第3章

060話 夏休みの終わりかけ



 中学生になってから、新しくやる事が増えた。新しい科目、部活動。授業時間が延びたり、先輩に気を遣ったり。それと、夏休みに異世界を影という脅威から護る事も始めた。


 僕の他には、昔からの友達の健と、その幼馴染のマルー、その友達の赤石さんが居るんだけど、三人共すごいんだ。

 マルーは怪物に立ち向かう勇気を買われて。赤石さんは魔法を使えるようになるまでの努力が認められて。健は、マルーみたいな武器での戦いも、赤石さんみたいな魔法でのサポートも両方出来るようになったことで、異世界を護る「戦士」という役割りをもらったんだ。三人それぞれの“良いところ”が、色んな人を助けていった。これからもそうだと思う。だから僕も三人みたいに、自分なりの良いところを活かして、色んな人を助けられるようになりたい。


 けど、自分の良いところって、一体どこにあるんだろう? あんまり考えたことなかったなー……。



「――か君? 聞いてますか大塚君!?」

「はいっ! あのー」


 全員が僕の方を向いている。相当先生に名指しされていたみたい。


「すみません、もう一度説明をお願いできますか」

「構いませんけど、もう少し、先輩達の輪に混じって演奏させてもらっているという自覚を持って臨んでもらえる? 次の大会で引退する三年生や、三年生を最高の成績をもって送り出そうとしている二年生の為にも。良いですね?」

「はい、気をつけます」


 いけない。今は吹奏楽部の活動中だった。来月に迫る大会で皆真剣だから、僕も集中して……あれ? この部屋の戸越しに僕達の様子を見ている人がいる。切り揃えた前髪から覗く琥珀色の瞳が、ずっとこっちを見ているから、逸らした後もつい気になって向こうを見てしまう――


「大塚君?」

「はいっ、すいません」


 いけないいけない。部活の最中だから集中しなくちゃ。


 …………


 ……



「大塚君! 来週はしっかりね!」

「次回もあんなだったら、他の人に入れ替えも視野に入れるから、よろしく」

「気をつけます。今日もお疲れ様でした」


 練習が終わって、先輩を見送ったら、僕は部活で使った鍵を返しに職員室へ。


「失礼しまーす、吹奏楽部です。鍵を返しに来ましたー」


 人のまばらな職員室に入って、鍵を保管している壁掛けへ持ってきた鍵を返す。これで僕の仕事はおしまい――


「では、朝川あさかわ友梨音ゆりねさん。来週九月一日から登校して下さいね。朝八時半までにここに来てくれたら、教室に案内するので」

「分かりました。では私はこれで」


 遠くから会話が聞こえた後、一人の人物が僕の――職員室出入り口の方向へ歩いてくる。艶めく長い黒髪をなびかせるその人は、僕が部活中に戸越しで見かけた人だった。袖をまくったワイシャツから覗く肌は磁器のように白く、日焼けした様子が一切ない。前の学校の制服と思われる紺色のスカートが、その白い肌を一層際立たせる。

 視線を向けられていると察してか、その人はちら、と僕へ琥珀の瞳を向けてきた。さっきと同じような淀みない瞳が、僕を咎めているような気がして背筋が勝手に伸びていく。こんな僕に会釈したその人はあっさりと、今の事が無かったふうに通り過ぎ、職員室を出ていった。


「大人みたいだなー」


 スマートという言葉が一番似合う中学生を初めて見た気がする。


「失礼しますバスケ部です! 鍵を返しに……あれ? タッツー?」

「竜也の部活もこの時間だったな、お疲れ」


 マルーと健だ。確か体育館で僕と同じ時間にバスケ部の活動をしてたんだった。


「二人共お疲れ様ー」

「ここにタッツーが居るなら、あの女の人とすれ違ってるかも!」

「きれいな人だって言ってたあの人のことか。すれ違っててもさすがに素性は――」

「女の人って、転入生のことー?」

「「 転入生だって!? 」」

「あー……」


 二人が声を上げたせいで、先生達がこっちを睨んでる。そんな雰囲気を感じてか、二人がお互いを見合わせると、マルーが素早く鍵を返してから二人共「失礼しました!」と叫んでこの場を風のように去っていった。

 僕もなんだか気まずくなってきたな……。


「失礼しましたー」


 さっき気にしてた人のことは、この後の集まりで教えてあげよーっと。


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