026話 体験入学準備 / 後編



「皆どうだい? 制服のサイズは?」

「はい! ばっちりです!」

「ありがとうございます!」


 採寸合わせを終えたマルーとリンゴとリュウ。

 リンゴが橙色のブレザーと赤いスカート、という制服を着る一方、マルーとリュウはオリーブ色のジャケットを着こなし、それぞれ深緑のスカートとスラックスを履いていた。


「さてと、ここの門限は二十時だよ。それまでにちゃんと戻って来る事を約束できれば、他は自由にしてくれて構わないからね。あと部屋の掃除はあんた達で頼むよ!」


 さあ、解散! と言ってみせたおばちゃんはさっさと応接間を出ていってしまった。


「なんだか忙しい人ね」

「その通り! おばちゃんは本当に忙しい人なんだぜ!」

「この時間だったら、きっと夕ご飯の買い出しね――ここの家事はおばちゃんが全部してくれてるの」

「相談にも乗って下さりますし、勘が良いといいますか、とにかくおばちゃんは、私達の母親代わりなんですわ」


 ほお、と感心した様子のマルー達。これを見たフロウがこほんと咳をする。


「では、すみませんが私もこれで失礼しますわ」

「あら。フロウ、何か用事?」

「生徒会があるんです。その準備をしに行かなくてはいけなくて……」

「私達の事は心配しないで!」

「生徒会、頑張って!」

「いってらっしゃーい」

「マルーさん皆さん、ありがとうございます」


 きちんとお辞儀をしたフロウは、マルー達の笑顔に見送られながら応接間を出ていった。


「それじゃあ、私達はマルー達の部屋に行きましょうか。さっきの話でもしながらね?」

「何だ? さっきの話って」


 首を傾げるラックに対して、レティは人差し指を口元に当て、内緒、と言ってのける。


「さあマルー、リンゴ、部屋はこっちよ」


 そうして応接間を出ていったレティに、わーい! とスキップ混じりにマルーとリンゴが続いた。



「フロウは生徒会の一員なんだね!」

「どうりで身なりも言葉遣いもしっかりしているんだわ」

「でも彼女、ああ見えて腕っぷし強いのよ?」


 フロウについて話しているマルーとリンゴにレティが囁く。


「フロウのお父さんが武闘派らしくて教えてもらったそうなのよ。だから昔は魔法よりも拳が先に出ちゃったりして」

「意外ね。そんな風には見えなかったわ」

「じゃあフロウはどうして魔導専攻にいるの? 魔法よりも力を磨いた方が良いんじゃないかなって思うんだけど」

「私もそう思ってたんだけど……」


 話を続ける中、マルー達は最初におばちゃんと会った場所までたどり着く。先頭にいるレティは左右を見回すと、こっちよ、と左へ曲がった。


「実はフロウのお父さん、病気をしたことがあったらしくて。その病気を治してくれたのが魔法だったんですって。フロウもそんな魔法が使えるようになりたいって思ったみたいなの」

「強いってだけじゃ、病気は治せないもんね」

「フロウは病気を治してくれた人に憧れて、魔法の勉強を頑張ることにしたのね」


 そういう事、と言ったレティがたどり着いたのは上り階段だ。


「まあ、フロウの話だけするのは良くないから、今度は私の話をするわ」


 階段を上りながらレティは後ろのマルー達へ振り向く。


「私の家は鍛冶屋さんなの。そこを継ぐ為に私はこの学園に来たのよ」

「へえ! レティはお家を継ぐんだね!」

「でも、鍛冶と魔法がどう関係するのかしら。あんまり関係ないように思えるけど」

「私も最初はそう思ってたから嫌々この学園に来てたの。けど鍛冶屋って、金属を叩けたらそれで良い、っていうわけじゃなかったのよ! ほら、杖には宝玉が付いていたり、動物、天気、自然のものとかをもとにして装飾が施されていたり――。他の武器にも同じことが言えたの!」

