体験入学 Day.1

028話 学園生活の始まり



 窓辺から小鳥のさえずり。

 小鳥の横を通る日射しが、窓越しに部屋の中を照らす。その光が一人の少女をまどろみからすくい上げた。


「うーん……」


 目をこすったおさげの少女は身体を起こし、両腕を高く上げて背筋を伸ばした。


「意外だな。マルーが一番か」


 背後の声に振り向くと、そこには机上の本に手を置いて椅子ごと身体を向けたボールがいた。マルーは彼におはようと挨拶をする。


「あのままボール、帰っちゃったかと思ったよ」

「帰らねえよ。せっかく滞在出来ることになったんだ。この機会、存分に活かすぜ」

「それなら良かった! いろんな事が学べるといいね!」

「ああ」


 その時だった。部屋の扉が軽快な音を三つ立てた。


「あっ、先生が来たんだ!」


 はーい! と声を上げつつマルーが扉を開ける。

 開けた先にいたのは学園長と似た服装に身を包む見知らぬ男性だ。彼は口を一文字に閉じ眉をひそめた。


「おはようございます! これからよろしくお願いします!」

「おはよう。残念だが君に用はない」


 手を差し出したマルーを言葉で一蹴いっしゅうした男性は、マルーの両肩に手を置いて横に押し退ける。その後手を背中に戻すと彼は床に目を向け息をついた。


「雑魚寝などみっともない。このように育てた覚えはないぞ、フロウ、ラック」


 低い声で放った男性の言葉を聞いてか、フロウとラックはもちろん、寝ていた全員がおもむろに身体を起こした。寝ぼけ眼をこすったフロウは男性を捉えた瞬間身体を跳ね上げた。


「ルベン先生っ!? 一体どのような御用で――」

「体験入学者の迎えにだ。ボール君とリンゴ君はいるかな」


 正座をして尋ねたフロウに答えた男性――ルベンの前にボールとリンゴが立つ。


「これから世話になるぜ、ルベン先生」

「よろしくお願いします」

「ああよろしく。それにしても、ここに武器専攻の申し子が残っているとなると、彼女はまだ来ていないということだな」

「私達の先生ですか?」

「そういうことだ。……仕方がない、私が君達のクラスも案内しよう」

「ありがとうございます! ルベン先生!」

「……すぐに準備したまえ」


 ルベンは部屋を抜けて扉を閉める。


「ひゃー驚いたぜ。まさか先生がここに来るなんてな!」

「それもそうですが、私としてはラックさんがこちらにいらしていることが驚きですわ」

「だって二人共いなかっただろ部屋に。だからこっちに来たんだよ」

「それは当然でしょう?」


 ラックとフロウの視線が交差する位置にレティが立つ。


「この部屋をここまでキレイにするのはとーーーっても大変だったのよ? あんたがいたらどれだけ掃除が早くラクーーーに終わったかしら」


 迫られるラックの視線が自然と横に逸れる。その先に映る壁やわずかな段差、床も家具も確かに埃一つついていない。レティの言うとおりだ。


「そうだな! よく、頑張ったんじゃねーか?」

「もちろんよ。でもそれだけかしら? 途中で逃げ出したおチビさんの激励のお言葉わあ!――」


 怒り心頭なレティに俯瞰されるラックを見て、ボールはやれやれと肩をすくめた。


「あんたも人の事言えないんじゃない? 皆心配してたのよ帰ってこないから」

「ああ、悪い。つい読みふけっちまった」


 ボールが反省の色を示したところで、部屋に柏手が響く。


「ほら皆! 先生が待ってるよ! 早く準備して!」


 こう告げたマルーを合図に全員の腰が上がった。用意された教材等を事前に支給されたカバンに詰めたサイクロンズは、三人組と共に部屋を出る。

 部屋を出た一行は、階段がある方向にルベンを見た。集まったのを確認したその人は階段を上がろうとする。


「先生、その先は屋上農園ではありませんか?」

「ああそうだが」

「どうして屋上農園なんだ? 学園はここを出ないと行けねーはずだぜ!」

「分かっている。とにかく付いてくるんだ」


 ルベンは階段の先の扉を開ける。

 昇る日の光が照らしたのは無機質な屋上の先にある若緑――ツタのカーテンに囲まれた空間だ。


「農園なんてあったのか」


 ボールが口にした言葉から察するに、ツタで囲われた辺りが農園らしい。その間にルベンはツタを片手で避けて奥へ。そのまま出てこなくなった。

 

