019話 飛空船フライト / 後編



 始めの階の一つ上。休憩室の階と同じような踊り場に、武器の絵が描かれた看板付きの扉が待ち構えていた。

 そこに現れたのが、先ほどボールを置いていったマルー達。先頭に立つマルーがためらいなく扉を開くとその先は、壁と床と天井だけの単調な空間が広がっていた。


「さて! 上の階に来たよ!」

「広いだけで何にもないのね」

「二人共ー。こっちに木の武器があるよー」


 リュウの声がマルー達の真後ろから聞こえる。

 出入口側の壁の隅。そこには、リュウの言う通り、剣や槍、斧など、様々な形の木の武器が並んで立てかけられていた。


「そっか! ここで特訓が出来るんだね!」

「あたしの魔法も、ここで練習できるかしら?」

「きっと出来るよ! でもどうやってやればいいんだろう?」

「対戦とかー?」

「それはちょっと怖いわ。何か、的みたいなのはないわけ? 一人でも出来るような――」


 うなるマルーと、おもむろにリンゴが、出入口から少し先にある僅かな段差を下りた。三メートルありそうな高い天井は弧を描き、なでらかに壁へ続く。継ぎ目が見えない程に真っ白なそれに目を奪われていると、どこからか静かに機械の作動音が響いてきた。


「ねえマルー見て!」


 リンゴに肩を叩かれたマルーが、リンゴの指差す方へ視線を向ける。そこでは、床の一部が口を開け、その口から上ってきた何かがひとりでに組み上がる。そうして現れたのは、丸の中に円、その円の中に丸が描かれた物――いわゆる的だった。


「すごい! さっきまで何もなかったのに!」

「このリモコンで、いろいろ出来るみたいだよー」


 リュウが先ほどと同じ位置から二人に呼びかける。彼の手には、リモコンらしき物が握り締められていた。


「そんなのがあるんだね!」

「なんだかハイテクね!」


 と二人が感心するのも束の間。唐突に二人の下から大きな音が響き出す。すると、二人がいる場所と的がある場所が盛り上がり始めたのだ!


「ちょっとリュウどうなってるのよ! 何とかして!」

「ほーい待っててー――ぽちっと」

「……リュウ! まだ動いているみたいだよ!」

「むしろ同じ床が増えてきてるじゃない!」


 言われて首をひねるリュウがリモコンを押す程、手繰り寄せるような機械音が騒がしさを増してゆく!


 二人が彼の行動を制した頃には、部屋中の床がこれでもかと凹凸を造り上げていたのだった。


「うーん。高すぎて下りられそうにないや」

「もう! どうすんのよこれ!」

「ここは特訓する所だから、あの的を倒せば元に戻るんじゃないかな?」

「どうやって……まさか、あたしの魔法で!?」

「そうだよリンゴ! 自分を強くするチャンスだよ!」

「でも杖がないわ――リュウ! あんた下にいるんだから、あたしの杖取ってきなさいよ!」

「そうしたいんだけど……出入口の周りに透明な壁が張っちゃって、ここから出られないみたいなんだ」

「そんな……!」

「でもこれ、木でできた杖があるよー」


 受け取って! と、リュウがリンゴに向けて木の杖を投げ渡す!

 受け取った杖は、彼女の持つメテオロッドと比較にならない程に粗末な作りで、頭に宝玉が付いていなくては、ただの大枝と間違えそうな代物だった。


「――仕方ないわ。今はあなたが頼りよ」


 リンゴは杖を両手で握り、目を閉じる。


 静寂はやがて熱気を呼び、宝玉の頂部にそれは集まり火を灯す。


 彼女がゆっくり目を開けた頃には、立派な火の玉――ホノオが出来上がっていた。その形を維持しつつ打者のように杖を構えたリンゴが、そおれっ! と一声。水平に振るった杖からホノオは飛び立った! しかしそのホノオは的に近付くにつれ失速。やがて下に沈んで消えてしまった。

