第1.5章

017話 七つの道具



 マルー達サイクロンズは元の世界アースで昼食を済ませると、再び異世界ローブンへ足を踏み入れた。飛空船フライトがファトバルシティへ到着することを待つ間、四人の話題は自然と昼間の出来事に。


「まさかアースとローブンじゃあ、時間の流れ方が違うなんて……!」

「あたし、皆に聞くまで信じられなかったわ! もしかしたら移動に失敗したのかな、なんて思ったりして――」

「とりあえず、どのくらい時間の流れが違うか調べるからな。確かあの時は十三時だったから――ん?」

「どうしたの、ボール?」

「スマホが機能していねえ。何だ、役に立たねえのか、こっちの世界の道具は」

「残念ね。今の時間を覚えておいて、帰る頃にまた確認するしかないわね」

「分かっているよそんなもん。となれば、時計を探さねぇとな――」


 ボールが席を外す。それをマルーとリンゴは見送った後、ふう、と長く息をついた。



「今日は本当、不思議な事ばっかり! 近所の森で怪物に遭ったと思ったらマルーが剣で倒しちゃうし。そんなマルーと同じ五大戦士にあたしも選ばれちゃったし」


 リンゴは自分の左手首に付いている銀のブレスレットを見る。細い鎖に繋がったプレートの中心に、赤色の宝石があしらわれていた。


「改めてよろしくね、マルー――あら?」


 リンゴがマルーの方を向くと、マルーは手に収まる程の蒼い玉を持ち、外の光に透かして見ていた。


「マルー、いつの間にそんな物を持ってたの?」

「うん」


 マルーが持つその玉は、透けるはずの光を通していなかった。奥を覗けば覗く程、暗く、明度を沈めてゆく。


「海の底を見ているみたいね」


 と言ったリンゴの言葉に反応しないマルー。しゃんとした姿勢で座っているにも関わらず彼女の目は虚ろ。まるで光や色を失っているような目つきだ。すかさずリンゴは様子がおかしいマルーの背後に回る。肩を揺らしたり叩いたり、大声で呼んだりするが無反応だ。


「リンゴー、どうしたのー?」


 そこにリュウがやって来た。


「この玉を見てからマルーが変なの! 起こすの手伝って!」

「見せなきゃいいんじゃないー? 取り上げるとかして」

「その手があったわ!」


 リンゴは、マルーが持つ手指に手をかけた。


「……ダメ! 力が強くて、離してくれない!」

「そのままマルーの腕ごと後ろへ倒せ」

「腕ごと後ろ!?」

「この椅子、背中が無いからマルーが倒れちゃうよー?」

「だったら背中押さえろし」


 遠くから投げられたボールの声に従うリンゴとリュウ。リュウがマルーの背中を押さえた事を確認したリンゴは、思い切りマルーの腕を後ろへ倒す!