「何してるんだろう、ルベン先生」


 マルー達がツタの先を覗こうとした時だ。ツタの間から、溢れんばかりの光。その光の中からその人が何食わぬ顔を出す。


「この先を進めば学園だ。時間がない。すぐに来たまえ」


 そうしてルベンは再びツタの中に消えた。


「よーし! 私達の魔導学園生活が始まるよーっ!」


 行こう! と真っ先に踏み出したのはマルー。


「待ってよーマルー」

「俺も行こーっと!」

「ちょっとラック待ちなさい!」


 あとに続くはリュウとラックとレティ。光に飛び込んだ彼らは溶けるように姿を消した。


「あれ、本当に進んで大丈夫なわけ?」

「初めて見ましたので私では何とも……ですが、あの光に悪意はみられませんわ」

「とりあえず、俺達も先生の言う通りあれを通るべきだろ」

「……そうね。行きましょうか」


 こうして全員が農園から溢れ出る光を通り抜けた。




 出てきたところは寮とはまた違った雰囲気の建物内。壁は下部が年季の入った赤レンガで上部が白の土壁。

 天井を見上げればガラスが張られた部分から射す太陽の光が目に入った。


「ずいぶん違う場所に出たみたいだな」

「ここはどこなのかしら……」

「リンゴー! こっちー!」


 声のした方へ視線を向けると、そこにはマルーとリュウと、ルベンと似た服装の女性が立っていた。


「マルー、隣の人は?」

「私達の先生! ローゼ先生だよ!」


 マルーがそう話すと、赤紫の髪を左右二つに分けた女性――ローゼがリンゴ達に一礼。きちりとしたお辞儀に思わずリンゴとボールもかしこまった。


「相変わらずローゼ先生は良い匂いなんだよなー! どうしたらそーなるんすか?」


 忙しなく動き見るラックに対し、ローゼは二つ髪をふわりと揺らすのみ。静止のみであることを良いことに拍車がかかるラックの行動をフロウとレティが無理矢理押さえ込んだ。


「いけませんよラックさん! 先生を困らせては!」

「本当よ! 私の先生に気安く絡まないでくれる?」

「もしかして、この人がレティの先生?」

「ええそうよ――ってことはまさか! 私のクラスでマルーとリュウが授業体験をするのね!」


 瞬く間に顔が華やいだレティにつられ、マルーからも笑みがこぼれる。


「レティと一緒なら心強いよ! 授業中もよろしくね!」

「もちろん! 私に任せて!」


 レティの両手を握ったマルーはしっかりと握手を交わした。


「良かったねーマルー」

「良かったですね、レティさん!」

「ええ! 早くクラスの皆に会わせたいわ!」


 二人共行きましょう! とレティがマルーとリュウを引き連れてこの場を離れてゆく。


「朝から本当に元気だよなあ」

「ま、あれがマルーらしいとこよね」

「ですけど、レティさんが武器以外ではしゃぐ姿は久々に見ましたわ」

「そーだっけか?」


 魔導専攻の皆がマルー達を見送る一方、ローゼとルベンは話を交わしていた。


「今回は、ご迷惑をお掛けいたしました」

「次から気をつけたまえ。……ところで、君はこの件をいつ聞いたかね」

「この件、というのは――」


 彼らの事だよ、とルベンはボールとリンゴを指差す。


「ああ、体験入学者の件ですか。私が聞いたのは昨日ですが」

「やはりか」


 言ったきりルベンは思考にふけてゆく。


「ローゼ先生ー! 早く教室へ行きましょうよ!」


 ローゼは呼び声にばっと振り向く。マルーとリュウを引き連れ手招いているレティを捉えた彼女は、ルベンに手早く声をかけた後さっさとマルー達を追ってしまった。


「俺らも行もうぜー先生ー? 早くクラスの皆に会ってもらいたいし!」


 ラックが声をかけたルベンは目線だけを鋭くラックに向ける。


「おいおい先生? そんな怖い顔しちゃあ、まーた教え子らに嫌われますよ?」

「……それは結構。君は私の心配よりも自分の心配をすべきだ」

「先生の言うとおりですわ。本日は最後までちゃんっと授業を受けることですよ、ラックさん?」


 さあ行きましょう! とフロウがラックの背を押し出す。


「どういうことかしら?」

「さあな」

「君達は何も気にすることはない。純粋に授業を楽しみたまえ」


 告げたルベンはリンゴとボールを置いて先を行く。それもそうかも、とその人の言葉を呑み込んだリンゴも歩き出した。


「気にすることはない。か」

「ほら! ボールも早く!」

「……へいへい」



 ここから、それぞれの学園生活の始まり。


 そしてここからが、学園に生まれてしまった“影”への入口――。


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