057話 諸悪は明に滲み


「とにかく、お嬢さん達やラック君達が元気そうでなにより。私が時空魔法で寮まで送るから、今日はゆっくり休んでいなさい」


 ありがとうございます! とお礼を言ったマルー達一行は、学園長の計らいでその場から退去した。監禁されていた生徒をも魔法で送り届け、残るはローゼと、犯人であるルベン、そしてルベンにより意識を失ったアギーだ。



「さて、どうしたものかな」


 学園長が放った言葉を飲み込むようにローゼが口をつぐんだ。それから何も言わなくなった彼女を見て、彼は口元をほころばせる。


「君は自身の手を汚すことで彼を抑止していたのだろう? さらわれた教え子との向き合い方に免じて、君のことは水に流すつもりだよ」


 言葉に対しローゼはただ頭を下げるのみだった。その様子を背に受ける学園長は、片肘をついてルベンに治癒を施し始める。かざした手から放たれた光は眠気を飛ばすほどにまばゆく、いとも簡単に傷跡をかすめてしまう。


「……くっ、うぅ」

「お目覚めかね、ルベン君」

「が、学園ちょ――ごっ、がはっ!」


 ほどなくして目覚めたルベンは目を丸くしながらしきりに咳をした。喉を押しつぶしそうなそれはルベンの口を押さえさせ、がアッ! と一声。解放された口から、細く紅い宝石がころんと落ちた。


「君、それは?」

「……私が聞きたいくらいです。何故、飲み込んだものがここに?」

「どうやら忌々しい力のせいで、おらの力が追い出されてしまったようなんだな」


 不意に声がして、全員がその方向を見た。そこには倒れていたはずのアギーがしゃんと立っていたのだ。しかも、身体の所々から、ルベンが吐き出したものと同じ紅い宝石を滴らせている。


「その石はくれてやるだ。この世を創った神の血が混じったそれは、一つ飲み込めばみるみる力が湧いて出るだよ。お二人もどうだ? この通り、たぁーんまりあるから持っていくだよ、ほら」


 溢れ返る宝石を乱暴に掴んだアギーは学園長達に放り投げる。ローゼはそれらが当たらないように身をよじる一方で、学園長はそれらに構うこと無くただアギーを見やる。


「事の発端は君だったということかい?」

「何の事やら。この力を制御出来なかったルベン先生のせいでこうなったと違うだ? まあおかげで、おらのような崇高な人間じゃなきゃ“神の雫”は扱いきれないってことが十分に理解出来ただよ」

「ああ。私はこれを扱えなくて良かったと心から思うよ」


 言葉を返したのはルベンだった。彼も学園長と共に並び、アギーを鋭い目で捉える。


「私は常日頃、教え子を導き、魔導について理解を深めてゆきたいと望んでいるのは事実。ただしそれは、圧倒的な力で矯正するものとは違う。人には人それぞれの思考があり、信念がある。それらを私は理解し、分かち合うことで、その人と共に前進したいのだ」

「先生がそういうなら、何故おらの考えも理解して、分かち合ってくれないだ?」

「理解はしているつもりだ。人ならざる力で、他人の命を顧みず、ただ己を誇示する為にあらゆる魔法を使うのだろう? その上で私は、君の考えを採用しない選択をしたにすぎない」

「自分を知らしめる為に力を使って何が悪いだ!? この力さえあればこの世界はその人の思うままになるだ! そうしてその人の望みが達成される事の、一体何が悪いというだ!?」