 痛たたっ! と声が上がり玉が落ちる。

 それを見たリュウがとっさに手を伸ばしたと同時に、彼は、自分の支えが無くなりひっくり返ったマルーを背後で受け止めるのだった。


「大丈夫か?」


 近付いてきたボールが三人を俯瞰する。


「ひどいよ! 急に椅子から落とすなんて!」

「しょうがないじゃない! 玉を見ながら上の空で全然応えてくれないんだから!」

「だからってさあ……!」


 と、身体を起こしたマルーがリンゴに詰め寄っている。


「この調子なら大丈夫そうだな」

「玉も無事だよー。それにしてもこの玉、奥が真っ暗だねー。外は真っ青なのに……」

「手刀っ」

「うだっ! うう……頭叩かないでよー」

「上の空だったから引き戻しただけだし。あんまり見つめない方が良いと思うぞ、それ」


 そうだねー、と言ったリュウは、自分が着ているパーカーのポケットに蒼い玉を収めたのだった。


「そういえば、あの技よく思い付いたねー」

「バスケの先輩にふざけ半分でやられたやつを思い出したんだよ――試合なら絶対ファウルだけどな」

「あ、なるほどー」


 このような騒動があったものの、フライトは無事ファトバルに到着した。四人は真っ先に拠点の最上階へ向かう……。




 最上階に辿り着いてすぐ向こうの扉をノックしたマルーは、その奥から「誰だ」と声が上がるのを聞いた。それからマルーが名乗ると、しばらくして扉が開かれる。


「あら! 皆お疲れ様!」


 出迎えてくれたのは、拠点の責任者であるラビュラだった。


「ご苦労だったな、サイクロンズ」


 そして部屋の奥から、書類や本が積まれた机越しに声がした。ラビュラと同じく拠点責任者のミズキ――扉が開く前に上がった声の主だ。


「お疲れ様です! 渡したいものがあって来ました」

「渡したいものって?」

「僕が持ってるよー」


 リュウがポケットから蒼い玉を取り出し、ラビュラに手渡す。


「あら! きれいな玉ね!」

「あまり見つめちゃダメですラビュラさん!」

「どうして?」

「意識が飛んでっちゃうんですよー。すうーっとー」

「さっきマルーも見つめすぎちゃって、起こすの大変だったんですから!」

「だけどあんなに痛くしなくても良かったと思うよ? あれから腕がずーーっと痛むんだよ――!」


 フライトでやられた事を蒸し返すマルーを他所に、ラビュラはミズキの元へ向かっていた。


「はいこれ依頼の成果! 見つめたら最後の蒼い玉!」

「なら何故目の前に出す」

「だってミズキ、書き物に夢中なんですもの――? ちょっと、無視?」


 頬を膨らませるラビュラに構わず、ミズキはある本を手にし適当なページを見始めた。


「見惚れたら最後。悲しみの海に溺れ、自分を見失う……これだ!」


 と席を立ったミズキは真っすぐに四人の元へ向かうと、マルーの肩にたん、と手を置いた。


「でかしたぞ、マルー。サイクロンズ」

「どういうことですか?」

「君達が持ってきたものは、影に打ち勝つ七つの道具であるうちの一つなんだ。その玉の名前は“哀しみの塊”――人の心を閉ざしてしまうという代物だ」


 こう語るミズキが、あるページを四人の前に差し出した。

 それには挿絵として、中心を黒く塗られた青色の玉がある。それを掲げている人が次のコマでは水中に落ち、最後のコマでは心に鍵をかけられ沈んでゆく様が描かれていた。


「あの時助けた王様も、こんな経験をしたのかしら」

「リンゴ、どういう事?」

「だって言ってたじゃない。哀しみの海から解放してくれてありがとうって」

「そっか! 王様をあんなに真っ黒なぼうれいにしたのは、哀しみの塊が原因だったんだ!」

「きっと、よっぽど女王様に会いたかったんだわ……あたし、あの二人を会せることが出来て、本当に良かった!」


 そう言ったリンゴは笑みをこぼした。


「今頃、空の上で幸せに暮らしているはずだわ」

「うん! そうだね!」


 マルーも笑顔で応え、ボールもリュウも首を縦に振った。


「なるほど、故人の心までも掴んでしまうのか」

「そんなに危ないものが、どうして影を倒す道具の一つになっているんですか?」

「この本によれば、哀しみの塊はかつて“止水の宝玉”という別名で呼ばれていたらしい。波風立てず、心を静かに、穏やかにする為、僧や尼――今でいう、サポーター職の修行の一環として存在していた、とのことだ」


 言いながらミズキはページをめくり、再び四人のとあるページを見せた。そのページには七つの絵がそれぞれ違う色で描かれていた。


「これ、最初に見たページだ!」

「よく覚えていたマルー。実はつい先ほど、このページの要約も成功した。ここには七つの道具の名称が書かれていたんだ」


 そうしてミズキは、ページを自分の元に近付けた。


「――七つの道具はそれぞれ異なる姿をし、そしてその姿に意味を持っている。

 一つは――サイクロンズが持ってきた“哀しみの塊”、他は、“包む優しさ”“幻の花弁”“希望の星”“神の雫”“記憶の輪”“連なる粒子”」


 こういうそうだ。と、ミズキは本を閉じた。


「にしてもそんな古そうな本、どっから手に入れたんですか?」

「手に入れた、というよりも借りてきた、が正しい」

「じゃあ、どこから借りてきたんですか」

「世界で一番歴史が古い、スペルクシティの図書館から借りてきたものだ。名門の魔導学園ともつながっていることから規模も大きいらしい」


 質問をしたボールは一言お礼を言い、少し考えた後、マルーに、なあ、と声をかけた。


「今度はその図書館に行ってみねえか? この世界について知る良い機会だと思うぜ?」

「――うん! そうだね! 二人もそれで良い?」

「あたしは構わないわ」

「僕も別に良いよー」

「決まりだな! 行こうぜ!」

「待て。話は終わっていない。君達が持ってきた道具の保管場所についてだ」


 引き留めたミズキがラビュラに近寄った。ラビュラは玉を両手に乗せたまま、ミズキの気配に気付いていないようだ。


「ラビュラ、その玉に心を奪われているな?」


 この言葉にも気付かないラビュラから、ミズキは黙って玉を取り上げると、それをマルーに手渡した。


「これはサイクロンズで保管してくれ。五大戦士である君と、もう一人がこのチームにいるからな」


 そうしてミズキはリンゴに目を配った。


「自分を信じ、日々精進したまえ。新たな赤の戦士」

「――はいっ!」


 目を細めたミズキに、リンゴは満面の笑みで返事をした。


「あらやっぱり!? 私さっきからずっと生まれたての魔力を感じてたのよね!」

「虚ろな頭でよく判断出来たものだな」

「だってあの子達がここに入った時からずっと感じていたん――うっ」


 だからどうしたと言わんばかりに、ミズキはラビュラへ険しい眼差しを向ける。


「やだ。私、ミズキの事怒らせちゃった?」

「サイクロンズ、今回は本当にご苦労だった。ゆっくり休むと良い」

「うそ、もうマルーちゃん達行かせちゃうの!? もうちょっとここに――」


 いてほしいと四人に近付こうとするラビュラの肩をミズキは掴み、引き寄せた。


「サイクロンズは初めての仕事で疲れているんだ。余計なことで疲れさせるんじゃない」


 言葉を進める毎に掴む力を増してゆくミズキ。ラビュラが潤んだ目で四人を見てくるが、後方で浮かべるミズキの笑みで、四人はその場から後ずさりするしかなかった。


「お、お疲れさまでしたーっ」

「四人とも待っ」

「君はここに座れ。……全く、仮にも君は戦士の一人なんだ、もっと緊張感を持たなくては新たな戦士に示しがつかない――」


 こうしてラビュラは延々と戦士の誇示についてミズキに説かれることとなるのだった……。

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