058話 深情の戦士・ボール


「ん……眩し……」


 ボールは強烈な光で目を覚ました。目を擦り、辺りを見回してみると、そこは寮ではなく、ただ白いだけの空間だった。


「どうなってるんだ? 上も下も、全部が真っ白って――」

「あ! ボールがいたよ!」

「ほら、やっぱりボールじゃない」


 状況を理解しようとしたボールに、聞き覚えのある声が届く。目を向けると、半袖Tシャツとスカートという見慣れた姿のマルーとリンゴがこちらに向かってきた。


「お前ら、いつ私服に着替えたんだ?」

「着替えたというか、起きたらこうなってたんだよね」

「あんたこそ、いつの間に着替えてるじゃない」

「俺は制服のまま寝たはず……?」


 リンゴに指摘されたボールは服装に目を向けると、学園に来る前の着慣れた姿に変わっていることに気付く。


「どうなってるんだ、着替えた記憶がねえんだけど? まさか俺、寝ぼけたまま着替えたりしたのか?」

「そんなわけないじゃない」

「健ったら変なの!」

「いやいや、変な場所で目覚めてる上に、自分がやったかも分からない着替えを変に思わないほうがおかしいって」

「悪かったのう。説明無しにこの場に呼び出してなあ」

「へ?」


 聞いたことのない声に振り返ったボールは、目に映ったそれによって言葉を失ってしまった。

 白銀色をした麒麟の顔に、目にも鮮やかな瑠璃色のたてがみを生やし、鱗を据えた長い胴体がとぐろを巻いて浮かんでいる。そんな生き物が、口から細長く伸ばしたひげを短い前足でいじりながら、マルー達を見下ろしていた。


「わしは聖龍。癒やしと水氷を司る守護生物ぞ」

「守護生物ってことは、フェニックスとキャニスと一緒の?」

「そう! わしは、黄の戦士・真理奈の守護生物と、赤の戦士・凛の守護生物と同じ役割を担っておるのじゃ」

「それってつまり、あなたが守護する戦士は――」


 リンゴの言葉でマルー達の視線は一人に注がれる。瞬間、マルーとリンゴの左腕が黄と赤にそれぞれ輝いた! 輝きは小さな玉となり、視線を注がれた本人の周りを時計回りに動き出す。動きは次第に速度を上げ、力強い輝きでその人を包み込んだ!




「……終わった、みたいね」

「うん。そうみたい」


 やがて光が収まると、マルーとリンゴは戦士の姿に転身を遂げていた。


「何が起きたんだ……?!」


 光に包まれていたボールはというと、空色のインナーに銀の胸当て、穏やかな海を思わせる色のジャケットを羽織り、雪のように白いボトムスに変わっていた。背後の腰に自身の武器が収められているのを確認した彼は、自然とそれに添えていた右手が革手袋を装備していることに気付く。その色は足元の革靴と同じだった。

 そうして視線が反対の手に移った時、彼の瞳めがけて青と銀が煌めいた。


「このブレスレットってまさか」

「えへへー。私達とお揃い!」


 マルーが差し出した左手首に、黄色い宝石がはまった銀のブレスレットがついている。このデザインは――宝石は青色だが、ボールのそれと一致していた。


「最後の審判を突破したようじゃのう。これでおぬしも五大戦士の一人に選ばれたわけじゃ!」

「よかったわね、あんたの頑張りが認められて」

「なんでお前は嫌そうに言うんだ?」

「そうだよリンゴ! 頼もしい仲間が増えたんだよ?」

「頼もしいは否定しないけど……」

「なるほどのう」


 言葉を濁すリンゴを察してか、聖龍がボールの耳に口を近付けた。


「どうやら彼女は、真理奈の事を好きなお主に懐疑的のようじゃよ?」

「は!? っ、え!?」

「ボールさーん? うるさいわよー?」

「どうしたの? 何かあった?」

「ちょっとした秘密をじゃよ。それはさておき、皆にお礼を言いたいとわしに伝えてきた者がおってじゃな」


 聖龍は自身の前足を手を差し出すように伸ばし、魔法陣を一つ展開すると、そこから羽根を広げた女性が出現した。その人を目にした三人は同時に「あ!」と声を上げる。


「「 装置に閉じ込められていた人! 」」

「俺が授業で出した女神!」

「皆さん覚えていたのですね。赤の戦士と黄の戦士、あの時は助けていただき、ありがとうございました。そして私を呼び出した少年、あなたの顔をもう一度見られてよかった。聖龍様に推薦した甲斐がありました」

