031話 それぞれの実技授業――武器専攻の場合
「おかしいな」
ボールは最上階にある実技室前の廊下で一人きりだった。彼が寄りかかる壁越しの室内は未だ閑散としている。別の実技室で始まったらしい講義で昼休みはとっくに終わっていると分かるが……。
「聞いてみるか」
腰を上げたボールが声のする実技室へ歩き出した時だ。
「ディレート!」
「ん――っ!?」
聞こえてきたレティの声により室内が発光した。
その場でぐらついてしまうほどの眩い光はボールの視力を奪う。それが回復した頃、室内はだんまりを決め込んでしまった。
一体何が起こったのか。恐る恐る静まった実技室へ近付き、戸の窓から様子を覗き見る――。
「すごい……大きさ……」
レティの得物を見たマルーがまず呟く。トンカチだったはずのそれは、人を容易く打ち飛ばせそうな大金づちに変わっていた。
これが出現して再びクラスメイトがざわつくのは言うまでもない。顔をしかめる者、うめく者、待ってましたと喜ぶ者等、あらゆる反応が飛び交う中で、一人リュウは呆気に取られていた。
「さてと、決着はどうつける?」
そんな周りの反応を置き去りにレティは告げる。
「じゃあどっちかが倒れたら、でどう?」
「そんなので良いの? 悪いけどその方法だったら、私すぐ勝っちゃうわよ?」
この宣誓で周りの声が更に大きくなった。言われた本人はというと、臆するどころか目を輝かせていた。
「そんなにレティって強いんだ!」
「自慢じゃないけど、学園内の大会で屈指の強さだって紹介されたわ。しかもその時優勝して、副賞としてこの武器を作ってもらったの」
窓越しの光を一身に受ける大金づちが、マルーの目を更に輝かせる。
「楽しみになってきた! 早くやろうよレティ!」
「一切怯まないのねあなた」
面白いじゃない、というレティの言葉に釣られて、周りから驚きと共に応援の声が上がった。
「頑張ってねー! マルー!」
声の中で手を振るリュウに手を振り返したマルーはレティを見据える。その視線で表情が引き締まったレティも、武器である大金づちを持ち上げた。
「それではこれより、模擬戦を開始します。制限時間は授業終了時刻。決まり手は審判による実行不可判定……相違ないですね?」
「はい!」
「ええ」
「では、私がこの手を上げたら合図です――」
ローゼが片腕と共に腰を落とした。見合った二人が沈黙すると、やがて室内に静寂が訪れた。
「――始め!」
片腕が上がった瞬間動いたのはマルー。低姿勢を保ちながら駆ける彼女に対し、レティは黙ったまま動かない。
「さあっ!」
振り上げた剣撃。だがそれはがつんと鈍い音を立てて止まる――大金づちの柄が目の前に現れたのだ。それでもマルーは勢いのままに攻撃を打ち込む。レティはそれを受け止めるまま静かに足を引くのみで、一撃毎に声を発するマルーとの対比を際立たせている。
「――ふんっ!」
「わっ!?」
ついにレティがマルーを押し退けた。思わずバランスを崩したマルーの頭上に大金づちが襲う、はずだった。
「素人ね、あなた」
注がれる声。見上げた至近で大金づちが色濃い影を落とす。
「良い? 闇雲なだけで勝てる戦いなんてないわ。一つ一つの攻撃に意味を持たせるの――
潜めるような物言いにうつむくマルー。その様子にレティは大金づちをひょいと持ち上げ直し、息をついた。
「その覚悟が無いなら模擬戦以前の問題だわ。到底叶わないわよ? ラビュラさんのような戦士になるなんて」
「!」
「正直に言うけど、そのままのあなたじゃ、あなたが憧れる武器――フェニックスソードに選ばれない。世界の命運を背負わせるんですもの。生半可な気持ちの人にそれを託せると思う?」
うつむくままのマルーだったが、やがて強く首を振った。
「私にはフェニックスの力が必要なの。なのにそのフェニックスに選ばれないなんて……あの剣を託されないなんて絶対ダメ!」
立ち上がったマルーはレティを真っ直ぐに見る。それを正面で受け止めるレティはやがて、おもむろに大金づちを構えた。
「その気持ちを乗せてかかってきなさい。私が叩き上げてあげる」
「うん、お願い」
短く返したマルーは構えるなり一声。再びレティに駆け込み剣撃を見舞う。しかしそれは音が大きくなったのみ。レティの動きは先ほどと全く変わらない。
「さあ押すだけじゃ勝てないわよ! 隙間から私を貫いてみせなさい!」
叱咤するレティに攻撃を続けながらマルーは“隙間”を探す。
今のレティは正面を防御している。つまり正面以外の場所は防御がないということになる。その“防御のない場所”が“隙間”を指しているなら――。
「そこだっ!」
足を引いたマルーは左脚を軸に上段から剣を振り下ろす。剣先はマルーから見て相手の右肩へ! だがまたしても振り切る前に鈍い音が響く。
「狙いは当たってるけど、当たらなきゃ話にならないわよ?」
マルーの切っ先は、せり上がった金づちの柄先によって防がれた。大金づちの頭を下げただけのレティはふっと笑う。
「むぅ……まだまだ!」
