032話 それぞれの実技授業――教室移動



「何が、起きたんだ――」


 マルーが放った技によって光に満たされた実技室。戸を挟んで見ていたボールすらもかすませた目を、どうにかこすって彼は中を覗き見た。

 大金づちは床に落ち、それを手放しているレティは仰向けでぴくりとも動かない。この姿を見たらしいクラスメイトから動揺の声が広がる頃にはローゼがレティに歩み寄っており、くまなく状態を見ている。

 やがて立ち上がったローゼが片腕を広げた先に、クラスメイトもボールも注意が向いた。


「模擬戦はここまで! 勝者はマルーさんです!!」


 全員の注目を浴びたマルーはきょとんとしている。目の前で模擬戦を見ていた皆も驚きを隠せないようだ――ただ一人を除いて。


「すごいよマルー! 逆転勝利だよー!」


 大きな拍手と共に声を上げたのはリュウ。これを皮切りに周りから徐々に拍手が湧いてくる。そうして室内は惜しみない拍手と歓声に包まれた。それらは戸を隔てていてもボールの耳に届く。

 マルーとレティが健闘を称え合い始めても、ボールは静かに見ているだけだった。談笑する彼女らに光が射して、彼は目を細める。

 そして、息をついた。


「あれじゃあ道を聞く隙がねえな」


 どうしたものかな、と実技室に背を向け寄りかかる。


「このまま肩を並べ続けられるか? か」


 初仕事を終わらせた帰りにしたリュウとの会話を思い出しながら、ここまでで得たものを指折り数えようとする。だが指は動かなかった。


「つか、覚えるために身につけなきゃいけねえことが多すぎるんだよなあ。近道はないってリュウに言われたけど、それだと遅すぎるのも事実。でも身につけないと覚えたいことが覚えられない……」


 深く考えるほど、頭の中で思案に溺れそうになる。もがこうと頭を掻きむしっていた時だった。


「あら。あなたはルベン先生のところの――」


 横から掛けられた声にボールは振り返る。そこにいたのは、負傷したレティに肩を貸しているローゼだ。


「もしかして、道に迷いましたか?」

「あ……ええ、まあ」

「ぷふっ。あなたの実技室、地下よ?」


 吹き出して言ったレティは腹を丸めながら息を必死にこらえている。そんな彼女へローゼが、いけませんよ、と諭す。


「魔導実技室へ向かう人が迷子になりやすい、というのはよくあるお話です。私達が途中まで同じ道ですから、一緒に行きませんか?」

「……そうっすね。よろしくお願いします、先生」

「はい。素直で良いことです」


 鈴の音のような微笑みを投げかけたローゼは、こちらです、とボールの前に出た。そうして三人は実技室の階から下へと進んでゆく。


「あなたの友達のマルー、ちゃんと稽古したら一線で戦えるくらいの可能性を秘めてたわ。私のお父さんに頼んで稽古の知り合いを紹介したいくらい!」

「そうか」

「あなたも見てたんでしょ? マルーの戦いっぷり。それなら、彼女についていろいろ教えてほしいんだけど、聞いていいかしら?」

「俺の分かる範囲で良いなら構わねえけど」


 そう答えたきり。レティは言葉を探すように目を伏せた。


「マルーって、何になりたいのか分かる?」

「何に? というのは?」

「だってあの子、フェニックスに選ばれないなんて絶対ダメ! なんて言うから」

「は、はあ」

「そういえばマルーさん、そんな事を言っていましたね」


 言葉を挟んできたローゼは指を一本立てた。


「フェニックスというのは、「影」を封印した戦士の一人を守護している魔生物――すなわち“守護生物”の一種を指します。そんな生物に選ばれるくらいの戦士になりたい。そういう思いからあの発言が出たのだと私は推測していますよ」

「だから分からないんです。絶対、って言った意味が。だって「影」は封印されてて、長い間復活しないんでしょう? だから、あんな真剣な眼差しで言うような事じゃない気がするんです」


 それもそうですね、とローゼが頷いた通り、本来なら「影」はもういないことになっている。故にフェニックスは必要ないのだが今はそうじゃない。


 「影」は復活している。だから四人でこの世界にやって来たわけだ。まあそんな事は、何も知らないこの二人に言えるわけがないが。

 にしてもあいつ――


「そんなこと言ったのか?」

「ええ、言ったわ」


 つい口から出てしまった言葉を拾われたボールは、レティから目をそらした。だがレティの話は止まらない。


「考えてみれば、さっきの雷撃なんてフェニックスみたいな鳥を象っていたし、昨日話した時もフェニックスソードって言葉がさらっと出てたわ! 戦いに素人な彼女がどうしてあんなに――い゛っ!」

「ほらレティさん? 安静に」


 マルーの技の威力を物語るかのようにほとばしった電気。言い聞かせられたレティは、自身の身体でジリリと音を立てる電気を見やる。


「こんな、身体に支障を残すような技。授業用の武器で放つのはなかなか難しいのに」


 一体どうして? ――そうして唸る彼女の思考はなおも止まらない。


「それほどまでに、マルーさんの心にはフェニックスの事が焼き付いているのでしょう」


 レティの様子を見かねたローゼが口にする。

 フェニックスの事――その力を振るったマルーとラビュラさんの事。今でも思い出せる。


「俺だって、そうですよ」

「えっ?」

「そうなんですか?」

「あ。はい。助けられたんです、フェニックスの力に。さっきのような眩しい光に」

「――――ってまさかあなた達、ラビュラさんに会ったこ――づうっ!」

「レ テ ィ さ ん?」

「……ごめんなさい、先生」


 レティがしゅんとしたところで、ローゼはさてとボールに向き直った。


「ボールさんはここから、私達と反対方向です。あちらを真っ直ぐ進みましたら地下への階段がありますから――よろしいですね?」

「分かりました。ありがとうございます」


 どういたしまして、と応えたローゼはボールに背を向け歩き出した。それを見送った彼も、二人と正反対の方向へ歩き出す。


「ひとまず、「ラビュラさんに会った事があるから」っつー解釈に落ち着きそうだな……って俺も落ち着いてどうするし。もう半分もねぇぞ授業時間!」


 授業開始時刻から大きく遅れている事を自覚したボールは歩幅を広げいそいそと地下への階段へ向かっていった。進むほどに空気は冷感を帯び、辺りは影を落としてゆく。下りきった頃には、温まってきた身体を底冷えさせるまでの室温になっていた。

 窓もなく、教室の様子も一切見えない地下の廊下で頼りになるのは、天井から等間隔でぶら下がる照明と、実技室の戸に張り付いた窓から明かりが漏れている事……。


「遅れてすいませんしたっ!」


 ボールは明かりの漏れている戸に辿り着くと間髪無く戸を開け、頭を下げる。一瞬向けられたクラスメイトの関心は、ほどなくして目の前の課題に戻った。皆指揮棒のようなものを手にし、机に開け広げた本に向かって思い思いに棒を振るう。


「席につき、課題に取り組みたまえ」


 ひどく無機質な声色の後、皆に視線を戻すルベン。これ以上言うことはないのだろうかと考えるよりも早く聞き慣れた声が飛んできた。


「ちょっとボール! 今までどこに行ってたのよ!」


 気付けば目の前には怒り心頭のリンゴが立っていた。


「すまん、道に迷った」

「やっぱりね。でも良かった! あいつと一緒にサボったと思ってたから安心したわ。ほら、席は教室の時と変わらないから」


 そう言ってずんずん歩いてゆくリンゴにボールはついてゆく。彼の魔導専攻実技授業が始まった。


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