030話 学園生活一日目 / 後編



「マルーさん皆さん、申し訳ありません。お見苦しいところを見せてしまって」

「ううん、気にしないで!」

「フロウも大変なのね」

「これも生徒会委員の務めですわ」


 レティとアギーの喧嘩を収めてみせたフロウははにかむ。


「ところでレティさん、ラックさんはやはり――」

「ええ。見つからなかったわ」

「あれ? ラックがどうかしたの?」


 不思議そうに眺めるマルーに向けて、今度のフロウは困った笑みを浮かべた。


「ラックさん、また授業を抜け出してしまったんです」

「授業を抜け出した……?」


 そうなのよ! と突然リンゴが立ち上がった。


「あいつ、最初の授業が終わってからいつの間にかいなくなってたのよ! しかもそれが日常茶飯事なんてほんっとに有り得ない!」


 言い切ったリンゴは埃をたてる勢いで席につく。ぷいとそっぽを向いてしまった彼女を見て、レティとフロウは苦い顔をした。


「リンゴさんの言う通りですわ。授業にはしっかりと参加するべきなんですが……」

「つまんないんですって、授業が。あんなのよりも自分の好きな事を好きなように学んだ方がよっぽど良いっていうのよ」

「まあ、一理あるかもな。ああやってだらだらとしゃべられちゃあ――」

「ちょっとボール? 体験させてもらってるのにその言い方はないわよ」

「こういう意見こそ、必要だと俺は思うけど?」


 そういうなりボールはおもむろに立ち上がった。


「今度は俺が探してみる。二人、飯食ってねえだろ?」

「そんなボールさん――!」

「悪いわよ。いなくなったのはあいつの勝手なのに」

「しかもあとちょっとで授業が始まるのよ!」

「だから校内をぐるっと回るだけだ。そんで授業始まる前に実技室にいれば良いんだろ?」


 分かってるって、と去り際に残し、ボールはその場を出ていった。


「分かってるなら良いんだけど……」

「何だか大変そうだね、リンゴがいるクラス」

「大変、というよりも、問題が多すぎるわ」


 そうしてリンゴは、気になっているんだけど、と口にする。


「どうしてあんなに欠席者が多いわけ? あんなに多いんじゃあ、学級閉鎖になってもおかしくないわよ」

「学級閉鎖、ですか?」

「ええ。あたし達の学校だと、休みの人が多いとクラス丸ごと何日かお休みさせちゃうの。これ以上風邪の人を増やさないように、とかの理由で」

「……風邪ではなく、長期休暇ですからね。リンゴさんのおっしゃる理由には、残念ですがあてはまりませんわ」

「長期休暇、ってまさか」

「そ。フロウのクラスが一番多いの、被害者」


 冷たく、しかし強くレティは言う。言われたフロウは膝元で拳を強く握り押し黙っていた。


「ボールと朝話してた通りだわ……じゃあ、その人達と関わりが強い人を探せば、事件解決に一歩近づけるというわけね」

「そうなんだけど。それをまとめた資料、実はラックが持ったままなの。だからあいつをずっと探してたんだけど――」


 言葉の途中だった。辺りで時計塔の鐘の音が響く。


「昼休みはおしまいね。マルー、リュウ。次の授業は上の階よ」

「うん、分かった」


 リンゴとフロウ達の会話を黙って聞いていたマルーが立ち上がる。そうして彼女はフロウの元に、目線を合わせるようにしゃがみ、フロウの手をとる。


「私達が絶対解決させる。だから、そんな顔をしないでほしいな」

「……頼もしいですわね」


 ありがとうございます、とフロウが微笑を浮かべる。それを見たマルーは小さく頷いた。


「じゃあ行こっか、リュウ」

「ほーい。二人共またねー」


 リンゴとフロウに手を振ったマルーとリュウはレティと共にその場を去る。それを見送ったリンゴも、フロウと共に席を立った。



「確かあたし達の実技室は地下だったわよね?」


 廊下に出てしばらくしてリンゴが問い掛ける。しかし、うつむくフロウは反応を示さなかった。

 無理もない。クラスの皆と仲良くなっただけのマルーのあの言葉は、解決の兆しなんてこれっぽっちもない、ただの励まし。自分が同じ立ち位置だったら、譜面通りにすんなり受け入れるのは難しい。だからといって、あれ以上の言葉があるかというと頭を捻ってしまう……。


