018話 飛空船フライト / 前編



 ラビュラとミズキが居る最上階から、飛空船フライトを泊めている最下階へ、長い道のりを終えたサイクロンズ。


「ちょっと休憩ーっ!」

「ラビュラさんとミズキさんのやり取りを見るだけでどっと疲れちゃったわ」

「アレは怒らせたらヤバそうだな」

「うんー、気をつけよー」


 フライトに着くなり四人はそれぞれ、部屋の中心にあるテーブルセットの丸椅子に座った。


「それにしても、さっきの玉、どこにしまう?」


 これのことだねー、と、リュウがパーカーのポケットから“哀しみの塊”をテーブルに出した。


「いつの間に預けていたのね」

「行きもリュウが持ってたから、帰りもその方がいいかなって」

「そういやあ、ここ以外にも部屋あったぞ」

「本当!? じゃあ早速行こうよ!」


 ひょいと席を離れたマルーは真っ先に出入口の鉄扉を開けた。が、ほどなくして三人の元に戻ってくる。


「あの扉、外にしか続いてないよ?」


 三人はこけっと姿勢を崩す。


「そりゃそうだ。向こうは出入口なんだぜ?」


 ため息混じりに席を立ったボールは、出入口から右手の、弧を描くように突き出た壁の前に立った。その壁に手をかざすと、空気を吹き出す音と共に壁の一部が口を開けた。

 さすが健! と、マルーは開いた口の中へ入る。それを遠目で見ていたリンゴとリュウも立ち上がる。

 彼らがやって来た頃のマルーは、らせん階段の辺りをぐるぐると駆け回っていた。


「ちょっと危ないわよ。転んだらどうするのよ」

「全然平気だって! ねえねえどっちから見に行く!?」

「お前の好きにしろよ」

「じゃあ下からね!」


 こうしてマルーは階段を下りてしまった。声だけでも伝わる喜びようはまるで小さい子どものようだ。


「ついていけねえぜ、あいつのテンションに」

「でも追いかけないとー。せっかくじっくり探索できるんだから」

「それもそうだな。じゃあ俺達は俺達で行くから、リンゴはマルーの子守りよろしく」

「子守りって! ちょっと待ちなさいよ!」




 こうして、飛空船フライトの探索が始まった。

 四人が先程までいた階は、運転席やテーブルセット、出入口が存在する大広間の階。そこから一つ下の階に下りたボールとリュウは、ベッドの看板が貼りついた扉を開け、先へ進む。

 その扉が閉まる頃にリンゴがやって来た。


「もう。面倒事はすぐ押し付けるんだから」


 と文句を垂れながら彼女は扉を開ける。


「……いくつか部屋があるみたいね。マルーはどこに――」

「 わ あ あ あ あ あ こ れ す ご お お お ー い! 」

「探す手間が省けたわね」


 リンゴは一本道の廊下を奥まで進み、開きかけの扉に手をかけた。扉の先では、マルーがベッドをトランポリンにして遊んでいた。


「何してるのよマルー! そこは寝る場所よ!」

「あっリンゴ! このベッドとってもふかふかで弾むんだよ!」

「だからって――」


 マルーの行動を止めさせようとベッドに手を乗せた瞬間、空気に包まれたような感触と適度な反発力がリンゴの手の力を吸収していった……! そうして手から腕へ、腕から顔へと、布団はリンゴを癒しの世界へ引き込んでゆく。


「はあぁー。なんて柔らかいのー」

「ね? ふっかふかでしょ?」


 一瞬にして布団の虜になったリンゴに、マルーが言う。いつの間に彼女は飛び跳ねることを止めており、リンゴの隣で仰向けになっていた。


「そうね……ドレッサーもあるし、勉強机もあるし、至れり尽くせりね!」

「リンゴ、こんな所に来ても勉強するの?」

「マルーだったらその必要があるかもしれないわね」

「えー嫌だよ! だったら違う部屋にする!」


 そうしてへそを曲げたマルーは今居る部屋から出ていってしまった。リンゴは慌てて追いかけるもその必要はなく、マルーは真向かいにある扉を開けたまま立ち尽くしていた。中に入ろうとしない彼女の横からリンゴが部屋を覗いてみると、どうやらその中は満室だったらしい。


