029話 学園生活一日目 / 前編



 スペルク魔導学園に響く、大時計の鐘の音。これを合図に各教室は慌ただしくなる。生徒達は鞄から筆記具と教科書を取り出して指定の席に座った後に広げると、教壇に向けて姿勢を正した。

 そうして生徒達が静まり始めたところで教室の戸が開かれる。


「起立!」


 戸を、青紫色のケープロングコートを着た者がくぐった頃にかかる号令。その者が教壇に立った時を見計らい、「礼!」と声が上がる。互いに深いお辞儀を交わしたところで号令係が「着席!」と発した。


「はい、皆さんおはようございます」

「おはようございます! ローゼ先生」

「まず突然ですが、本日からこのクラスに体験入学生が滞在することになりました」


 教壇に立つ先生ローゼの柔らかな口調から放たれた唐突の知らせに、生徒達がざわつき始める。


「皆静かに! 出て来づらくなるでしょ?」


 後方から室内に飛んだ二言。声の主は、鮮やかな赤髪を肩まで真っ直ぐに伸ばした少女。彼女の気丈な振る舞いが、ざわついていた生徒達を少しずつ静かにしてゆく。


「――ありがとうレティさん。さあ、お二人共。入って良いですよ」


 赤髪の少女レティにお礼を言ったローゼはふわりと、赤紫色の髪を揺らして開け放ったままの戸の先を覗く。現れたのはオリーブ色のノーカラージャケットに深緑色のボトム――武器専攻の制服を身にまとった男女だ。彼らの登場を見た生徒達が拍手を送る。


「こちらの二人は時間の許す限り滞在するそうです。ではお二人、自己紹介をどうぞ」

「はいっ!」


 ローゼに促され、まずは少女が前に出る。手足を同時に出した彼女は口元を引きつらせ、緊張めいた面持ちだ。


「まっ、マルーです! はじめまして! よろしくお願いしますっ!」


 少女マルーが勢いよく百八十度のお辞儀をしてみせると、登場時よりも大きな拍手が沸き上がった。


「はじめまして、リュウといいます。よろしくお願いしまーす」


 対して少年リュウはゆっくりとお辞儀をしてみせる。こちらにも大きな拍手が送られた。


「はい、それではお二人の席はあちらですから、席についてください」


 告げたローゼが手を差し出す先は、彼らから見て左手の奥の席。教壇を下りたマルーとリュウはそこに向かうのだが、どうもマルーの様子がおかしい。


「マルー? 右手と右足が一緒に出てるよー?」

「えっ。あれ!? おかしいないつの間に……」

「緊張しすぎよ! まずは深呼吸!」


 レティの声に従って、マルーはその場で深呼吸。


「……落ち着いたー?」

「うん、大丈夫。行こっか!」


 そうして彼女が手と足を前に出した刹那、聞こえたのは生徒達の朗らかな笑い声だった。


「もう、マルー! また右手と右足が一緒に出てるわよ」

「えっ! あれホントだどうして?!」


 この反応で生徒達の笑いに拍車がかかった。助言したレティもくすくすと笑う始末――。




「――ってことがあってもう、恥ずかしくて!」

「とんだ災難だったな」


 災難だったよー! とマルーは大げさに顔を両手で覆う。それを見ながらボールは牛乳入りの片手で収まる瓶に口付けた。


「でも、そのおかげで、色んな話が聞けたよねー」

「そうそう! すっごく仲良くなっちゃって!」


 ねー! とマルーとリュウは口を揃え、山型パンのトーストで作られたサンドウィッチを頬張った。さくさく、ばりばりと、パンとパンの耳とで奏でられる音が二人を幸せに導いてゆく。


「なんか良いわねえ。うらやましいわ」


 そんなマルー達の様子を、リンゴが机に突っ伏しながら仰ぎ見た。


「そうだよ、二人のクラスはどうだったの?」

「あたし達のクラスなんてさっぱりよ――」




 時間を授業開始頃までさかのぼる。


「おはよう諸君」

「おはようございます、ルベン先生」

「突然だが、今日から体験入学生がこのクラスに滞在することになった――入りなさい」


 日だまり射し込む教室に、がらがら、と戸を引く音が響く。開かれた戸をくぐって教壇に立ったのは、魔導専攻の制服を着たボールとリンゴ。ボールは深い青色の、リンゴは明るい赤色の瞳で席につく生徒を景観する。


