと砂塵のごとく浮かんでいる光。見ているだけで心が落ち着いてくる。
「こいつは自分で描いた魔法陣を発動して手に入れた物。って事は、俺でも杖さえあれば魔法が使えるって言い切って良いよな? それが分かっただけでもここに来た意味は充分あったんじゃ――」
「をっ! それすっげーきれいじゃん!」
声と共に近付いてきた駆け足の音。横から伸びてきた手が瓶を捉えているのは分かり切っている――俺は瓶を遠くへ回しつつ、スラックスのポケットにそれを忍ばせた。
「ちぇっ! 見せてくれねえのかよ!」
「ずいぶん久しぶりだな、ラック」
「そうか? 俺とは朝に会っただろ?」
「それ以来会っていないのは何故だ」
「当たり前だろ、授業出てねーもん」
腰に手を当てラックはふんぞってみせる。だが、言い放った内容はそう威張れるものじゃないぞ。
「悪びれもしねえんだな」
「別に俺悪い事してねーもん。今日だって俺一人いなくたって授業してただろ?」
「まあ、そうだけど」
「つかお前こそ! こんな時間に何してんだよ!」
「もう授業が終わったから出てきただけだし」
「いやまだこの時間は帰りの会だろ? 下校はその会に出てからだぞ!」
おっと。
そんなのがあったのか。つっても。
「お前が言うかよそれ」
「だって一応入園候補者だろ? 帰りの会も出ない不届き野郎は入学させてもらえないぜ?」
「だからお前が言うかって」
「おいボール! 待てって!」
うわあ。あいつついてくる気かよ。
「図書館に行きたい気持ちは分かるぜ? けど、お前はちゃんと回に出た方がいいって! 下手したら学園追い出されて捜査できなくなっちまうぞ!」
「知るかそんな事」
「っ、お前それでもお助け屋か!?」
「お助け屋を求めてんならマルーを頼れよ。俺は助ける気ねえから」
「そんな言い方すんなよ! 皆困ってるっつーのに!」
「どこの誰が困ってたんだ? いなくなった生徒の事、全く気にしてないじゃねえか」
「そりゃあ、長期休暇だって偽られてるから――」
「長期休暇だっつーそいつに、連絡をとった生徒は一人でもいたのか?」
振り返った先のあいつに目を合わせようとしたが、あいつは下を向いた。
「いなかったんだな」
そう問いかけてもあいつは立ち尽くすままだ。
「まあ、自分勝手な奴ばっかだもんなこの学園。自分だけが良ければ他人はどうでもいい。今しか考えてねえ連中ばっかのここに、助ける価値なんか見出せねえよ」
というわけだ。俺はもう行く。そもそも俺は図書館に入り浸れる時間がとれるだけで十分なんだ。事件解決させようって張り切ってるのは他の三人だけ――。
「冗談じゃねえっ!」
唐突に飛んだ怒声と掴まれる俺の腕。
「てめえは間違ってる」
言い放ったラックの鋭い視線。睨まれて石にされたように、全身がちっとも動かせなかった。
「この学園は尊重を大事にしてる。どうでもいいと思ってる仲間なんかここには一人もいねえ! 仲間が決心した事はどこまでも尊重して、どんな事にもどんな場所にも挑ませてくれる。そんな場所がこのスペルク魔導学園だ」
「そうした結果仲間はいなくなってるんだろ? それを見て見ぬ振りしていられるのはおかしいんじゃねえの?」
「だから言ってるだろ! 行方不明になってるなんて誰も知らねーの!」
「知らねえのがおかしいんだって! 一人でもいるだろ気にする奴は!」
「気にしたから俺らは動いたんだ! 動いたから学園長に気にしてもらえた! 気にしてもらえたからお前らに会えた! あとは協力し合って、ってところでお前は何でそんなに身勝手なんだよ!」
身勝手だと? 笑わせる。
「お前こそ! 自分の事しか頭にねえだろ!」
突いた言葉の後に気が付いた。いつの間にラックの手を振り解いていた事に。
「人を助けるとか言っておきながら、実際は自分の評価を上げたいだけじゃねえか。昨日俺に見せてきた魔法陣も、自分は特別だと知らしめたい為だろ? こんな自己チュー野郎が偉そうにづけづけと――」
