059話 学園の依頼を終えて


 ラック達からの依頼を達成して丸一日が経過。各々の私服に身を包むサイクロンズは、部屋や教材の整理に勤しんでいた。


「これでよし、と。皆、忘れ物はない?」

「大丈夫なはずよ。制服だけ、おばちゃんに渡すのよね」

「ああ。ラック達が残してくれたメモには、そう書いてある」

「三人に挨拶しなくて良いのー?」

「一応ノックはしたけど、返事はなかった。まだ寝てると思う」

「起こすのも、何だか悪いもんね」

「だからあたし達もメモを残すんじゃない。さあ、学園長のところに行きましょ?」


 一行はここ数日着ていた制服を抱え、部屋を出る。


「短い間だったけど、お世話になりました!」

「またいつか来れるかなー?」

「無理だろ。ここの生徒になるわけじゃねえし」


 ボールはラック達が居る部屋に目を向けると、その場から動かなくなった。


「名残惜しいのは分かるけど、行くわよ」


 言ったリンゴが先に進んでゆく。それをマルーとリュウが追いかけに行ったところで、ようやくボールもその場を後にした。

 階段を降り、寮の出入り口に向かえばおばちゃんが待っている。


「おばちゃーん! こちらお返しします!」


 一行は抱えていた制服をおばちゃんに手渡した。


「四人共、体験入学お疲れ様! なんだか随分長い間、ここに居てくれた気がしちゃうねぇ」

「おばちゃんってば、私達が居たのはほんの三日くらいですよ?」

「そうかい? ――とにかく! 皆有意義に過ごせたみたいで良かったよ。それと」


 おばちゃんは片手を口元に添えてマルー達に囁く。


「この学園を助けてくれて、どうもありがとね!」



 一行はお世話になったおばちゃんに見送られて学園に向かった。朝もや漂う道をずんずん進んでゆく四人だが。


「おーい待てよーっ!」

「置いて行ってしまうなんてひどいですわーっ!」

「ちゃんと私達に見送らせてよねーっ!」


 追いかけて来たのはラックとフロウにレティ。起きたばかりなのか、髪や服装が整っていない。


「三人共ごめんね。こんなに早い時間じゃ――」

「水くせえぞお前ら! 俺らは学園の危機を救った仲間じゃなかったのかー!?」

「わぁあぁー! だって、寝てるかと思ってぇえええ!」

「私達を気遣ってくれたんですわ! ラックさん落ち着いてください!」

「仕方ないわね」


 マルーにつっかかりるラックにレティの腕が伸びるとすぐさま十字固めが完成。やられたラックが降参を訴え、それを聞いたレティが腕を解き叱るという光景に、マルー達は苦笑する。このような具合で学園へ向かう道程はにぎやかになった。

 一行は校舎同士の連絡通路の下をくぐり、花壇とベンチに囲まれた噴水を通り過ぎ、大扉を開けて校舎へ入る。しばらく歩いてたどり着いたのは園長室だ。マルーが先頭に立って、園長室の扉を叩く。