レティから離れたマルーは剣を担ぎ再び突進。打ち込むだけだった乱撃が多彩な軌道を描くようになり、それに伴いレティの防ぎ方も大きくなる。
こうして二人の攻防が激しくなると沸き上がるのはクラスメイトの歓声だ。攻撃が防がれる度に立つ声がマルーを鼓舞し、隙の一閃が避けられる度に漏れる声がレティの動きに拍車をかける。
「さっきよりは筋が良くなったわね」
「それは、どうもっ!」
刃と柄が迫り合うと、マルーとレティは互いに距離を大きく空けた。肩で息をしながら汗を拭うマルーに対しレティは、序の口だと言わんとする涼しい表情で利き腕を回している。
「じゃあ、そろそろ本気を出そうかしらね」
そうしてレティがジャケットを脱ぎ捨てるとクラスメイトがざわつき始めた。
「本気になるってよ?」
「久々に観られるのね! 本気のレティ!」
「相手は駆け出しだぞー!」
「手加減しなさいよー!」
そんな野次に気のない返事をしたレティは腕をまくっている。
「準備は良い?」
「うん! いつでも!」
そうして互いが武器を構えると再び辺りが静かになった。
「じゃあ改めて。いくわよ!」
「っ!?」
攻め入るような突風を防ごうと構えた剣は、重い音と共に大金づちの平を受け止めていた。腰を砕きそうな圧がマルーの眉をひそめさせる。
この反応に口角を上げたレティが猛追にかかる。武器の重さを物ともしない彼女の速さは、マルーに隙を与えさせない。
「ほらほら攻めないと! このままじゃあなた、私に潰されて終わるわよ!?」
「そんなの、分かってるってば!」
だからといって、作戦なしに突っ込むのは良くないと最初に知らされた。だから“隙間”を突かないといけないんだけど……。
そもそもレティのどこに“隙間”があるのか。
攻撃しようと踏み出せば間合いを詰めてきているレティがいる。そんなレティから放たれる攻撃に当たらないよう避けているのが今のマルーだ。
……って。
これ、レティの攻撃の“隙間”を突いているからこそ避けていられるんじゃない?
「もっと早く避ければその後――」
「遅い!」
思考にふけっていたマルーにかかる声が影を落とした。
見上げれば得物を振りかぶって跳躍するレティが白い歯をみせている。
「はあああっ!」
レティの一喝と共に下された大金づち。頭部が床にめり込み大きく埃が舞い上がる。
「りゃあーっ!」
その埃を晴らすように響いたマルーの声はレティの背後から。振り返り間際を貫くべくマルーの切っ先が轟いた。
その最中で、レティはふっと笑った。
「?!」
マルーの切っ先が突いたのは、虚。攻撃を受けるはずだったレティは床に刺さった大金づちの柄を支えに飛翔している。
私ならこれを避けられるのよ――レティが笑った意味を理解した頃にはもう遅かった。柄の先に足を乗せたレティはマルーの頭上を舞っている。その華麗な身体さばきは、マルーはもちろん、リュウを始めとしたクラスメイトの注目を集めた。そんな彼女の両手は、柔い赤に包まれている。
「 フレイム・ポスト っ! 」
言葉と共に赤に包まれた手が床を押した瞬間火柱が飛び出した。段々に飛び出す火柱がマルーと大金づちを宙へ突き上げる。大金づちは駆け寄ってきたレティに受け止められた一方、マルーは無情にも床へ身体を打ちつけた。
「なっ――!」
マルーとレティの模擬戦を戸越に見ていたボールの耳に、マルーの倒れる音が響く。模擬戦に慣れているであろうレティに善戦していた彼女を助けたい気持ちはやまやま、授業だからと割り入れない現状に、ボールは拳を握らずにいられない。
「しっかりしろマルー! このままじゃ負けちまうぞ……!」
そんな彼の心境もお構いなしにレティは、マルーにとどめを刺そうと武器を上段に構えた。
「まさか私が技を出すまでとは思わなかったわ。最初は呆れちゃったけど、まあまあ楽しませてくれたわね。でもこの一撃でおわりよ」
構えたままレティは不敵に笑みを浮かべている。だがその笑みは、僅かな動きですぐ解けた。
「ぅうっ……ぐっ、んん……!」
マルーは僅かに剣を握り、踏ん張りながら上体を起こしては、腰を上げ、両足でしかと床を捉えたのだ。
「立ち上がる気持ちがあるのは褒めたものだけど、今更何をしようというの?」
言われるもマルーは、持った武器の刃先を上に向け、柄を胸元に両手で構えるのみ。聞く耳を持たずに目を閉じるさまは何かを待っているように見える。
「まあ、いいわ。そのなけなしの気力、私が潰してあげる!」
開口一番レティが飛び出したその時だ。
「はあああっ!」
胸元の剣を掲げたマルーに雷撃が直下。レティはもちろん、審判のローゼも観客のクラスメイトも視力を奪われる。
「りゃあああああーーーーーっ!」
マルーから上がった一喝に辛うじて目を向けたレティは、大きく広げた翼で突進する黄金の鳥を捉えた。それに押し出されたと思うと同時に冷たく尖った感覚がレティにほとばしった!
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