「づけづけしてるのはそっちだろ!? 昨日の夕方も夜も今も、能書きばっか垂れて何にも得てねえじゃねーか!」
「誰のせいでべらべら喋らなきゃいけなくなってるんだ! 俺は一刻も早くマルーを守れる魔法を覚えたいんだよっ!」
張り上げた声がこだましたと、そう気付いてしまった時に目にしたのはラックの表情。口を開けたまま黙っているかと思いきや、それが怪しい笑みに変わる。
「なんだよ。何もおかしい事は言ってねえだろ」
「ああ、言ってなかったぜ。でもよーく分かったよ。お前が魔法を覚えたいのは、マルーっつー女の子の為だって!」
「ま、マルーだけじゃねえよ! リンゴもリュウも、他の奴も! ちゃんと俺が守ってやるし!」
「どーせあとの二人と他の奴はついでだろー? このこのー!」
「こら、肘でつつくな! 止めろ!」
「ははっ! くやしかったら捕まえてみろよーだ!」
けらけらと笑って逃げてゆくラックを放置しちゃいけないと、頭の中が警鐘を鳴らしている。さっきまでは追い払えと促していたくせに、まさか追いかけるはめになるとは――そう思うより早くに足は動いていた。
石畳の路を蛇行し、噴水や花壇を退け、気付けば俺は図書館の外壁を背に四肢を投げ出していた。一方ラックは俺の隣で地べたに大の字で寝転んでいる。
息を整えていく中で、頭と心は静かに冷えてゆく。
「悪かったよ」
出てきた言葉はこれだった。聞いたらしいラックが上体を起こしてこっちを見ている、と音で感じ取った。
「お前なりに、色々考えて行動してたのが分かったよ」
そう言うとあいつは、まあなー、と返しながらまた寝転んだ。
「お前こそ、全然非情じゃなかったんだな。まさか好きな人の為に魔法を覚えようとしていたなんて!」
「ちげえよ! 好きとかそういうわけじゃ――」
「そういうわけだろうよ! だって真っ先に名前を出せるってことは、それほど大事に思ってるんだろ?」
「大事にというか……ほっとけねえんだ、危なっかしくて。今日うっかりマルーの教室に来ちまった時、あいつすげえ頑張ってたんだよ。右も左も戦いの事分からないくせにひたすら立ち向かってたんだ。その結果あいつは相手を打ち負かしたけど――」
あれは相手が親切だったからこそ得られた結果であって、実際立ち向かうべく相手があそこまで親切だとは到底思えない。それにここはゲームの世界じゃない。この身一つで乗り込んだ異世界なんだ。
「あんな戦い方をしてたらあいつ、いつか大きな怪我を負いそうで、怖くなった」
傷を重ねて倒れてしまうあいつの姿を考えると、とてつもなく胸が痛くなる。
「だから俺、一刻も早くあいつを守れる魔法を覚えたいんだ」
言った俺はいつの間に起きていたラックと目が合う。そいつの態度にちゃらけた様子は全くなかった。噛み締めるように頷いたあいつはしばらくすると、だったらさ! とその場を立った。
「俺がお前に魔法の知っている限りを教えるからさ、お前は俺に勉強の知ってる限りを教えてくれよ! これでお互い得するだろ!」
そうしてラックは白い歯をみせて笑う。
「教えてくれるのはすっげえありがたいけど、勉強は予習復習が大事だからな? やるからにはちゃんと――」
「授業に出る! もちろんだって!」
「本当か? 勉強も出来るから授業に出なくて良いなんて考えてんじゃねえぞ」
俺も立ち上がって目を合わせようとしたところ、あいつは思い切りそっぽを向いた。どうやら図星だったらしい。
「それ改めろよ? じゃなきゃお前に魔法の事一切聞かねえし、勉強の事も一切教えねえ」
「勉強のこと教えてくれねえのは困る! 頼むから教えてくれ! ちゃんと授業に出るから――!」
そうして俺はようやく図書館へ踏み出した。嘆願するラックを後ろに連れながら。
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