032話 それぞれの実技授業 / 2編



「なっ――!」


 戸を隔てても伝わる実技室から湧いた火柱の熱。途端にそれが静まれば、どさり――火柱を真に受けたマルーが床に身体を打ちつける。


「しっかりしろマルー! このままじゃ負けちまうぞ……!」


 模擬戦とやらに慣れているレティに善戦していただけあり、動く気配のない彼女がとどめを刺される場面に入ると、見ている事しか出来ないボールは拳を握らずにいられない。

 そんな彼の心境もお構いなしにレティは武器を上段に構える……。




「あんたこのまま終わりでいいの?」

「……ぐ……っ!」


 大金づちを構えたまま言葉を投げかけるレティ。これに反応するかのようにマルーは剣を僅かに握る。


「そう。立ち上がりなさい。例え手段が無いとしても、立ち向かう気持ちだけは無くさない事よ」

「う゛っ……んんー――!」


 言われるマルーは踏ん張り声をあげながら上体を起こし、腰を上げ、両足でしかと床を捉えた。


「まだまだ……ここから、だよ……」


 マルーは刃先を上に向け、柄を両手で胸元に構えた。


「その意気ね。って言った所だけど、今更何をするつもり?」

「…………」

「……まあいいわ。そのなけなしの気力、私が潰してあげる!」


 開口一番レティが飛び出したその時だ。


「はあああ――っ!」


 胸元の剣を掲げたマルーに雷撃が直下。レティはもちろん、審判のローゼも観客のクラスメイトも、戸越しのボールも視力を奪われる。


「りゃあああああーーーーーっ!」


 マルーから上がった一喝に辛うじて目を向けたレティ。眼前には、大きく広げた翼で突進する黄金の鳥。これに押し出されたと同時に走る冷たく尖った感覚がレティにほとばしる!


