027話 ボールの心境・その1


 ごーん。

 ごーん――。


 と、図書館の中で鐘の音が厳かに響く。


 ふと本から視線を上げると、窓からの景色がすっかり闇に落ちているのが目に映った。

 これに加えて見てとれたのは、周りの人の動きが忙しい様だ。テーブルに広げていた本や持ち物をまとめては、散るようにその場を去ってゆく。


「まあいけません! このような時間まで外にいては!」


 不意に聞こえた声。振り向いた先にはこの図書館のスタッフがいた。その人はこっちを覗き込むように見てからほうと口にする。


「あなた、スペルク魔導学園の体験入学者ですね? 事前に寮主から門限を言い渡されていませんでしたか?」


 おっと、門限があったのか。


「ここには書類を書き終わった後すぐに来たんで、門限の話は聞いてないです」

「そうですか。勉強熱心である点は良いことですが、約束事をきちんと聞いて守ることはもっと大切ですよ?」


 すいません、と謝るとその人が門限を教えてくれた。どうやら20時が門限らしい。


「ちなみに今の時刻は22時です。早く帰った方が良いですよ?」


 それどう考えても門限破りじゃねえか――俺はスタッフにお礼を言い、荷物をまとめては学園側の出入口へ向かう。途中で本を借りる手続きも済ませ、俺は学園の敷地内へ出た。



 すっかり消えた外灯の下、音と、辛うじて働いている視力を頼りに進む。

 まあ寮までの道は至極単調だ。噴水の音を横目に通り過ぎた後、すぐ先の校舎と校舎の間を縫い、石畳の道を真っ直ぐ進めば良い。


「あれだ」


 遠くで外灯が照らすは赤い屋根の建物。日中に見た寮の屋根と同じ色だ。


 急がねえと――俺は寮の大きな扉の前に立つ。そしてそれの取っ手を掴んでまわ……。


「ん?」


 おかしい。いくら取っ手を回そうとしても途中で詰まっちまう――というか。ダメだ。全く取っ手が動かねえ。


「閉め出されたか」

「おーい! 困ってるみたいじゃんー?」


 上から声が投げられる。

 見上げてみると、俺が読もうとした本を見せびらかすように振ってくるラックがいた。


「俺ならお前を助けられるぜ?」

「誰が頼むかよ」

「あー強がっちゃってー。本当は助けてほしいんだろ!」

「抜かすなし」

「そう言わずにさー、黙って俺に助けられろって――」


 そうして背を向け行方をくらませたラック。何をするつもりだろうか。


「おーいどこ見てるんだー?」


 というあいつの声が後ろから聞こえた、だと?


「俺はこっちだぜ?」


 俺が振り返った先にいたラックは、地面から、自分自身の周りを囲うような光を発していた。光の色が、図書館のテーブルから顔を出してきた時の色と似ているからこれは――。


「突っ立ってねーで早く来いって!」


 俺はラックに腕を掴まれ光が飛び出ている位置まで引っ張られる。あいつがぱちん! と指を鳴らすと辺りが一変。屋上庭園のような風景が目に飛び込んだ。

 というか、ここは寮の屋上らしい――視界の端で寮の屋根の色である赤が映る。そこにある柵へ身を乗り出した俺は、眼下にさっき歩いた石畳の道が続いているのを見た。


「驚いただろ! 今のが旧式魔法の代名詞、時空魔法の“ワープ”だぜ!」


 すっげーだろ! と、ラックは自分の腰に手を当てて胸を張っているが。

 やっぱりあいつは、自分の凄さをアピールすることに必死な気がする。学園長との話し合いの時も成績の良し悪しを気にしていたし、俺の前に変な現れ方をした時も頼んでないのに本を読み上げてきたし。


「くっだらねえの」


 自慢の為に使う魔法の何が良い? 魔法は誰かを、“命を捧げてでも”助ける為に使うんじゃねえのか?


「おい待てって!」


 俺としてはもうあいつと関わりたくねえ。考えが合わなすぎる。

 今まで会った人――ラビュラさんやエンさんは違った。俺やマルー達を助ける為に魔法を使っていた。俺にとってはあれが正しいと思うからこそ、どうもあいつの考え方が解せない。ラックの魔法の使いようが今どきの考え方なら、俺はあの本にあった昔の考え方を選ぶ。そうしてあの二人のように誰かを守れる魔法を――。


「ボール! お前部屋通り過ぎてるぞ!」


 おっと。それはいけねえ。


「お前の部屋はここ――310号室! んでお前がいるそこは俺らの部屋! 困るぜー間違えられちゃー」


 横暴に言ったラックと交差する形で俺は自分の部屋の扉まで下がる。


「んじゃ、早く寝ろよー!」


 片手を軽く上げたラックはそいつの部屋の扉を開いた。


 やっっっとあいつと離れられる――俺も自分の部屋の扉を開けた。すると隙間から暖色の光が射し込んできた。

 開け放つといたのは、床の上で寝息を立てているあいつらとレティとフロウがいた。


 ん? 何でここにこの二人がいるんだ?


「あーやっぱりここだ!」


 と、自分の部屋に帰ったはずのラックが俺達の部屋にずかずかと入ってはレティとフロウを揺する。しかし、深い眠りについているようだ――どれほど揺すっても寝返りを打つのみで二人は身体を起こそうとしなかった。

 無理もない。夜が深くなっているからな。


 さて、俺はさっきの続きでもやろうとするかな。


「邪魔だぜ。早く帰れよ」


 俺はラックを尻目に、部屋の端にある学習机に借りた本を広げた。そうして椅子を引いて座ろうと背後に気を配ったときだった。いつの間にかこの部屋にあるベッドの上にラックの姿が見えたのだ。


「人の部屋でくつろぐな」

「良いじゃねーかよー。俺がいた方が退屈しねーだろ?」

「別に」


 冷てーなー、とほざいたラックは無視だ。少しでも理解を深めねえと――。


「あれってお前らの武器か?」


 武器?


 ベッドの方へ視線を送ると確かに、ラックが指差す先に俺達の武器が立て掛けてあった。


「あいつら持ってきてたのか」

「やっぱりか! お前の武器はどれだ?」


 ああ勝手に触りに行くな!

 ……こうなったらちゃっちゃと説明だ。そんでおとなしくしてもらわねえと。


「こいつだ」


 俺はラックの前方に手を伸ばし俺の武器をとった。


「剣なのか? 魔法を使いたいのに?」

「もらったんだ。悪いかよ」

「いやだってよ? 剣が魔法の威力を助長するとは全然思えねーよ。それに、魔法がなくたって剣一本ありゃ戦いに不足ねーだろ。なのにお前、なんで魔法を覚えたいんだ? 剣技鍛えた方がよっぽど――」

「剣一本じゃ足りねえんだよ」

「 ? 」

「剣だけじゃ守れねえものがある。だから覚えたいんだ」


 ラックがきょとんとしているうちに俺は武器を元の場所に置き、机に戻る。


「よく分かんねーの」


 ああ。自分の為にしか魔法を使わないようなお前には分からねえだろう。


 俺は人の為に――たった一人の為に魔法を使う。

 俺と同じ世界から来たあいつにも出来たんだ。俺に出来ないはずがねえ。

 だから学ぶんだ。この世界の事を。

 人を守れる、魔法の事を……。


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