「不安、よね? 長い間いない子もいるんでしょう?」


 だから、とリンゴはフロウの肩に手を置いた。


「その不安、あたしと半分こしない?」

「え」

「せっかく同じクラスになったんだもの。分かち合うくらいは、良いでしょ?」


 ようやく顔を見せたフロウの大きな瞳は潤んでいた。それを捉えたリンゴを見た彼女は慌てて顔をこすった。


「いけませんね。先ほどマルーさんに言われましたのに――」

「大丈夫よ。あたしとしては、無理して笑って不安を隠す方が良くないって思うの。そういうわけだから、たくさん聞かせてよね? フロウが思ってる事」

「はいっ。ありがとうございます、リンゴさん」


 そう。こうして抱えている不安を溶かすの。少しでも心が楽になるようにって。



 ――こうして話を進めるうちに、リンゴとフロウは最下階までたどり着く。二人は廊下を一番奥まで進むと、教室の戸を引いてはそれぞれ席についた。


「さっきの教室よりもひんやりしてるわね……地下だからかしら」


 窓の見当たらないこの教室で辺りを見回すリンゴだったが、ある位置でその動きは止まった。

 止まった位置は隣の席――ボールが座っているはずの席だ。


「まさかあいつ……」

「起立」


 察する直前に号令が掛かる。それに従って立ち上がったリンゴは、今度はフロウの前方の席に視線を移す。


「ラックもいないじゃない……!」

「礼」


 そう。フロウの前方の席はラックがいた席なのだ。この二人がいないという事実にリンゴの身体は更に冷えた。


「あいつ、ラックと一緒にサボってるわね……!!」

「着席」


 席につきながらそう結論付けたリンゴの身体が今度は熱くなる。


「リンゴ君。ボール君がいないようだが――」

「知りません! あたしが聞きたいくらいです!」


 ルベンが身を引くほどの大声で言い切ったリンゴは隣の空席に背を向けてみせる。一体どこで何してるのよ! ――と、リンゴが怒りをあらわにしている丁度その頃だった。




「確かこの階だよな、実技室って」


 ボールは日の光射す廊下で「実技室」への道を示す看板を見ていた。


「こっから一番奥だって言ってたよな――」

「起立!」


 歩き出したのも束の間、近くの教室から清々しいほどに大きな号令が聞こえてきた。礼、着席と、規律よく号令をする声にボールは聞き覚えがあった。


「素晴らしい号令ですね、マルーさん」

「ありがとうございます!」

「やっぱりマルーのクラスか――」


 ちらりと覗いた先にいたのは、マルーがいるクラスの担任であるローゼ。彼女は身長の倍以上を誇るなぎなたを床に突けて立っていた。


「それでは実技授業を始めます――マルーさん、リュウさん」

「はい!」

「何でしょうか?」

「お二人にも授業用の武器をお渡ししたいのですが、どのような武器を扱いたいか、希望はありますか?」


 問うローゼにマルーがすぐさま、はい! と手を上げる。


「それなら私、剣が良いです! フェニックスソードみたいな!」

「ほう。先導者lordを名乗る権利を得た、五大戦士のラビュラさんが扱う武器ですね。リュウさんはどうでしょう」

「僕は槍が良いですー」


 分かりました、と返事をしたローゼは背面の棚を漁り始めた。


「あの、ろーど、って何ですか?」

先導者lordは言葉の通り、先陣をきって戦いを勝利に導く役目の方を指します。自身で戦いを制する力はもちろんですが、常に戦況を把握し最善の一手を講じる、という頭の良さも重要な職です。実績を詰まなくては名乗ることも許されない貴重な職ですよ」

「最善の一手かあ――」


 ローゼの言葉を噛み締めるように頷いたマルー。やがて彼女の目の前に、何かを乗せたローゼの手が差し出された。


「こちらがマルーさん希望の武器です」

「……これが武器になるんですか?」

「なりますよ。使い方を教えますから、前に出てきて下さいね」


 マルーがもらったものは、武器と名乗るにしてはあまりにも頼りない、拳の中に収まりそうな長さの剣だった。鞄にキーホルダーとしてつけていてもおかしくないようなこれが、どうやって武器になるのか……頭にはてなを浮かばせたままのマルーは、リュウと共にローゼの下へ。


「武器化する方法は簡単です。手の平に乗せ、放り上げながらディレートと唱えます」

「これを放り上げながら――ディレート!」


 詠唱すると瞬く間に光を帯びたそれは大きくなり、マルーの両腕で抱えるほどの剣に姿を変えた。束とつばは簡素であるものの、くびれた刀身と膨らんだ刃先はまさしくマルーが求めていた通りだった。


「すごい! フェニックスソードっぽいです! ありがとうございます!」

「僕のも見てー。しゅっと伸びた刃のところが、かっこいいでしょー?」

「これもこの剣と同じで――?」

「うん。小さかったやつだよー」

「でもこれ、どうやって元に戻すのかな」

「戻すことも簡単ですよ。私のもそうですが――刃の付け根にこう、宝石がついているのが分かりますか?」


 ローゼが指差したなぎなたの刃元には丸く象った赤い宝石がちょこんと付けられている。二人が大きくした武器に視線を移すと、剣は鍔の中心に、槍はなぎなたと同じ刃元にそれはあった。


「これに三秒ほど手の平をかざしてから――ミニュート」


 ローゼがそう唱えると、手持ちのなぎなたは先のように光をまとい、指揮棒程の大きさに変わった。

 続いてマルーとリュウが唱えると、先ほどの武器は元の大きさに戻っていった。


「では、二人は元の位置に。そしてレティさん、前へ」

「あれ? レティ、何かするの?」


 すれ違い際にマルーが聞くと、レティは人差し指を唇に当ててみせた。


「さて、本日は先に実践を行いましょう。レティさんの相手を務めたい方はいませんか?」


 そう告げたローゼだったが、周りは名乗り出る素振りがない。むしろ目を合わせようとしていなかった。


「あの」


 そんな中で手を上げたのはマルーだ。


「私、レティの相手してみたいです!」


 マルーの発言を引き金にどよめくクラスメイト。突然の反応にマルーとリュウは目を丸くするしかない。


「はい静かに!」


 それを止めたのはローゼの柏手だ。彼女はマルーを再び前へ呼び出し、レティと向き合わせた。


「ではお二人、武器を出してください」


 マルーは先ほどもらった武器を手にし、ディレートを唱え武器を大きくした。両手でしかと握った彼女はレティを見据える。


「……レティの武器、トンカチなの?」

「ええ。確かにこれは、実際の鍛治でも使えるトンカチ。でもこのまま使うわけじゃないの」


 レティは片手で握ったトンカチを手の平に乗せ変えるとそれをひょいと放り上げた。


「ディレート!」


 瞬間、トンカチは眩い輝きを放つ。

 レティの頭上でそれはみるみると大きくなってゆき、光が止んだと同時に鈍い音を従え、それは立った。


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