 もう一度よ! とホノオを形作るリンゴの額に汗がにじみ出す。そうして飛ばした魔法は、先ほどと同じように床へ落ちる。

 そんな彼女の後ろでマルーは固唾を飲んでいた。杖にホノオが宿される度に立ち込める熱気は、静観しているマルーから汗を誘う。


 幾度か魔法を放った後、リンゴは深く息を吐いた。


「あの時みたいな勢いが、全然出せないわ」


 あの時――恐らく遺跡探索でぼうれいと戦った時の事だろう。その時は、はるか上空にあるぼうれいの顔に向けてホノオを放っていた。それこそ、今の的の距離とは比にならない距離だ。


「やっぱり武器が違うからかな」

「それは、当然でしょうね。でも、そんな事を気にしてる場合じゃないわ」


 そうして姿勢を正したリンゴは再び杖を構える。その周りから湧いた熱気に、マルーは汗を拭わずにいられない。


「あくまでここは訓練場――自分の力と向き合う場所よ。そんな場所で、武器に文句を言うなんてあたしは違うと思うの」

「そう、だね。リンゴの言う通り」


 でしょう!? と一声して振るった杖から出たホノオはまたも失速する。


「あぁでもどうすればいいのよお! タッツーの馬鹿あああっ!」


 って叫ぶのもまた違う気がしていながら、まあまあ、とマルーはリンゴをなだめるのだった。




 その頃、置いてけぼりにされていたボールが階段を駆け上っていた。マルー達がいる階までやって来た彼が休みなく扉を開ける。


「おいお前らごっ! っづっでぇ――!」


 扉の先へと飛び出したボールは何かに押し戻されてしまった。

 きりきりと痛む顔をさすった彼は立ち直り、今度はゆっくりと扉の先へ進む。進行方向へ手を伸ばすと、手はひんやりとした固い何かに触れた。その何かは、触れた場所を中心に虹色の波紋を広げており、ここから先へは通らせない、と言っているようだった。

 そんな壁越しからボールは、リュウが立ち尽くしている所を発見した。


「おい、リュウ! これ、どうなってんだ?」


 見えない壁を叩いたボールは、リュウを振り向かせることに成功した。来てたんだね、と言ったリュウはうかない表情だ。


「僕がこれをたくさん押しちゃったせいで、僕達ここから出られなくなっちゃったんだ」

「なんだそのリモコンみたいなやつは」


 リュウからいきさつを聞いたボールは、なるほど、と一言。腕を組む。

 一方で説明を終えたリュウは視線を上へ向ける。杖を構えたリンゴがホノオを放つも的に届かず。膝をついた彼女にマルーが何かを言った後、崩れるように床へ尻をつけた。腕で汗を拭った彼女は、息を整えることに必死だ。


「むー。リンゴ、大変そうだよー」

「お前のせいでこうなったんだろ? 何か手助けしてやれよ」

「そう言われても、二人の所までは高すぎて登っていけないし――」

「高さは同じなんだよな?」

「うん、同じだよ」

「なら、あとはあいつら次第だな……」


 あごに拳を添えて静止するボールは、やがて一人で頷いた。


「マルー! リンゴ! 聞こえるか! そっから場所を変えろ! 的と距離を縮めるんだ!」

「そっか。自分達から近付けば良いんだねー」


 そういうことだ、と言ったきり。ボールはリュウと共にマルー達がいる場所を見つめる……。




「的と距離を縮める……?」


 ボールの声が無事届いた二人。リンゴが思考している間にマルーが、それだ! と立ち上がる。


「的に自分から近付けば――」


 当たりやすくなる! とマルーが別の床に飛び移った!


「さあ! リンゴもこっちに!」


 そう言うマルーが跳んだ距離は、どう見ても大股一歩で届くような距離ではない。視線を下に移してしまえば思わず足がすくんだ。

 もし失敗したら――考えてしまったリンゴの背筋に、冷や汗がつたう。


「大丈夫! 私が絶対受け止める! だから、さあ!」


 マルーの声で顔を上げる。両腕を広げては真っ直ぐ見つめるマルーは真剣そのものだ。

 リンゴは悪い考えをかき消すように頭を振り、やがて、じりじりと片足を引いていった。


「じゃあ、マルー、行くわよ……はあ――!」


 掛け声と共に駆け出したリンゴが、飛んだ!