「あ、リンゴもいらっしゃいー」

「おいおい、ちゃんとマルーを子守りしろって言ったろ?」

「だからあたしマルーのお母さんじゃないんですけど」

「それに私子供じゃないよ! 立派な中学生だよ!」

「はいはいそうですかー」


 あしらうようなボールの物言いに、マルーは頬を膨らませた。


「っつーわけでこの部屋は俺とリュウで使う。だからお前らは他をあたってくれ」

「つーわけで、ってどういう訳よ――まあいいわ。マルー、さっきの部屋をあたし達の部屋にしましょう?」

「でも勉強しなきゃダメでしょう?」

「それ以外の事もしたいわ。遊びもしたいし、おしゃべりもしたい!」

「本当!? じゃあ一緒の部屋にする!」


 とんだお騒がせ野郎だな、という言葉がかかったことも知らずに、マルーとリンゴは男子部屋を後にした。


「あ、そうそう。ここ以外にも部屋がありそうなんだよね」

「どういうことマルー?」

「ここより更に下の階があるんだ。一緒に見に行かない?」


 ええ、行くわ。とリンゴの返事を聞いたマルーが前方に出ては、来た道を戻ってゆく。




 らせん階段の前にやって来た二人だったが、その階段はこれ以上下れないようだった。マルーはそんな階段に向かうことなく、壁の脇へ歩を進めた。リンゴも彼女の後に続く。


「ほら、見て! ここにも階段があるんだよ!」

「……そういうことね」


 マルーが指差すは壁の後ろ――間仕切り壁の奥に下り階段が続いていたのだ。


「こんな所、よーく観察しないと分からないわよ」

「私、良い発見したでしょ?」


 マルーが鼻歌混じりで階段を下りてゆく。


「仕方ないわよ。マルーを探さなきゃいけなくなったんだもの」


 一方リンゴは、声色からしてご立腹の様子だ。

 これに気付くはずのないマルーは、階段を下りきってすぐに現れた鉄扉を力いっぱいに引く。瞬間、すき間から、乾いた熱気が押し寄せた。リンゴは思わず階段を駆け上る。対してマルーは、扉を盾にして部屋への道を開いていった。


「あんなに暑い部屋に、一体何があるっていうのよ」

「多分動力源じゃね?」

「動力源ねえ――って、あんた達いつの間に」

「気になっちゃってー。ねー?」

「なかなか戻って来ねえからな。ほら、熱気治まったみたいだぞ」


 部屋でくつろいでいたはずのボールとリュウに話しかけられているうちに、部屋からの熱気は治まっていた。そうして彼らは階段を下りてゆく。だが、ほどなくして彼らは止まった。


「ちょっと、何で止まってるのよ」

「マルーが出たいんだってー」

「俺達は進みたいんですけど?」

「進まなくていいよ! だって何にもないんだもん!」

「じゃああたしはもういいわ」


 リンゴは、進みたがっている彼らをよそに道を引き返す。片手をうちわのようにあおぎながら、彼女は壁側にあった小窓を開けようと手をかける。

 だが、その窓はびくともしない。どんなにずらそうとも、まるで接着剤でくっつけられたかのように動かないのだ。


「何なのよおこれえええ!」


 雄たけびに近いリンゴの声に誰もが停止した。


「どうしたのー?」

「何だ何だ?」


 三人が一斉に彼女の元へ向かう。


「どうしたのリンゴ! 大丈夫!?」

「誰か! この小っちゃい窓何とかして! 全然動かないの!」

「よーしじゃあ私が! ……せーの!」


 ふん! と気合を込めて窓を引いてみせるマルーだが、その勢いはあっさり衰え結果、尻もちをついてしまった。


「じゃあ僕が……ふんー――!」


 今度はリュウが窓を引く。しかし窓は動かない。


「頑固だねー、この窓ー」

「だったら他を当たればいいだろ?」


 そういうボールが、三人と相対した位置に立つ。――確かに、リンゴが手にかけた窓と同じようなものが、規則正しい位置と高さで壁に張りついていた。


「じゃあここはあんたに任せるわ」

「は?」

「こんなに暑い所で長居したくないもの。マルー、一緒に上へ行きましょう?」

「うん行く!」


 こうしてリンゴとマルーがらせん階段を上り始めた。


「僕も上に行こうかなー」

「おいリュウ! 俺を置いていくのか!?」

「だって下は全部見たしー……」


 頑張ってねー、と言いながら二人を追いかけるリュウに、ボールの怒りの声は決して届かないのであった。



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