061話 二つ目の道具
「って事があってー」
「リュウの部活を見てたのが、その、友梨音さんって人だったんだね!」
「九月から登校して下さいって言ってたなら、転入生に違いねえな。でも、あの落ち着いた様子で中学生なのか」
リュウもとい竜也が、マルーとボールを交えて会話をしているここは、
「卒業生かと思ってたけど、一緒に勉強出来るかと思うとわくわくしてくる!」
「マルーったら、その人が同級生なんて、リュウは一切言ってないわよ。そんなに大人びてるならあたし達の先輩になるかもしれないわ」
「それでも体育とか、行事で一緒になるかもでしょ?」
「だとしても、大人なその人が、職員室で大声出しちゃう生徒と関わりたいなんて思わないでしょうね」
「もう! そんな風に言わなくても良いじゃんー!」
「君達は
ぷう、と頬を膨らますマルーのもとにミズキが苦言を呈しながらやって来た。するとリンゴがマルー達から距離をとった。
「今回のはあたし何にも関係ないわ! 一緒にしないで下さい!」
「また始まった。お前のその、人に
「言ってることは本当なんだから仕方ないじゃない。そっちこそ、変なことしないように気をつけるべきだわ」
「んだと――」
「何よ、言い返せないから拳で解決? お子ちゃまね!」
「だからその言い方が気に食わねえって言ってんだろ! それとも、痛い目遭わなきゃ気が済まねえのか?」
「そうしたいならすれば? なり立ての“青の戦士”って名前に傷がついちゃうわよー?」
拳を携え、じりじりと距離を詰めていくボール。彼が至近に来てもリンゴはすまし顔だ。一触即発の二人をマルーが抑えようとするよりも早く、白い手が両者の肩を掴んだ。
「こんな所で言い争って何になる? 元“青の戦士”から言わせれば、君達のそれは非生産的だ。分かるな?」
ボールとリンゴの肩を掴んだのはミズキだった。静かな声とは裏腹、掴む手や額からは血管を浮かばせている。当事者の二人はおろか、止めようとしていたマルーでさえ青い顔をしていた。
「皆お待たせ! 神の雫のことが分か……どうしちゃったの? 空気が重いわよ?」
「えーっと、お騒がせしちゃったから、ミズキさんが叱ったんです」
「あら、それはお気の毒さま。はいはーいミズキ、そのくらいにしてあげてー?」
蚊帳の外だったリュウが、やって来たラビュラに状況を説明すると、彼女は皆に向かって柏手を打った。それぞれの肩からミズキの手を離してあげ、ミズキをサイクロンズから遠のかせる。
「怖すぎかよ……」
「なんて人なの……」
「五大戦士の事になると、熱くなっちゃうんだねー」
「二人共、もう喧嘩はやめてね……?」
ミズキについて冷静に分析するリュウの隣で、マルーが恐る恐るボールとリンゴに尋ねている。二人は互いに顔をしかめているが、やがて黙ってそっぽを向いた――先程の体験は勘弁なのだろう。
「今度こそ皆お待たせ! 神の雫について分かった事を説明するわね!」
事が収まったのを見計らったように戻ってきたラビュラが、机から装丁古いあの本を手に取り、あるページを開くと朗々と読み始めた。
「神を模した像から流れ出たという、鮮血の如き結晶……それが神の雫。これを飲んだ者が願う通りに事が運ぶという効果から、発見された当初は“叶い薬”と呼ばれることもあった。だが、飲んだ人間は願いに全てを支配され、他人に災いをもたらし、終いには自身も滅びの運命を辿った――」
「そんなに恐いものだったんだ……」
「ルベン先生が飲んだ後の行動と、本の内容が一緒だな」
「止められて良かったし、止めた後の先生の判断があたし達に託すで本当に良かったわ」
「神の雫が出る像は、この本によると、並大抵の人間じゃ辿り着けない、神に近い場所に移設したってあるけど……あなた達はそこに行ったわけじゃないわよね?」
マルーはラビュラに、スペルク魔導学園でこなした依頼について話した。
「それは大変だったわね。それで、神の雫を先生に渡した人は誰だったの?」
「えっと……あれ? 誰だったんだろう」
「そもそもそんな話出たか?」
「役立てそうで良かったって話をして――」
「そのままお別れしたからー」
「手がかり無し!? それを渡した人が今回の真犯人でしょ!? なのに何にも聞いてないなんて!」
「どうしたんだラビュラ? またサイクロンズが何かしたのか?」
ラビュラのごもっともな意見に四人が返せなくなった所に、ミズキが再びやって来た。胸当てとマント、腰に剣を下げた、今にも戦いに出るような姿で。
「それは違うけど、この危険な雫を飲ませた犯人を、この子達は聞かずに帰って来ちゃったみたいなのよ」
「――なるほど、この手紙はそういう訳だったのか」
どういう事? と不思議そうにするラビュラを横に、ミズキは手紙を見返す。
「その手紙は誰からもらったんですか?」