 彼女が伸ばす手をマルーは、掴んで引き寄せる!


「はあ、はあ、……怖かったわ!」

「やったよリンゴ! 上手くいったね!」

「ええ。……一つ先に進んだだけで、こんなに違うのね」


 二人が無事に飛び移れた場所から的までの距離は、先ほどよりも半分以上に縮まっていた。

 リンゴは早速杖を構え、宝玉の先にホノオを作り上げた。


「これで! 決めるわ!」


 投げつけるように振るった杖からホノオが飛んでゆく! そしてそれは見事に的の中心を焦がした!


「当たったわ! やったあ!」

「床が下がっていくよ!」


 盛り上がっていた床がそれぞれの速さで下がり、元の状態に戻ってゆく――二人は特訓を無事に終了させることが出来たのだった。


「ああ疲れた! 何てことしてくれたのよリュウ!」

「ごめんね、二人共」

「でもリンゴすごかったよ! なんとかする! って気持ちがたくさん伝わってきて……私もそんな魔法が使えるようになりたい!」

「あたしに出来たんだもの。マルーにもきっと出来るわよ!」

「おいおい。そんな簡単に言っていいのか?」


 マルーとリンゴの話にボールが割って入ってきた。


「お前が魔法を使えるのは杖のおかげだろ? マルーの武器は杖じゃねえ。そんなやつに簡単に出来るなんて言うのは良くねぇと思うぞ?」

「マルーなら出来るわよ! だって、あたしと同じ“五大戦士”に選ばれているのよ」

「そうは言ってもな。俺達はそもそもローブンの人間じゃねえ――魔法なんて存在しない世界の人間なんだ。そんな奴が何もなしに魔法が使えるとは思わねえ。例え、“世界を救う戦士”っつーのに選ばれていてもな」


 ボールの言い分にマルーは、確かに、と小さく呟く。一方、リンゴは大げさに、ふーん、と言い放ってみせた。


「ま、あんたここまで目立った活躍はしてないものね。そんな人の言葉なんて、あたしには負け惜しみにしか聞こえないわ」

「はあ――選ばれただけでそんなに威張り散らして良いのか。お気楽なもんだぜ、一人じゃ何も出来ねえくせに」

「っ! あんたこそ! マルーと肩を並べられないってだけでピリピリしちゃって!」

「んだと――」


 リンゴとボールが相対する。火花が散りそうなほどの鋭い視線が交錯するところでマルーが、ストッーーープ! という言葉と共に映り込んだ!


「リンゴダメだよ! 戦士の立場を自慢の為に使ったら! そんなことする人と私は一緒にいたくない!

 ボールも簡単に喧嘩を買わないの! 私は、ボールもリンゴもリュウも、皆頼りにしてる! それは、誰がどんな立場に居ても変わらない!」


 言い切ったマルーの名前を、ボールは呟く。対してリンゴは目を伏せて動かなくなっていた。こうして二人が黙ったところで、マルーは視界から外れ、部屋の出口に向かって歩き出す。


「じゃあ皆、下の階に行こう! ボールが戻ってきたってことは、小窓のことで分かったことがある! ってこと――でしょ?」


 ボールに言葉を投げかけたマルーは――先ほどの事がまるでなかったように、歯を向けて笑ってみせた。

 これにボールは、おう、と応えると、マルーと同じように出口へ足を運んだ。そんな二人の後にリュウが続く。


「……リンゴも行こうよー。任せたのはリンゴでしょー? ちゃんと開いたのか、気にならないの?」


 振り返りざまに残したリュウの言葉に、リンゴは、三人も後を追うことで肯定を示したのだった。


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