033話 それぞれの実技授業 / 3編



「あれを下りればいいのか」


 ローゼとレティと別れたボールは教えられた通りに道を進み、小走りで階段を下りていった。先程までいた最上階とはうって変わり、空気は冷感を帯び、辺りは影を落としている。これは階段を下りきっても同じだった。

 窓もなく、教室の様子も一切見えない廊下で頼りになるのは天井から等間隔でぶら下がる照明。加えて、実技室の戸に張り付いた小さな窓から明かりが漏れている事……。

 ボールは明かりの漏れている戸に辿り着くと間髪無く戸を開いた。


「遅れてすいませんしたっ!」


 戸から豪快な音を立ててはボールは頭を下げる。


「来たか、ボール君」


 彼に注がれたのは先生ルベンの淡白な声。ボールが顔を上げた先のルベンは口をきっと結んでいる――相当怒っているかもしれない。


「すいません、先生、遅れてしまって」

「……席に戻り、課題に取り組みたまえ」


 ひどく無機質な声色の後でルベンはクラスメイトに視線を移した。ボールもルベンと同じ方向へ顔を向けると、彼らは皆指揮棒のようなものを手にし、机に開けっ広げた本と向き合っていた。


「ちょっと! あんたどこ行ってたのよ!」


 様子を伺っていたところに届いた声。その方向を見たや否や飛び込んだのはリンゴだ。


「あいつと一緒にサボったかと思ったんだから!」


 リンゴが持つクラスメイトと同じ棒の先が、空を切りながらこちらに向けられる。


「すまん。道に迷った」

「……やっぱり。案の定ね」


 腰に手を当てつつ息を吐いたリンゴからは呆れが目に見える。


「とりあえず、あんたの席はあたしの隣。ついてきて」


 言われるがままリンゴについていくと、先ほどの本と棒が丁寧に置かれた席にたどり着いた。


「ささ、一つでも魔法を作らないと。あんた欠席扱いになるわよ?」

「欠席扱い? つか“魔法を作る”ってどうするんだよ」


 簡単よ! とリンゴはボールの隣の席につくなり先ほどから持っている棒をひょいと見せつける。木でできたそれは、本体と持ち手の境目に透明な宝玉がつけられていた。


「この授業用の杖で、この本のページに魔法陣を描くの」


 説明した彼女が本と向き合った途端だった。透明な宝玉の中で煙のような焔色がたなびいたのだ。


「何だ? 今急に出た赤いやつは――」

「ごめん話しかけないで。今考えてるんだから」

「……すまん」


 ぴしゃりと言われたきり。開いた本を凝視するリンゴをボールは見守る――?


「――ってあのなぁ。俺の出欠席がかかってんだぞ? ちゃんと教えろし」

「では、私がお教えしますわ」

「あ、フロウか」


 ボールに声をかけてきたフロウは、手元の杖の宝玉を指差した。


「こちらの中に浮かび上がる光は、使用者の魔力の質を表しています」

「質?」

「はい。どんな属性の魔力がどのくらい出ているのか、宝玉の中の光で計ることができますわ。今のリンゴさんで例えますと……放出しているのはホノオ系の魔力ですね。光の流れが早い点から、相当集中していらっしゃるとみてとれます。透けがみられる点からは、ホノオ系は覚えたて、もしくは目覚めたてといえそうですわね」

「すげえ、当たってる。あいつは最近魔法に目覚めたんだ」

「的中でしたか。これも勉学の成果ですわ」


 そうしてフロウは柔らかく微笑んだ。


「そこまで詳しく分かるもんなのか」

「はい。ですから、ボールさんもまずは握ってみて下さいな」


 こいつをか、とボールは手元の杖を握った。


「では、ボールさんに潜在した魔力質を探る為、頭を空にしながら強く握ってみてください」

「頭を空に――何も考えるなってことだよな」


 そうです、と告げられる頃のボールは自然とまぶたを閉じていた。



 ――杖を強く握り締める。


 そして、頭を空に。

 空に。

 カラに……。




「出来たわ……見なさいボール! これがあたしのま――」


 その内にリンゴが、自身が書き上げた魔法陣を見せつけるものの、彼女の言葉は目の前の光景によって奪われてしまった。


「どうしてあいつの髪なびいてるのよ」

「今は話しかけない方が良いですよ」

「それは見れば分かるけど……」


 杖を握ったボールをまとう気の流れ――熱くもなければ冷たくもない、肌に心地よい温度感ではある。だが、どこか近寄りがたい物々しい雰囲気。普段の彼の態度を体現したような、そんな刺々しさを覚える。