「欠席者多くない?」

「ああ」


 二人は互いを横目に言葉を交わす。彼らの言うとおり、この教室は虫食いのように空席が多かった。加えて、彼らを見る生徒の目に歓迎の色がみられない。


「もしかしてここが被害大きいんじゃない?」

「……かもな」

「ボール君リンゴ君」


 呼ばれた二人の視線がルベンに向く。その人は眉間にしわを寄せながらこちらを見てきていた。


「何でしょうか」

「何か一言はあるかな?」

「一言、ですか――」

「つまりは自己紹介ね――あたしはリンゴ! ホノオの魔法使いです! よろしくお願いしまーす!」


 ひょいと身体を傾けたリンゴは手振りと共に笑顔をふりまいてみせた。

 しかし、その笑顔が引き連れたのは沈黙のみ。固まってしまった教室の空気をボールが咳払いで解きほぐす。


「ボールです。今日からお世話になります。よろしく」

「では、君達は向かって右の一番奥の席に座りたまえ」

「――っつーわけだ。これ以上は目立つなよ」

「……そうね。気を付けるわ」




 ――このような内容を話し終えたところでリンゴは再び机に身を預ける。


「マルーのさっきの話なんて可愛いものよ。あたしのなんてもう、滑り倒してるから!」

「そのせいで誰も近づいて来なかったからな俺達に」


 ぴしゃりと言ったボールと、それを聞いてうなだれるリンゴ。純粋に食事を楽しんでいるマルー達とは対照的で、リンゴとボールは困り果てている様子だった。


「でも、ラックとフロウがいたでしょー?」

「いたはいたけど……」

「仕方がないだよ。フロウちゃんは忙しい人だて」


 と突然訛りの強い言葉がサイクロンズの耳に飛び入る。声のした方へ振り返ると、そこにはふくよかな身体つきの魔導専攻生徒がいた。


「リンゴとボールの知り合い?」

「いや……」

「どう、だったかしら」

「そういえばおら、まだ君達に自己紹介してなかっただ」


 そうして生徒は頭を掻くと二人に手を差し出した。


「おらはアギー。一応、君達と同じクラスだ。以後よろしくな!」

「……ええ、よろしく」

「よろしく頼む」


 そうして差し出された手をリンゴとボールはそれぞれ握った。


「君達はどうして体験しに来ただ?」

「それはもちろん! この学園の事が知りたいからだよ!」


 発言したマルーがアギーの注目を惹き付ける。しばらく前傾気味に彼女を見回したアギーは、なるほど、と口にした。


「見ない顔だと思っただよ、君も金のバッジをつけてるだ、体験入学者なんだな」

「そう! 私はマルー! よろしくね!」

「でも珍しいだ。どうしてわざわざ魔導学園で武器を学ぶことにしただ?」

「それは、だって頼まれたら断れないもん。学園の――」


 行方不明事件を解決してほしいって! と言おうとしていると勘づいたリンゴがとっさにマルーの口へサンドイッチを詰め込んだ。


「ダメよマルーっ。事件解決の為にやって来たなんて言ったらっ――」

「頼まれただ?」


 口をもごもごさせるマルーにすかさず耳打ちしたリンゴを、アギーはいぶかしげな目で見てくる。


「そう! そうなの! あたしが頼んだのよ、一緒に来てって! そしたら、こいつも! こいつもあたしと同じようなことをしてたのよ!」


 今度はボールを指差したリンゴ。唐突の振りに目を見開いた彼だったがすぐに、ああ、と頷いた。


「そう、俺もリュウに頼んだんだ。どっちの専攻も気になったし――どうだったんだリュウ? 武器専攻の授業は」

「んー……」


 話を振られたリュウはのうのうとサンドイッチを楽しんでいた。最後の一口を放り入れてはよく噛み、そして飲み込んだ。


「とりあえず、さっきは武器の形状とか、種類とか学んだよー? このお昼休みが終わったら、今度は実践授業なんだー」

「そうなの! 次は実際に武器を振る授業なんだ!」

「やっぱりそんなもんなんだな」


 武器を振る動作をしてみせたマルーをアギーは一蹴する。


「武器を振るだけなら頭が悪くてもできるだ。だいたいこの学園には聡明な者しか入れないはずだよ。だのに最近の入学生は浅はかで野蛮な連中ばかり。こうなったのは全部、武器専攻が設立されたせいだ」


 そうしてアギーはマルーとリュウを指差す。


「君達はお門違いだよ! 軽い気持ちで清廉なこの学園に足を踏み入れてほしくないだ。とても困るんだな!」

「そんな事言われても……」


 そうよアギー! と困惑気味のマルーの背後から声が上がった。


「武器専攻だって、聡明でいなきゃ良い成績は修められないわ」


 指を立てながらその人は靴音を上げて近づいてくる。


「あんたが軽口叩けるほど、武器使いの道は甘くないの。武器の力を最大限に発揮させる為に武器を知ること。自分を知って相手を知って適切な動きが出来るようになること。

 賢くなきゃ生き残れない――魔法使いと違わないでしょ?」


 そうしてその人は赤髪越しにアギーをにらむ。これに彼は、ため息混じりに視線をそらした。


「レティのような中途半端な奴がいるからだよ」

「あんたはその半端にすら入ってないのよ」

「何だって?」


 再び交錯したレティとアギーの視線。真っ向の対立に手も足も出ないサイクロンズだったが。


「またお二人は喧嘩しているんですか!?」


 またもマルーの背後から声が上がった。長い青髪を揺らながらレティとアギーの間に割り入る。


「あれほど仲良く! と言っていますのにどうして出来ないんですか!」

「ふ、フロウちゃんには関係ないだ!」

「そうよ! フロウは引っ込んでて!」

「マルーさん達の目の前でどうしてそんな事が出来るのですか!」


 諭されたレティの視線が捉えたマルー達は目や口をあんぐりさせたまま。


「アギーさんもですよ? 学園を良くしたいと願うのでしたら、学級委員であるアギーさんがお手本にならなくてはいけませんわ」

「それも、確かにそうなんだな! こんな事に労力を費やすよりも断然良いだよ!」

「ちょっと! こんな事ってどういう――」

「レティさんー?」


 覗き見るようにレティの進行を止めるフロウ。彼女はアギーから激励を受けた後、そそくさと離れてゆく彼を見送った。


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