020話 少年の決心


 こうしてやって来た、休憩室階の踊り場。場にある小窓の横に、ボールは立つ。


「まず、こいつはずらすんじゃねえ――」


 こうやって、と、ボールは窓の下に手をかける。


「――下から持ち上げるようにして! 開くやつだ」


 小窓はなんと上部を軸にして開いたのだ――ボールの実演に三人から、おお! と歓声が上がる。


「でも、おかしいじゃない。外に続いてないわ。あたしは外の空気を吸いたいって言ったのよ?」

「残念だがそれは無理だな。この辺りの窓は――」

「すごい! この窓全部! 収納スペースなんだね!」

「あの時にもらった玉も、ほら。すっぽり収まるよー?」


 と、別の小窓から現れた空間に、リュウは哀しみの塊を入れてみせる。この一連の流れに、リンゴは口をあんぐりさせるしかなかった。


「こういうことだ。換気は向こうの部屋ですることだな。ついでに他の階のこういう場所も調べてみたが、窓に扮した棚になってたぞ」

「じゃあ大事なものはこういう窓に入れれば良いんだね!」

「良かったねー。入れる場所が見つかってー」

「うん! フライト中を見て回って、良かった!」

「気が済んだようね――」


 満足げな笑みを浮かべるマルーに対し、リンゴは疲れの色を見せながら壁にもたれかかった。


「マルー、もう今日は帰りましょう? あたし疲れちゃったわ」

「私も疲れちゃった! 帰ろっか!」

「おいおいマルー、スペルクに行く話は?」


 あー、とマルーは面目悪そうに声を漏らす。


「行きたいのは山々なんだけど、魔法の出し過ぎでリンゴが疲れちゃってるし、私達、依頼を終わらせたばかりでしょ? だから――」



 ◆◆◆



「“今日はもう帰ろう”だってよ!」


 んあーくそおー! と、アースに戻ってきた健が、とある公園のベンチで脚を投げ出して座っている。そんな彼の隣で、竜也は仕方ないよ、と吐き出した。


「遠くから見ても分かったよー。リンゴ、大変そうだった」

「ただ火の玉出してただけだろ? そんな単純なことでどっと疲れるもんなのか?」

「それは……よく分からないや。やったことがないし……」


 竜也が健に向けていた身体を景色の方へ戻し、うつむく。


「そりゃあ、そうか――時間も見損ねちまったから、時間の流れがどんだけ違うのかも分からねえし」


 健も向きを変え、未だに青い空を仰ぎながら、大きく息を吐き出した。


「こんなんじゃあ、何の為に付いていったのか分かんねえよ」

「それはもちろん、一緒に戦う為でしょー? あと、一緒に探し物したり、一緒に――」

「一緒にっつってるけどよ」


 健は前のめりになり、竜也を覗き込むように横から見る。


「それ、続けられるのか? 今のところ、俺達はただ武器を使えるってだけだぞ? マルーみてえに必殺技があるわけじゃねえ。あいつみてえに魔法が使えるわけじゃねえ。そんな俺達があいつらと――選ばれた奴らと、本当に肩を並べ続けられるのか?」

「大丈夫だよ。いっぱい訓練して、いっぱい戦いを続けていれば、僕達だって強くなれる。二人を助けられるよ」


 拳を強く握りながら言う竜也に健は目をそらし、手の平で目元を覆っては、地面に向けて息をついた。


「分かってねえなあ。そんな方法じゃあ時間がかかってしょうがねえ。強くなるまでの間、お前はあいつらに守られっぱなしってことだぞ? 俺はそんなのごめんだ」


 そうして立ち上がった健がベンチから離れてゆく。竜也は慌ててそれを追いかけた。


「でも、そうするしかないと思うよー? こつこつ戦い続けながら、強くなるしかないんだよー」


 公園を出た二人は、付近にある横断歩道の前で、信号が変わるのを待つ。


「強くなるのに、近道はないんだよ」


 この言葉で健は竜也に顔を向けた。目を見張って黙る健に、竜也は不思議だと言いたげな表情を浮かばせる。そんな様子を察してか、そうだな、と健は漏らした。


「その通りだ。だから俺は“ここ”を使って強くなる」


 自分の頭を指でつつきながら言った健に、竜也も反すうするように頭を指でつつく。


「あの時の戦いで俺は確信した」


 健は横断歩道に向き直る。


「あいつは突っ走るタイプだ。これだと思ったら絶対曲げねえ、真っ直ぐな奴だよ。例えるなら……ここを通る車みたいなもんだ。場所によってスピード変えるだろ普通。でもあいつはスピード出しっぱなし――これじゃあ大怪我は必須だ。だから、スピードを落とさせたり、逆にスピードを上げ続けられるように邪魔者を取っ払ったり――」


 それと、と言った健の前方で車が減速した。そうして、奥の右折車だけが動き始める。


「もしあいつが傷付いたら、治せるように、俺はなりてえ」

「治せるように?」

「ああ。さっきの戦いのエンさんのように、ケガを治せる魔法が使えるようになりたいんだ」


 そうして健が一歩を踏み出す。


「――青になったんだねー」


 竜也も後を追った。


「良いと思うよー。僕、応援するー」

「おう、サンキューな」

「でも、どうやって魔法を使えるようになるのー? 杖は持ってないし、僕達は向こうローブンの人じゃないよー?」

「そりゃそうだ。だからスペルクに行くんだろ?」


 横断歩道を渡りきり、帰路につこうとした途端に健が立ち止まる。


「“世界一歴史が古い図書館”があるんだぜ? そこでなら、こんな俺達でも魔法が使えるようになる方法、探せるはずだろ?」


 健の不敵な笑みは、昼下がりの太陽に照らされ輝いた。

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