???
澄んだ冷気が漂う空間に、おさげの少女は一人、立ち尽くしていた。
辺りは霞がかかっており、何がどこにあるかは全く検討がつかない。頼みの綱は自分の感覚だ――少女はゆっくり、まぶたを閉じる。
少女の感覚が掴んだものは、二つ。
一つは、背後の奥狭い感覚。もう一つは、正面からそよぐ向かい風。
――道はきっと、正面にしかない。
少女は、力強くまぶたを開くと一歩を踏み出した。
景色が変わらなくとも。
霞が晴れなくとも。
ただ真っ直ぐに。
真っ直ぐに。
そうして少女は、正面からそびえたっている何かを感じ取った。何かの正体は、少女が前進するほどに明るみになってゆく……。
やがて少女が目にしたものは、荘厳たる装飾が施された大きな額縁だった。しかし、肝心なはずの額の中身は、灰色一辺倒のもの。これに少女は首を傾げた。
ここにこの額縁があるのは何故なのか――思考を巡らせたその時だった。
背後でカツンと、床が響く。
この音に振り向いた少女が見たものは、厚手そうな外套で姿を隠した人物だった。その人は、外套から延びるフードのせいで表情を読み取らせてくれない。しかもうんともすんとも言わず、その場を動こうともしなかった。
気になった少女が額縁から離れようとした瞬間、足元の床がけたたましい音と共に崩れ落ちる!
少女は真っ逆さまに光の無い世界へ堕ちて――
「――ぃでっ?!」
そうして少女は、脇腹から鈍い音を打ち鳴らした。
「……い、ったたぁあ……」
全身がじりじりと痛む中、少女の目は馴染みある光景――自分自身の部屋を映していた。
ひとしきり見回した後、少女は背後に身体を回す。タオルケットをだらしなく垂らしたベッドが、そこにはあった。
「……転げ落ちたんだ。私」
唖然とする少女を包むは、しがらむような暑さ。つい先ほどまで感じていた空気感は微塵もなかった。
この事実にため息をついた少女は、転げ落ちたと思われるベッドを支えに身体を起こす。その矢先。
「マルー大丈夫? ひどく大きな音がしたけど」
そっと部屋の扉を開けてきたのは母だ。どうやら身体を打ちつけた音は相当の大きさだったらしい。
少女・マルーは大丈夫だと伝えると、母はほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば。朝に凛ちゃんと、ちょっと前に健くんも来たわよ? 二人共、マルーは寝てるって伝えたら帰っちゃったけど」
と、母は残して去っていった。
「凛と健が来た?」
マルーは、寝てる、と伝えたら帰ってしまったらしい二人の顔を思い浮かべてみた。すると、頭の中の二人はすぐさま眉間にしわを寄せた。
「大変だ……!」
この呟きを合図にマルーは忙しなく動き始める。
寝間着を床に捨て置き、普段着に身を包んだ彼女は、机にあったヘアゴムを掴んでは部屋を飛び出し洗面所へ。ヘアブラシで髪をとかしながら、目の前の鏡とにらめっこをし始めた。
「どうしたのマルー? そんなに慌てて」
鏡の端からひょっこり現れた母を気に留めることなく、マルーは片側の髪を結ってゆく。
「お母さんひどいよ! どうして起こしてくれなかったのさ!」
「声はかけたわよ。それにマルーが反応しなかっただけ」
まるで他人事のように話す母へ困惑めいた声を漏らしたマルーは、もう片側の髪を結い終えた。
「よし! じゃあ行ってくる!」
「待ちなさい」
「えっ? 私急いで――」
母は、マルーの肩を捕らえては手をとり、温もりのある何かをその手の平に乗せた。
「朝ご飯は抜かしちゃいけません! ってね?」
ウインクしてみせた母が持たせたのは、ラップに包まれた混ぜご飯のおにぎりだった。これにお礼を言おうとしたマルーを母は、ささっと背中を押し、玄関へ促した。
「さあ、行ってらっしゃい!」
靴を履いたマルーは、笑顔で手を振る母に小さく手を振り返し、外へ飛び出した。
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