「あなたが俺のことを?」

「うむ。彼女はわしが使役する者の一人で、聖水の保護を任せておるのじゃ。しかもその聖水は彼女にしか扱えない代物! この彼女が認めない限り一滴もやれないのじゃ!」

「と言っておりますが、実際のところ私は、聖龍様のお許しが無い限り魔法陣を通じて下界に降りられません」

「こらっ! せっかくお主をたててやったのに……!」


 小さな声で悪態をつく聖龍の口を、女神は片手の平でそっと押さえる。


「ですから私は驚きました。初見の拙い魔法陣に、聖龍様は降臨を許可されたのです。これを描いた主は優しい心を持つ女の子じゃ! だから行って来い! と」

「俺、女じゃないんですけど」

「戻った後に見た聖龍様の顔は血の気が引いていました」

「ひどいのじゃ! 何故信頼を欠く出来事を言いふらすのじゃあーっ!」


 小さな前足を上げ、胴体をこれでもかと伸ばして癇癪を起こす聖龍。そんな様子をくすくす笑いながら見ている女神。この場だけを見たら、女神が聖龍を使役していると言われてもおかしくない。


「聖龍様って面白いね!」

「親近感湧いたわ。というか仕方ないのよ、あいつが可愛い絵を描いたんだから」

「悪かったな絵心無くて」


 話が逸れたところで、女神が「ですが」と続けた。


「以来、聖龍様はあなたの様子を観察するようになりました。図書館や寮で学ぶ姿も、赤の戦士を始めとした同志の言葉で心が揺らぐ姿も、敵の手中にあっても機転を利かせたものの追い込まれてしまった姿も」

「全部見てたのか」

「うむ、おぬしの力を見極めさせてもらったぞ。真理奈達を支えるべくよぉーく頭を使っているのは始めのうちに分かったのじゃが、潜在能力を知らない様子は、あのミズキを思い起こさせた」

「ミズキってあの、ラビュラさんと一緒に居る人の事ですか?」

「その通り。以前のわしはミズキの守護生物じゃったからのう――ミズキは純粋に気付いていないだけじゃったが、おぬしは無理矢理蓋をしているようじゃった。しかし、真理奈が瀕死になって切羽詰まったその時に、凛や皆の言葉を思い出し、自ら可能性の蓋をこじ開けた。そうして振るう事が出来るようになった力は、彼女を呼び出すに相応しい、優しく暖かなものを感じ取れた。じゃからわしはおぬしに力を貸そうと決めたのじゃ」


 聖龍が語る内容に女神は相槌を打っている。


「これからも精進せい、えーっと……お主の名をまだ聞いておらんかったな」

「ボールです」

「いやいや、本当の名前があるじゃろう?」

「あー。望月健です」

「そうか、真理奈が時々言っていた“ケン”はお主の名前じゃったか!なるほどのう――」

「聖龍様、そろそろお時間です」


 関心している聖龍に声をかけた女神がマルー達に降り立つ。


「改めて、今回は私を助けて下さり、そしてあの場所に巣食っていた影を祓って下さり、本当にありがとうございました。ですが、影の力はこれから更に勢いを増すでしょう。もし私のような目に遭っている者や、似た現象に見舞われている場所がありましたら、あなた達戦士の力で必ず救ってあげてください。例え困難が降り注ごうとも、あなた達に存在する守護生物が力を貸してくれますでしょう。ですよね、聖龍様?」

「もちろん! わしの加護も加われば百人力じゃっ!」


 そう言う聖龍は全身から輝きを放っている。前足を、力こぶを見せつけるように曲げている姿は、強靭な存在だと伝えたいのだろうか。


「よろしくお願いします聖龍様! ほら、健もちゃんとよろしくしないと!」

「そうしたいのは山々なんだが、眩しくて姿が霞んで見えるんだよな」

「霞んでおるじゃと!? ならもっと光を放ってやるのじゃあー!!」

「ちょっと! これはさすがに眩しすぎよー!」

「聖龍様お止めください! このまま強い光を放ったら――」


 女神の牽制も虚しく、聖龍によって辺りが激しい光に包まれる! その発光は音波を携えて空間を揺らしたかと思うと、不意に静かになった。



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