「おはようございます! サイクロンズです!」

「どうぞ、入りなさい」


 許可を得たマルーは扉を開けて園長室に入ると、そこには学園長と、彼に向き合うルベンとローゼがいた。


「あれ? どうして先生二人がいるんだ?」

「それはこちらの台詞だ」

「何故レティさんもフロウさんもこちらに?」

「それはもちろん、マルー達が帰るからですよ」

「お見送りに来たのですわ。先生方もそうではないのですか?」

「そう、ですね! 短い間だったけど楽しい時間だったわ。ですよね、先生?」

「ああ。まあ、そうだね」


 困ったような素振りでラック達と会話する先生二人。彼らの会話が済む頃には、学園長がマルー達の前に立っていた。


「さて、サイクロンズよ。君達の活躍でこの学園の危機は免れた。改めて礼を言いたい」

「そういえばそうだ! 俺らちゃんとお礼言ってない!」


 声を上げたラックがマルー達の前に出ると一行に向き合った。それを見たレティとフロウも慌てながらも彼に続いた。


「俺らの勝手に付き合わせて悪かった。でも、お前らと出会ったおかげで俺らの仲間を助けられた。感謝してもしきれねえ」

「そうですね……皆さん、本当にありがとうございますっ」

「私からもお礼を言わせて。二人のクラスはもちろん、全体を元に戻せたのはあなた達のおかげ。どうもありがとう」

「そんな! お礼を言うのは私達の方だよ! ここで学んだ事が活きたから、三人の依頼を解決出来たんだよ?」

「みーんな魔法が使えるようになったもんねー」

「マルーが雷、リュウが風、ボールが治癒魔法。良かったわね!」

「ああ。それに俺は、この通り――」


 ボールが左手首をマルー達に見せる。そこには青い宝石があしらわれたプレート付きの、チェーンブレスレットが煌めいた。


「それってー、マルーとリンゴも付けてる、あれ?」

「ああ。俺もこれから新しい戦士として皆をサポートするつもりだ。改めて、よろしく頼む」

「こちらこそだよ! よろしくね、ボール!」

「あれは夢じゃなかったのね……あんまりあたし達の足を引っ張らないことよ?」

「それはこっちの台詞だっての」

「まあまあ二人共落ち着いて!」

「さて、もう話を進めて良いかな?」


 盛り上がっているところで学園長が一言。途端にマルー達は小さくなった。


「お嬢さん達に最後、一つだけ決めてほしい事がある」

「決めてほしい事、ですか?」


 マルーが聞き返すと、学園長はある人を指差してこう言った。


「処分の仕方だ。事件の元となった、ルベン君のね」

「処分って……?」

「彼にここを去ってもらうかを決めてもらいたい。教え子達を殺めかねない事件を起こしたんだ。たとえそれが、誰かにめられたからだとしても」


 言われたルベンの顔が曇る。ローゼもうつむいてしまった。


「ちょっと待て。学園長、誰かに嵌められたってどういうことなんすか?」

「そうだぜ学園長! そういう言い方じゃあ、誰かの仕業でルベン先生がああなったって事じゃねーか!」

「ラック君の言う通り。だが、その経緯がある彼を狙って、再度悪い者が接触してくるかもしれない。もしそうなれば再び学園を――教え子を危険にさらしてしまう」

「うーん……皆、どうしたら良いかな」

「さあ」

「そうね……」

「むー……」


 マルーが三人に問い掛けるも、出てきたのは曖昧な返事だ。マルーも答えを出せず、しばらく辺りは沈黙に包まれた。だが、それは一分もしないうちに破られた。


「俺は、嫌だぞ」


 声を上げたのはラック。唇をくっと結んで顔を上げている。


「せっかく勉強頑張ってみようと思ったところで、先生が先生でなくなるのは俺が困る! 俺にとってルベン先生が一番の師なんだ!」

「私も、今回の件が許されることでないのは重々分かっています。ですが、私に魔法の面白さを教えてくださったのは紛れもなく、今ここにいらっしゃるルベン先生なんですっ! 学園長、どうかルベン先生を辞めさせないでくださいっ!」

「それは君達だけの主張だろう。全員がそう考えているとは限らない」

「そんな……」

「なあ、ボールもリンゴも何とか言ってくれよ! 俺らの言い分も、先生に教わった二人になら分かるだろ!?」


 フロウの嘆願が玉砕され、今度はボールとリンゴがラックに嘆願される。彼が必死で訴える様を、何故か二人は目に入れようとしない。


「分からなくはないけど……」

「俺は学園長の方に賛成だ」

「は? ここに来て俺らを裏切るのかよ!?」

「俺だって、お前にとってあの人の支えが必要なのは分かる。けど残すことを決めてから俺達が去った後に、もう一度あの人が何かするかも分からねえ。だから悪いが、お前とフロウの意見を簡単には飲めない」

「つまりお前らは、先生のことを一ミリも信じられねーって言いたいのか」


 下ろした両手でそれぞれ拳を握ったラックは黙り込んでしまった。


「私が居なくても心配は無用のようだ」


 そんな彼の耳に聞き慣れた声が届く。顔を上げると、そこには穏和に口角を緩めたルベンがラックを見ていた。


「君の身を案じてくれる者が居ると知れて良かった。君に寄り添う者が居ると知れて良かった。それだけで私は、この学園の師として果たせた事象が在ったのだと、心から思えるよ」

「先生、何言って――」

「そもそも、学園長が私に信用を持てないという判断を下したからこの話が出たのだよ。一般的にも君の主張よりは、ボール君や学園長の意見に賛同が集まるものだ。そういうことですから学園長、私の事は……」

「逃げるんですか?」


 ルベンの話に割って入る声。その声の主は、あの夜対峙した時と何ら変わらない目つきで彼を捉えていた。


「あなたはあなたの身勝手で利用した教え子達に、何も償わないで居なくなるつもりですか?」


 そう言いながらレティが歩を進めてくる。向かう先に居るルベンは「思いも寄らない」とでも言いた気な顔だ。


「誰かに嵌められたからって言い訳で、仕方ないと済まされるって思ってるんですか? 危険な目に遭った教え子達にとって――その周りの人達にとって、あなたは私利私欲の為に生命いのちを粗末にする学園史上最低な師だと思われ続けるんですよ!? その事をあなたはちゃんと自覚しているんですか!?」


