058話 聖なる雫・前編


  ――某所


「む。誰かが治癒魔法を使ったようだね」


 ある人は、ふところから漏れる光をそっと手に取った。手の平を下にして開けば、青と白の暖かい光を放つ石がチェーンを伝う。


「しかしながら、これは今までに感じたことのない魔力だ。 もしや、お嬢さんの仲間の誰かかな?」


 そんなことをぶつぶつ言いながら、男性は外出の準備を始めた。


「やっと行く気になったのかい、学園長?」

「あぁ。寮長さん。まだ起きていらしたんですか」

「当たり前だよ! この寮の中で、誘拐犯に捕まった子と、その子を助けに行く子たちがいるんだから一睡も出来やしないよ!」

「そうでしたね。これから、助けに行きますから」


 そう言って部屋を後にする学園長を寮長が追いかける。外の帳は薄れかかっていた。



「どうしてもっと早くに助けに行こうとしなかったんだい?」

「あくまで主体は教え子たちだからですよ」

「だからって、万が一のことがあったら――!」

「心配いりません。 希望は教え子たちに向いています」


 そう言いながら学園長は、光を放つ石をもう一度見つめる。


「きっと、私が着く頃には、すでに収拾がついているでしょう」

「ちょっと待ちな! あの子たちがどこにいるのか分かってるのかい!?」

「それはこのペンダントが教えてくれますよ」

「……本当かねぇ?」


 寮長は疑り深いと首を傾げながら、ペンダントを手に提げて悠々と歩く学園長の後をついてゆく。そんな彼らが向かおうとしている場所では、今まさに“お嬢さん”が戦いの火蓋を切ったところだった。




「えりゃあっ!」

「一体、何故ダ? この私ガ、押されているダト――」

「だあああああっ!」


 一声と共に剣を振り上げたマルーがルベンを追い詰めてゆく。


「ルベン先生? もう観念したらどうですか?」

「観念? 笑わせて、くれるッ!」

「う、後ろ飛び!?」


 突然の機敏さに動きが遅れたマルー。彼が跳躍した先には、力の供給先――魔力吸収装置の椅子が鎮座していた。


「ここデ再び力ヲ得るのだ!」

「させない!」

「とおーっ!」


 その椅子に座ったルベンの背後からレティとリュウが飛びかかる。声に驚き逃げようとする先をマルーが塞ぎ、三人で彼を取り囲む形となった。


「二人共ケガは大丈夫なの!?」

「すっかり良くなったよー」

「むしろいつも以上に調子がいいわ! 新技を思いつきそうな勢い!」

「新技かあ」

「今のマルーにも出来るんじゃない?」

「え?」

「そうだよー。授業でやってた、電気ずばばーってやつ、見てみたいなー」


 リュウが言った表現で思い浮かんだのは、遠くへ真っ直ぐに飛んでゆく黄金の鳥。広げた翼で一直線に光の道を生み出していった。


「フェニックスが、道を――」

「私ノ前デ上ノ空とはいい度胸ダ」


 描いた情景は一人の声で弾け飛んだ。マルーの前方でルベンが指を使って挑発してくる。


「そノ余裕、どこまで続くかな?」

「あんたこそ、大口叩いてたら後悔するわよ」

「僕達を甘く見ちゃダメですよー?」


 気合十分のレティとリュウを見てマルーは武器を握り直した。



 こうして三人がルベンを相手するようになった頃、ボールはある人の傍までやって来ていた。

 四肢を投げ出して倒れているその人の顔を覗いた彼だがすぐ目を逸らす。涙と鼻水がこびりつき、白目を向いては鼻血と泡を吹かしているものだったからだ。魔導専攻の制服を着たふくよかな体型であるゆえ、すぐにアギーを思い起こしたものの、それと今の姿を想像したところで虫唾が走るだけだった。


「あんなひどいのも、俺の手で治せるのか? ――」

「ちょっと、待って!」


 治癒を試みようとしたところで付近から声と同時にピリッという音が聞こえてくる。辺りを見渡すが、交戦している仲間と相手以外は誰もいない。


「ここよ! あんた、こんなに近くなのにあたしに気付かないわけっうっ!」

「……あ」


 声は床に横たえるリンゴのものであった。彼女の顔や服はススまみれ。所々に焼けた痕もあり、ピリッという音はその身体から発していた。


「お前大丈夫か? どうしたんだよその身体」

「あの人から、雷の魔法を受けたの。動けない身体を、ここまで引きずるのは、大変だったのよ?」


 そりゃ大変だったな、とボールがリンゴの治癒にとりかかる。


「あいつが魔法を爆発させなかったら、あたしや皆がこんなことにならなかったんだから。しかもあいつ、敵にここの装置を作るヒントをあげてたうえに向こうに加担しようとして! 挙句の果てには向こうに顔面掴まれて、思いっきり投げ飛ばされた結果、あの有様」