「そういえばあの時のフェニックスソードも、持ち手と刃の間のところが鳥っぽかったような――」

「そう! そうなのそういう事なの!」

「わわっ!」

「ちょっ、きゃあっ!」


 階段の途中でレティに迫られ足を踏み外したマルーがリンゴをも巻き込んで階段を転げ落ちる。

 二人の落下先にいるのは階段を上ろうとしているリュウだ。彼は不意に迫ってきた二人に成すすべなく、大きな音と埃を巻き上げた。


「やだ! リュウまで巻き込んじゃった?!」

「うう……二人共、大丈夫ー?」

「私は、なんとか。リンゴは平気?」

「あたしも平気だけど……危ないじゃないレティ! 急に下りようとしたら!」

「本当にごめんなさい! 私、武器の事になるとつい熱くなっちゃって」


 マルー達の下へ駆け下りたレティは肩をすくめながら両手を合わせる。


「でもまさか! 五大戦士のラビュラさんが持っていたフェニックスソードの話が出てくるなんて思わなかったのよ! マルーが言っていた部分は“つば”って言うんだけど、そこが羽を広げたフェニックスのように加工されてるのよね! そこから伸びた刃がすっとくびれていく所が本当に美しくて! それでいて剣先に向かう途中でふくれてゆく所から力強さも感じられるの――」


 そうしてレティはステップを踏むように階段を上ってゆく。体勢を整えることに精一杯なマルー達などお構いなしだ。


「レティって本当に武器の事が好きなんだね」

「でもあれは少し、度が過ぎてるかもしれないわね」

「皆早く! 部屋はこの先よ!」


 レティに促されたマルー達はしばらく顔を見合わせた後、先ほどの階段を上り直した。階段を上りきった先で待つのは、とある扉の前で鍵を片手に持つレティだ。


「ここがあなた達の部屋。随分前から使われてなくて――」


 がちゃりと、レティがおもむろに部屋を解錠し、扉を開け放つ。瞬間、湿った空気と埃が全員を襲った。先頭に立っていたレティは咳き込みながらも埃を一心に払う。払われた埃はマルー達に漂い、彼らにも咳をさせた。


「これは掃除のしがいがあるわね。早速とりかか――」


 言いかけたレティがマルー達を見回すとその場で固まった。


「どうしたのレティ?」

「……なんでいないのよ」

「え?」

「なんであいつがいないのよ!」


 叫ぶレティにつられて辺りを見回す一行――ただ一人を除いて。


「もしかしてレティ、ラックを探しているのー?」

「そうよラックよ! いつの間にいなくなってたなんて!」

「うん。ボールに制服を持って行くって言って――あれ? レティ?」


 リュウが気にしだしたレティは拳を震わせながら唇を噛み締めている。



「あいつ! 掃除を面倒臭がって逃げたわねーーーーーっ!」



 ◆◆◆



 時を少しさかのぼる。


「ふう。やっと戻ってこれたぜ」


 図書館にある大きなテーブルの前で椅子に腰を掛けたのはボールだ。平坦なテーブルの上に本を数冊並べ置くと、その中から一冊の本を取り出した。背もたれに寄りかりながら股の上で開いたそれはこれでもかと細かい文字が敷き詰められていた。そんな分厚い本を開いておきながら、彼はテーブルに置いた本の一つを開き、それぞれのページを見比べ始める。


「おっ、いたいた!」


 突如響いた、聞き覚えのある声へ顔を向けたボールは瞬時に椅子から立ち上がり後ずさった。


「ほー。結構良い反応してくれるんだな」


 目を大きく見開くボールの視線の先にいるのは、光る何かを介してテーブルから顔を突き出しているラックだ。何食わぬ顔でテーブルから身を乗り上げるラックに対し、ボールはただ構えることしか出来ない。


「そんなに驚くことないだろ? ただワープの魔法を使っただけだぜ?」

「いやいや、顔が出てくるとは思わねえだろ」

「だってお前ずーっと難しい顔してるからさ? その顔に変化を起こそうと思って」


 余計なお世話だ、とこぼして椅子に座り直したボールの元にラックは何食わぬ顔で下り立つ。そして片腕で抱えている布をほら、と放り投げた。投げられた布は、ボールが再び膝元に置いた分厚い本を隠してのしかかる。