「ちょっと、怖いわ」

「そうですね。集中されていますし、何かを掴みたいという意志の強さも伺えますし」


 気圧けおされてしまったリンゴをよそに、さて、とフロウは口を開いた。


「空になったあなたの頭の中は今、何も無い常闇です。そこから込み上げる感覚を、あなたが握るその杖で絡めとるのです」


 淡々とした言葉の後、それを聞いたらしいボールが杖を僅かに振るった。これに反応するように、彼の髪が左右に揺れ動く。


「感心しないな」

「あ、先せ――!?」

「どうされたんですか皆さん!?」


 周りを見渡せば驚愕めいた面持ちのクラスメイト。特に目立つのは、大きな目とたるんだ顎をあんぐりと開けるアギーだ。


「アギーさんまでそのような顔を――」

「そりゃあ驚くだよフロウちゃん! この大きい魔力で来ないわけがないだ。しかもまさか、体験入学生のだったなんて」

「やっぱりこの気配は魔力なの?」

「でももったいないだ。何にも感じないだよ」

「そう? あいつの性格がよく出てると思うんだけど」

「確かに彼らしさはあるだろうが、もったいないという意見には私も同意だ」


 告げたルベンは既にボールの背後で肩に手を置いていた。


「君は魔法で何をしたい。その底知れぬ魔力で君は何を求める」


 ボールは依然黙ったままだが、問われたことが合図だったかのように音もなく気――魔力が消えた。


「……どうした。あのまま続けたまえ」

「いや、先生」


 ボールは杖を置きルベンに振り返る。


「俺にそんな力ってあるんですか?」

「 ? 」

「あの、ボールさん?」

「なんて冗談言うだよ君!」

「そうよ! あんなに魔力っぽいの出てたのにどうしてそんなこと言えるわけ!?」

「……俺が? なんで」

「なんでって――!」


 きょとんとしているボールに呆れるしかないリンゴ。集まったクラスメイトも騒然としている最中だった。


「魔法陣を描きたまえ」


 ボールの横で放たれたルベンの言葉で周りは静かになった。言われた本人はおもむろながらも本へ向き直る。


「フロウ君が言ったようにすれば良い。頭を空にした後、君が求める魔法を想像する――そうすれば自ずと手は動く」

「……分かりました」


 腑に落ちない、と言わんばかりの表情だったものの、ボールは言われた通り再び目をつむった。それからしばらくして、先と同じように髪がなびき始める。


「見てください、ボールさんの手元の杖を」


 皆が様子を見守る中でフロウがボールを指差す。彼女の指先が捉えたのは、彼が持つ杖の宝玉の、陽光のようなわずかな輝き。始めに感じた物々しさとはかけ離れた柔らかい雰囲気。しかし真っ直ぐに光を放つさまは、彼の一貫した姿勢を現しているよう。


「あんな光の人はどんな魔法が向いているの?」

「いずれ分かります。ほら、手が動きますよ」


 フロウの言葉でリンゴの目は再びボールの方へ。彼は持つ杖を指揮者のごとくなめらかに振るっている。



「よし」


 一言。そしてボールは椅子に深く腰かけ息をつく。そんな彼の前に伸びたルベンの手が描き上がった魔法陣を見るべく本を取り上げた。


「何が出来たのかしら」

「私達も見て良いですか、ボールさん?」

「別に良いぜ。でも結構適当だぞ」


 ボールの許可を得たリンゴとフロウはルベンの手にある本を覗き見た。描かれていたのは、羽を伸ばした女性が天から何かを受け取った、というような絵だった。


「ボールにしては、可愛い絵を描くのね」

「絵で効果を表すとは、面白いですわ」

「……このページの上で杖を振るってみたまえ」


 ルベンは言うと、魔法陣が描かれたページを開いた状態で本を机上に置いた。言われたボールは頷くなり杖を握りしめる。

 そうして杖を魔法陣の上で一振りした刹那。音もなく上昇した光がぱっと頭上で咲きそこから白銀の羽根を大きく広げた女性が現れたのだ。


「何あれ!? 天使!?」

「女神だ。俺は女神の方を想像した」


 ボールがいう女神は、集まったクラスメイト全員を包み込めそうな翼と相反し、背丈は人の手の平程の小ささだ。そんな女神が彼の正面へ降り立ち、両手を前に差し出す。その両手は、艶やかさと透明感をもった液体をすくっていた。


「……くれるのか?」


 ボールが問うと女神は優しく微笑み、両手で抱えていた液体を落としては霞がかったように姿を消してしまった。



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