「自業自得ってやつか。一番ひどいケガしてるのにな」

「あいつを治してあげようとか思わないことよ」

「当然。さて、具合はどうだ?」

「えっ? ……嘘? 不思議、なんとも無いわ!」


 起き上がってそう言ったリンゴがくるりと回る。ぱっと見でも、ススや痕が薄くなっていることを確認できた。


「不思議、ねえ」


 自分の手の平を見るボール。さっきまで倒れていた仲間が両手をかざして数分で元気になるという現象が――今まで不審に思っていた魔法が、力を入れずに扱えてしまっている。


「――っとボール? あたしの話聞いてます?」


 呼ばれてボールはとっさに見ていた手を隠した。いつの間に杖を持っていたリンゴは、あーよかったと口にしては彼を指差した。


「あんた、あれ持ってるでしょ? ほら、あの、最初の日の授業で出した――」

「それは……これのことか」


 リンゴに言われてぱっと出したのは手の平程のビン。中の液体はほのかに青い光を帯びていた。


「こいつ、最初にもらった時は無色透明だったよな――」

「色とかどうでもいいわよ。それを出した女神様が言ってたことを今から言うわ」

「女神が言ったって、どうやって聞いたん」

「そんな話も後! あんたの持っているその液体、セイント・ドロップって言うんだけど、それを使えば、あの人の闇を払ってほしいんですって。だから一刻も早くあの人を大人しくさせなくちゃなの」


 そういうわけだから! とリンゴは踵を返す。


「あたしはマルー達に加担してくる! あんたは他の人の回復に専念してて!」


 そうしてリンゴはボールの返事も待たずに駆け出してしまった。


「皆さん、すっかり元気ですわね」

「そうだな。って、フロウ?」


 後ろからした声に振り返れば、苦笑を浮かべながらもしゃんと立っているフロウがいた。先程のリンゴと同様にススで所々身体を汚している。


「お前もリンゴと全く同じのを受けたんだろ? 立ち上がったりして大丈夫なのか?」

「問題ありませんわ。あなたが放つ治癒魔法の輝きを見ていたら、不思議と痛みが引いていきましたの。今までに無い経験でしたわ」

「今までにない、か」


 リンゴの前で隠した手を再び目の前に出すと、小刻みに震えていた。


「まあ、震えていますの?」

「っ」

「隠さなくて結構ですのに」


 フロウに指摘され、ボールはしぶしぶ手を前に出す。彼女はその手を取り、凝視する。


「特に異常は見当たりませんね。強ばっているだけのようです」

「それだけなのか。わざわざ診てもらったのに何か、恥ずかしいな」

「私のこれはサポーターの務めですから気になさらないでください。それに、ボールさんのほうがサポーターに向いていますわ。遠くからでしたけど、治癒魔法を見ていただけで心が温まりましたもの」

「見ていただけでか? そんな力が――」

「あら。また」


 フロウに言われまたしても手が震えていることに気づき、ボールは手を手で抑え込んだ。しかしいくら抑えても震えは止まらない。どうしてかと考えているうちに震えは強くなった。


「怖いのですか」

「へ?」

「どうして怖がるのですか? あなたのその力は人を助けるもので、人を傷つけるものではありませんのに」

「……まあ、フロウの言う通りだな。俺の魔法は実際に人を助けていて、俺の願った通りのことが出来てる。でも、俺自身、やったって実感がないんだよな。だから、もしかしたら俺じゃない誰かが、俺の知らないうちに俺の身体を使って魔法を放ったんじゃないか、とか」

「実感が沸かない、ということですか」


 フロウは考える仕草をしてから、再び口を開く。


「少なくとも、私が見たあの魔法には、紛れもなくあなたの気持ちがこもっていましたわ。それに、以前あなたは魔法陣の授業で、あなたが想像した通りの女神様を降ろしましたでしょう? その行為も、ボールさんにとっては誰かの仕業だと思うのでしょうか?」

「それは……思わない、かな」

「でしたら問題ありませんわ。これまでの魔法も、これからの魔法も、あなたの魔力とあなたの意志によって放たれているものですわ」

「だと良いけどな」


 ふと目をやると、ルベンの周りを舞うマルー達が映った。彼女らが放つ技を、相手は両腕や魔法を駆使してあしらう。だが遭遇直後と比べて相手の動きは鈍く、時々回避しきれない場面も伺えた。

 順調に相手を追い詰めている事を確認できたと同時に、ボールの頭の中でリンゴの言葉がよぎった。


「そういえばフロウ。さっきリンゴから、この液体が先生を助けるって聞いたんだけど」

「ああ、それは!――」


 フロウはルベン先生の部屋にやって来たときの出来事を話してくれた。


「閉じ込められていた女神を治した後に、マルーとリンゴがその話を聞いたと」

「その通りですわ」

「でもなんで先生の部屋にその女神は居たんだ?」

「おそらく、ルベン先生がボールさんの魔法陣を採点するために発動させた際に現れたのでしょう。しかしその力は、先生にとって不都合なものだったのですわ」

「だから弱らせて監禁したっていうのか? 本当に力任せなやつだな」

「全くですわ。早く私達の手で目覚めさせなくては!」


 そうして杖を握り、真っ直ぐ戦いの場を見据えるフロウ。その彼女に、犯人がルベンだと知って打ちひしがれている姿はもうどこにもなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る