「こいつが魔導専攻の制服だぜ。この中から自分に合うサイズを選んで着てくれよ」


 ラックの言葉にボールは、受け取った布――制服を、テーブルに投げ捨てるように広げることで応える。


「今の俺の状況見て分かんねえのか? 勉強中なんだよ邪魔すんなし」

「そんな怖い顔するなって。てかそんな態度で良いのか? スペルク魔導学園で勉強出来るようになったのは俺のおかげなんだぜ?」

「別に行きたかったわけじゃねえよ。勉強なんてどこでも出来る」


 そうかな? と言いながらラックはボールの手元を覗き込んだ。


「ほうほう。手元の辞書を使って読めねえ本を訳してるってわけか。まあそうだよなー。あんな、ひょいひょい! って書けそうな文字しか使えねえんだもんなーお前」


 言ってのけたラックをボールは無視する。この対応にラックは顔をしかめるも、小さな息と共に顔のりきみを解いた。


「そんなに知りたいなら俺が読んでやるよ!」

「おい何すんだよ――!」


 ラックはテーブルの本を取り上げてはわざとらしく咳をし、開かれていたページに目を通し始めた。


「……あーこれは魔法陣を理解してねえと読めねえぞ?」

「魔法陣?」

「そ! 円の中に色々描いて発動させる、旧式魔法ってやつ! さっきのワープの魔法もそれと一緒なんだ。それで、肝心の内容はというと……」


 ラックは拳にあごを乗せてはボールの横を通り過ぎてゆく。そうしてボールの背後に回ったラックは両腕を大きく広げてみせた。


「“誰かの命を救いたいと願うなら、自らの命を捧げ給え”!」


 朗々と本の中身を読み上げたラック。ボールの顔が初めてラックの前であからさまに歪む。この様子を見たラックはふっと鼻から笑ってみせた。


「まあこいつは五十年ちょっと前の本だ。真に受けなくていいぜ」


 そう言って本を閉じたラックが人差し指を立てながらボールの周りを練り歩いた。


「でも昔はマジで血肉を差し出してたらしいぜ? 今のように言葉と想像だけで魔法が放てるようになったのは、ごく最近の事なんだと。もしかしてお前、この事実すら知らねーんじゃねーか?」


 そう言われたボールは口をつぐんで静止している。


「まあ、お前が仮にこの本を読めたとして――もしこの本の内容通りに魔法を使ったとしたら下手すると……こうだぜ」


 ラックが親指を首に向けると横へ勢いよく動かす。


「怖いだろ? 無知って」

「……一理はあるな」


 ボールの返答に、だろ? と言い放ったラックはしたり顔だ。


「そういう訳だ。背伸びしねえで身の丈に合う本を読んだ方が良いぜ。例えばそこの、“やさしい 魔導士にゅうもんしょ”とか」


 ラックが指した先にあったのは色彩豊かな本だった。その本をボールは手早く自分の下へ引き寄せる。


「こいつはマルーに渡すんだよ。気に入ったらしいからな」

「そういやーあいつがその本の内容を真似て“ラクライ”を放ったんだっけ?」

「あの魔法、ラクライっつーのか――」

「お前ラクライすら知らねえのか!」


 またしても声を張り上げたラックからボールは顔をそらす。


「ホント、珍しい奴。魔法のことを何も知らねえし書く字も違えし」

「だから今こうやって勉強してんだろが。もう帰ってくれ」


 これにラックは、やだね、と答えてみせる。


「お前が制服を選ぶまで、俺は帰らねーぜ」

「はいはいわかりましたよ」


 ボールはやむなくテーブルに放り置いていた制服を手にし、身体に当てる。ブレザー、スラックス、ワイシャツと一通り合わせると、自分に合わなかった制服をラックに突き返した。


「おいおい、実際に着なくて良いのか?」

「お前の着こなし方を見りゃあ――自分で服を買うしな、どのサイズを選べば良いかは分かる」

「あっそ。じゃ、俺は帰るよ」


 そうしてラックは渡された制服を抱えて立ち去ってゆく。

 追い払えた――そう言わんとするため息を吐いたボール。再び本と辞書を見比べようとすると、テーブルの上の違和感に気付いた。


「……さっき勝手に取られた本が見当たらねえ」


 席を立ったボールはラックが帰った方向を見やると、図書館のスタッフと会話をしているラックの姿があった。しかも何かやり取りもしている。


「なっ――!」


 ラックが持っていたのは、先ほどまでボールの手元にあった“訳そうとしていた本”だ。それをスタッフに渡し終えた彼が不意にこちらに振り返ると、べー、と舌を出してきた。

 これは、ラックを帰らせることに必死になっていた自分の失念が引き起こした出来事だ。しかし、だからといってあの本をもう一度手元に置いておきたいかというと、そうは思えなかった。


「身の丈に合うもの、か」


 ボールは再びテーブルの上を見る。そこにあった本は『やさしい 魔導士にゅうもんしょ』。彼はそれを手に取ると改めて椅子に腰掛け、辞書とにゅうもんしょを見合わせ始めるのだった。



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