「これはスペルク魔導学園長からの手紙だ」
「「 学園長から!? 」」
「君達サイクロンズに言い忘れた事を、私達を介して伝達してほしいとのことだ。ラビュラも聞いてくれ」
読み上げようとするミズキの顔は、先程ボールとリンゴを叱った時よりも険しい。その様子を感じてか、四人の顔も自然と強ばった。
「今回お嬢さん達に解決してもらった事の犯人は、カゲルの手下だった――」
“カゲル”という言葉が出た瞬間ラビュラは目を大きくする。ミズキはそんな彼女をちらと見たが、咳払いをして朗読を続けた。
「お嬢さん達を魔法陣で寮に送った後、手下の一人が私達の前に現れた。お嬢さん達に託した宝石を多く振り撒き、私達を貶めようとしたものの、後から来た手下二人に抑えられたことで事なきを得た。だが、その二人は私にこう言った。カゲルは、貴女方が施した封印を解錠した、と……」
朗読を続けるミズキの、手紙を握る両手に力が入っては、わなわな震わせている。
「この事案を急ぎ貴女方に伝える為走り書きである点と、新たな戦士であるお嬢さん達にとって最も重要な話を手紙で伝えた点を、ここに謝罪したい。直接的な協力が難しいところ恐縮だが、どうか貴女方とお嬢さん達サイクロンズに、武運があらんことを。――それと、君達宛にこれも入っていた。このナイフを使って構わないから、開けてみるといい」
読み終わったミズキは、手紙とは別の封筒をマルーに手渡した。学園章で
「これ、どうやって開けるの?」
「先端を封の隙間に差し込めば良いんじゃねえか?」
ボールのアドバイスに従って、マルーは封を切る。そこから出てきたのは写真の数々。記憶に新しいスペルク学園内の風景に写っているのは、四人がそれぞれ授業を謳歌している姿だった。
「あら! 向こうで体験授業してきたのね! だから皆魔力が強くなってるんだわ!」
「こんなに沢山、いつの間に撮ってたんだね!」
「この時に食べたトーストサンド、美味しかったなー」
「相変わらずリュウは食べ物に目がないのね……」
「うわ、俺が図書館行ってた時のもある。いつ撮られたんだ?」
「凄いわよねーこの学園。二四時間以内に専用の装置を通せば、当時の様子をこうやって用紙に収められるらしいのよね」
「この世界にもカメラがあるんですか!? 知らなかった!」
「カメラ? あの装置の名前はそう呼ぶの?」
「私達の世界だとそうですけど、こっちの世界で何て呼ぶかは――」
「ありがとうマルー! 私丁度その装置が欲しかった所なの! 名前が分かれば後は発注のみね! 早速連絡よー!」
「ラビュラさん待って――!」
マルーの静止も虚しく、ラビュラはさっさと姿を消してしまった。
「どうしよう。追いかけたいけど、どこに行ったか分からないし」
「昇降機の往復時間からして、追いかけるのは難しいだろう。マルーが気に病むことはない。さて、昇降機を待っている間、私から君達に頼みたいことを言おう」
こう言ったミズキが、写真を見終えた四人の前に立った。
「今から私と、隣国・ナチランまで同行してほしい。そこを治める姫が言うには、私達に確かめてほしい事があるという」
「何を確かめるんですか?」
「付近の森で、不審な動きが見られているそうだ。不測の事態に備えて君達も装備を整えてくれ。食糧と水分も忘れずに頼む」
「食糧に水分って、随分大掛かりなんすね」
「ああ。ここから姫の居城まで半日、森で不審な動きを追うとなると数週間の滞在を余儀無くされるからね」
「数週間ですって……!?」
「あの、飛空船は使っちゃ駄目なんですかー?」
「長い間飛空船を姫の所有地に置いておくわけにはいかない。それに君達以外の班も同行するぞ?」
「私達以外も居るんですか!? なら急いで準備しなくちゃ!」
「待てマルー。行くのは良いけどよ」
急ごうとするマルーを止めたボールが両手のひらを上にして肩まで上げるポーズをとった。
「俺達、食糧とか買うお金一切持ってねえぞ?」
「あ」
「確かにー」
「今までのあたし達、厚意にあやかってたから生活出来てたんだものね」
四人の話を耳にして、ミズキは考える仕草をする。
「今回の成果も、この前友人の頼みを引き受けてくれた事も、タダ働きのままにするのは良くない、か」
呟いた後、ミズキは懐から厚手の革製小袋を取ると、その中から数枚ものお札を出した。
「今の私はこれくらいしか持ち合わせていないが、我慢してくれ。食糧代としては充分すぎる金額のはずだ。準備ができたらファトバルの門前に来るように」
「ありがとうございます! 皆、フライトに戻って準備するよ!」
こうしてサイクロンズは、軍資金を握り締め、街を出る準備を始めるのだった。
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