 直後鈍い音が立つ。マルー達の見開かれた目が捉えたのは、壁際にルベンを追い込んだレティが肩で息をしてそれから、膝から崩れ落ち、息をしていた肩が震える様だった。


 そんな彼女にラックとフロウは近付くと、同じようにしゃがんで身を寄せた。

 彼らに言葉はない。だが、端から見ているマルー達には分かった。仲間が仲間の為に立ち上がってくれたことを感謝しながら、過ちを犯した者に思いの丈をぶつけるまでの心労を憂えているのだろう、と。



「なあマルー」

「どうしたの、ボール?」


 不意に口を開いたボールが、考えたんだけど、と続ける。


「あの人に命を脅かされたから顔も見たくないって言う人はいると思う。けど一方で――前向きか後ろ向きかはさておき、学園の師として責務を全うするべきだと言ってる人がいるのも事実。だから俺はこんな案を出したい」


 語り出したボールに耳を傾け出した全員に向かって、彼は言う。


「今まで通りじゃなくて良い。せめて、ラックやフロウのような、授業を受けたい人だけを集めた教室を設けるんだ。これなら、レティが言った“償い”がルベン先生に出来ると思う」

「それって例えば、特別授業だけをやる先生になる、とか?」

「なるほど」


 ボールの案に沿ってマルーが出した一例は、学園長の口を開かせた。


「お嬢さんとボール君の案は、採用に値する」

「それじゃあ――!」

「ただし、謹慎期間はしっかり設けさせてもらうよ。これからも教え子を導いてもらう為には、己を省みる時間が必要だろうからね」


 そう言って学園長はルベンに向き直る。


「君は、私では補えない、君ならではの力を有しておる。それに自信を持ちなさい。そうでなくてはやがて――偽りの力であったり、人の圧力であったりと、他の何かに飲み込まれ、己が消えてしまうからね」


 そして大切なことは、と学園長は人差し指を上げる。


「己を取り戻せたのは、ラック君、フロウ君、レティ君。そしてローゼ君が、君がどんな状態になろうと信頼を寄せ続けていたからだということ」


 言われてルベンは振り向いた。そこでは四人が各々、穏やかな笑みを携えて彼を見ていた。


「こういう者達の存在に感謝しなさい。そしてこれからも、誰かが信頼し続けてくれる者でありなさい。良いね?」

「……ありがとうございます」


 深々と頭を下げるルベン。ここまでの話に満足したのか、学園長はサイクロンズに向き直り、さてと呟いた。


「これで、お嬢さん達には全ての問題を解決していただいた。これ以上この学園に留めるわけにはいかない」

「俺らで見送ります!」

「君達はもう始業の時間だろう。ローゼ先生――」

「はい! 三人共急ぎますよ!」


 言うなり彼女はラック達の背中を押して園長室から出そうとする。


「またな皆! 俺はいつでも図書館で待ってるぜ!」

「学園で、だろ? これからもサボるんじゃねえぞー」

「いつかまた手合わせしましょ! マルー! リュウ!」

「もちろん!」

「またねー!」

「皆さんっ! これからも頑張ってくださいね!」

「フロウもね! ラックもレティも頑張るのよ!」


 園長室の扉が閉まる瞬間まで、互いに手を振り合い、激励した。そうして室内は、四人と学園長とルベンだけになった。


「さて、ルベン君。お嬢さん達に渡したい物があるんだったかな?」

「渡したい物ですか?」

「……これなんだが」


 ルベン先生が懐から取り出したのは上物の小袋。受け取ったマルーが小袋を開けてみると、細く紅い宝石が中に入っていた。


「これは“神の雫”と言うらしい。私が飲まされた物だ」

「ルベン先生が飲まされたものってことは」

「すごく危険な物じゃない!」

「でも神の雫っつーの、どっかで聞いたことあるような……」

「あー」


 三人が考え込んでいるところにリュウが間延びした声を出す。


「確か、ミズキさんが読んでくれた本に、その単語出てきたよー?」

「あ! 後ろらへんで言ってたやつ!」

「そういえばそうね! あんた意外とやるじゃない」

「ってことは、七つの道具の一つってわけか。思いがけない収穫だな」

「どうやらお嬢さん達に役立ちそうだね、ルベン君」

「良かったです。君達になら、これを最適な使い方に導いてくれると信じているよ」

「はい! 必ず!」


 こうしてマルー達サイクロンズは、学園長とルベンに見送られ、園長室――そしてスペルク魔導学園を去ったのであった。


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