「あーあー、また熱くなっちゃって、ケケッ!」

「君はお呼びでないと言われているのがまだ分からないのか、アギー」


 訴えるアギーに対していちゃもんが聞こえた拍子、背後から漆黒が二つ浮かび上がった。それらが腕に絡みつけば漆黒は消え、代わりに人間の両腕がそれぞれに現れた。


「こら君達! 急に現れるな!」

「僕だってこんな雑用したくないし? でもなあ、兄さん?」

「そうだな弟よ」


 アギーを拘束している“兄と弟”は外套がいとうを羽織っており、それのフードによって顔は隠れている為、学園長側からは彼らの正体が計れなかった。

 そうして警戒を強めてくる中で、アギーは面倒そうに両隣の彼らを見やっている。


「用件は何だ? 早く言うんだな」

「緊急招集がかかった」

「整ったんだ、僕達の舞台が!」

「……ついにその時が来ただな」


 呟いたきり、悪態ばかりだったアギーが静かになった。今の彼なら外套の二人に何をされても従いそうだ。


「どういう事かな君達?」


 黙ってしまったアギーに代わって発言したのは学園長だった。


「ケケッ、これはこっちの話。あんたには関係無いね」

「いいや弟よ、彼には真摯に対応すべきだ」

「どうしてだい兄さん? 歳食ったジジイなんかどーせすぐイっちゃうのに……言う価値ある?」

「だからこそ言うんだ。慌てふためき、不安に駆られ、成す術が無いと悔やみながら死んでもらいたいだろ?」

「それも確かに! さすがは兄さん!」


 弟があざ笑う中で、兄はおもむろに学園長の前まで歩み寄っていた。それから彼は片手を添えて、学園長の耳元に口を寄せる。


「カゲル様が封印を解錠なさった」

「な――っ」


 たじろいだ学園長をルベンとローゼが慌てて支える。その様子を見た兄は既に弟とアギーの下に戻っており、兄弟でくつくつと笑い合っていた。


「すごいや! 兄さんが言った通り面白い反応が返ってきた! あんなに驚かせられるなんて兄さんってば最ッ高!」

「趣味が悪いだよ君達。人の負の感情でもてあそぶなんて」

「狂信野郎のあんたにだけは言われたくないね、ケケッ」

「弟よ、無駄話はここまでだ。あの方の下へ帰るぞ」


 はいはーい、という弟の返事を待たずして、兄は背後に漆黒を生み出し、姿を消そうとする。


「さあ、偉大なる学園長先生は一体どう対処するつもりだろうな? この世界を僕らの影が飲み込むまで、せいぜい足掻き苦しむが良い」


 兄弟が不気味に笑う声も漆黒が飲み込み、その場には誰もいなくなっていた。


 一幕を見終え、たじろいでいた学園長が姿勢を正す。


「大丈夫ですか、学園長?」

「ああ、問題ないよルベン君。しかしながら、またしても熾烈な時代に突入してしまう――」


 どういうことですか? と質問するルベンを無視して学園長はその場を出ていってしまった。思いがけない行動に面食らうも、一緒に居たローゼが学園長に続いたのを目にし、自然とルベンの足も動いた。


「学園長先生、あの子達が言った“あの方”って、一体誰なのです?」

「君は連想出来ないかい? あの風貌や、移動のために生み出していたあの漆黒。それにローゼ君なら、あのお嬢さんを担当していたのだから難くないと思うんだが」

「彼女ですか」


 二人に追いついたルベンが呟く。


「彼女が放ってきた剣撃、うっすらですが覚えています。黄金の鳥を象っていて、まるで守護生物の一種であるフェニックスを思わせました」

「……そうでした。マルーさんは五大戦士の一人に選ばれているんでしたね」

「その通り。そしてその戦士達が倒す相手こそ、彼らが慕う人物だよ」

「まさか耳打ちされた内容って、その人物の封印が解かれたというものですか!?」

「だから学園長はおっしゃったのだな。熾烈な時代に突入してしまうと」

「本当はすぐお嬢さん達に伝えたいところだけどね」


 そう言いながら学園長は豪奢な扉を開け放つ。眼前に現れた広間の向こうから眩い光が差し込んでいる。その光の先へ階段を登っていくと、三人を朝日が迎えたのだった。


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