 周りの視力が回復した頃、大金づちが床にどすと横たわった。得物を手離してしまったレティは仰向けに転がった挙句、ぴくりとも動かなくなる。



「嘘だろ……」

「まさかレティちゃんが!?」

「そんなこと――」


 クラスメイトに心配されるレティへローゼが歩み寄る。倒れているレティに腰をかがめたローゼはくまなく状態を見ると、穏やかに息をついた。


「模擬戦はここまで! 勝者は、マルーさんです!!」


 立ち上がったローゼが広げた片腕で、クラスメイトの注目がマルーに集まった。軍配が上がったマルーはきょとんとしている。


「すごいよマルー! 逆転勝利だよー!」


 大きな拍手と共に声を上げたのはリュウだ。これを皮切りに周りから徐々に拍手が湧いてくる。そうして室内は惜しみない拍手と歓声に包まれた。


「……私、勝ったの?」

「ええ。あなたの勝ち。おめでとう」


 ローゼに支えられたレティがマルーに手を差し伸べる。


「……うん! ありがとう! レティのお――ぃだっ!」


 レティの手を握ろうとしたマルーに電気が走る。


「ごめんなさい、身体が痺れてたんだったわ」

「うう……ひどいよレティ!」


 電気を払おうと必死に手をぶらぶらさせるマルーに、レティはくすっと笑った。


「だけど、ひどいのはマルーだわ。あんな必殺技を隠し持ってたな――んづっ!!」

「大丈夫!? 今ビリッ! って、電気が見えたよ!?」

「……このくらい、なんてことな、い゛っ!!」

「レティさん? もう私語は謹みましょうか」


 割り入った言葉の主はローゼ。レティが頷くのを確認した彼女はこの場の全員に正面を向けた。


「では皆さん、私はレティさんを保健室に連れていきますので、こちらでしばらく待機していて下さいね」


 そう残したローゼは全員の返事を背に、レティと共に実技室を出ていく。


「大丈夫かなあ、レティ。私も付いていった方が――」

「すっげえぜマルーちゃん!」「鮮やかだったわ! あなたの必殺技!」「どうやってやったの!? 教えて教えてっ!」

「ちょちょっと皆!? 押さないでってば!――」




 模擬戦を制したことでクラスメイトに囲まれるマルーを、戸越しに見るボールは息をついた。


「あれじゃあ道を聞く隙がねえな」

「あら。あなたはルベン先生のところの――」


 背後から掛けられた声にボールは振り返る。そこにいたのは、負傷したレティに肩を貸しているローゼだ。


「もしかして、道に迷いましたか?」

「まあ。実技室に行きたいんですけどここじゃないっぽかったんで」

「ぷふっ。あなたの実技室、地下よ」

「地下?」

「その顔。知らなかったって顔ね!」


 吹き出して言ったレティは腹を丸めながら息を必死にこらえている。そんな彼女へローゼが、いけませんよ、と諭す。


「魔導実技室へ向かう人が迷子になりやすい、というのはよくあるお話です。私達が途中まで同じ道ですから、そこまで一緒に行きませんか?」

「……そうっすね。よろしくお願いします、先生」

「はい。素直で良いことです」


 鈴の音のような微笑みを投げかけたローゼは、こちらです、とボールの前に出た。そうして三人は実技室の階から下へと進んでゆく。



「にしても、見てたぜ。すっげえ戦いだったな」

「見てたの? だったらちょうどいいわ」

「何がだ」

「聞きたい事があるの」


 そうレティは言ったきり。言葉を探すように目を伏せる。


「マルーって、何になりたいのか分かる?」

「唐突だな」

「だってあの子、フェニックスに選ばれないなんて絶対ダメ! なんて言うから」

「フェニックス?」

「そういえばマルーさん、そんな事を言っていましたね」


 言葉を挟んだのはローゼだ。指を立てた彼女は口を開く。


「フェニックスというのは、「影」を封印した戦士の一人を守護している魔生物――すなわち“守護生物”の一種を指します。そんな生物に選ばれるくらいの戦士になりたい。そういう思いからあの発言が出たのだと私は推測していますよ」

「だから分からないんです。絶対、って言った意味が」


 そりゃまあ、実際にカゲを倒さなきゃいけねえしな。……とは口が裂けても言えない。


「だって「影」は封印されてて、長い間復活しないんでしょう? だから、あんな真剣な眼差しで言うような事じゃない気がするんです」


 それもそうですね、とローゼが頷いた通り、本来なら「影」はもういないことになっている。故にフェニックスは必要ないのだが今はそうじゃない。


 「影」は復活している。だから俺達がこの世界に来ているわけだ。

 まあそんな事は、何も知らないこの二人に言えるわけがないが。


 だからこそなのだ。ただ「ラビュラさんのようになりたい」と答えても、疑り深くなっているレティが簡単に納得する気がしない。真実を隠しつつも事実を伝えているような――あの答えで納得してもらえるような根拠が、今のボールに思いつかなかった。


「そんなに気になるか?」


 思いつかない時は問いかけるのが一番だ。相手がどんな答えを求めているか探る為に。


「もちろんよ。さっきの雷撃なんてフェニックスみたいな鳥を象っていたし……そういえば、フェニックスソードって言葉がさらっと出てきたのも不思議だわ! 戦いに素人な彼女がどうしてあんなに――い゛っ!」

「ほらレティさん? 安静に」


 マルーの技の威力を物語るかのようにほとばしった電気。言い聞かせられたレティは、自身の身体でジリリと音を立てる電気を見やる。


「……こんな、身体に支障を残すような技。授業用の武器で放つのはなかなか難しいのに」


 一体どうして? ――そうして唸る彼女の思考はなおも止まらない。


「それほどまでに、マルーさんの心にはフェニックスの事が焼き付いているのでしょう」


 レティの様子を見かねたローゼが口にする。

 フェニックスの事――その力を振るったマルーとラビュラさんの事。今でも思い出せる。


「……俺だってそうですよ」

「えっ?」

「そうなんですか?」

「あ。はい。助けられたんです、フェニックスの力に。さっきのような眩しい光に」

「――――ってまさかあなた達ラビュラさんに会ったこ――づうっ!」

「レ テ ィ さ ん?」

「……ごめんなさい、先生」


 レティがしゅんとしたところで、ローゼはさてとボールに向き直った。


「ボールさんはここから、私達と反対方向です。あちらを真っ直ぐ進みましたら地下への階段がありますから――よろしいですね?」

「分かりました。ありがとうございます」


 どういたしまして、と応えたローゼはボールに背を向け歩き出した。それを見送った彼も、二人と正反対の方向へ歩き出す。


「ひとまず、「ラビュラさんに会った事があるから」っつー解釈に落ち着きそうだな……いや、俺も落ち着いてどうするし。もう半分もねぇぞ授業時間!」


 授業開始時刻から大きく遅れている事を自覚したボールは歩幅を広げいそいそと地下への階段へ向かっていった。



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