062話 ファトバルで食糧を
一行は二手に分かれて準備を進めることにした。マルーとボールは自身の世界に戻って水の調達を。リンゴとリュウはもらったお金で食糧を調達することに。
「フライトで地図を確認した時、あの辺りが市場だったわよね」
「そうだねー。日持ちの良い食べ物を選ばないと」
「早く行きましょ。
「ほーい」
二人はいそいそと拠点から離れ、市場へ続く緩やかな下り坂を進んだ。白い建物でいっぱいだった坂道は、下りるほどに鮮やかな布の日よけが軒を並べるようになっていった。
「遠目で見てるだけでも、食べ物全部美味しそうー」
「あたし達は買い物に来たのよ? 観光に来たんじゃないわ」
「そうだねー。あ、あれ美味しそうー」
「ちょっとリュウ! 待ちなさいよー!」
と小ぶりの果物を指差しながらリュウはそれを並べている店へ駆ける。リンゴが慌てて追いかけた頃には彼と店主の会話が始まっていた。
「この街を出てすぐの林道で採れた木の実だよ。一粒食べてごらん」
「ありがとうございます。いただきまーす」
「だ、ダメよリュウ! 商品勝手に食べたらお金払わなきゃいけないじゃない」
「沢山あるから大丈夫。あなたも一粒どうぞ?」
「お店の人が言うなら……遠慮なく」
つまんだ木の実は、見た目や感触からさくらんぼに近い。これを二人は同時に口に含めもぐもぐ。
「……んっ!?」
「すっっっっっぱあぁあい!」
「あっはっは! 良い顔だよ二人共!この実は目が覚めるほどの酸っぱさが売りなんだ。長旅のお供や見張り兵の必需品になっているんだよ」
「……森の中を見張るから、買っても良いんじゃないー?」
「……あたし達の目的は、あくまで日持ちの良い食べ物よ。今回の買い物には合わないわ」
「日持ちの良い食べ物だったら、この裏に干した実があるけど?」
こう言った店主が二人に平かごを差し出した。そこには先程の実よりぐんとしぼんだものが綺麗に並んでいた。
「日持ちはしそうー」
「でもお腹いっぱいにするには厳しいわね」
「日持ちも腹持ちも良さそうな食べ物ねぇ。だったら、ここから左手に階段が見えるだろ? 降りた先三番目の店で知り合いが干し肉屋をしてるから、そこにあたると良いよ。この実を持ってれば察してくれるはずさ」
ほら、と店主が小袋いっぱいに実を詰めて投げ渡してきた。
「これ、もらって良いんですかー?」
「構わないよ! 見張り頑張ってね、旅人さん!」
二人はお礼を言ってその場を去り、教えてくれた階段へ向かう。目と鼻の先であるその階段は辿り着くことに時間はかからなかった。
「この階段、本当に降りるのよね?」
「そうだよ? ……行かないのー?」
リュウに催促されるリンゴは進もうとしない。降りた先が建物によって日陰に覆われているのに加え、市場の喧騒と打って変わった静けさも相まり、足を踏み入れることにためらいを覚えるのだろうか。
「行かないなら、僕が先に行こうか?」
「べ、別に行かないなんて言ってないじゃない!せっかく教えてもらったんだから、ちゃんと見に行くわよ」
と口では言うものの一向に動かないリンゴに、リュウが声をかけあぐねているところだった。
「失礼します」
と声がして二人は反射的に振り返り、道を譲った。声の主は一礼して二人の間を通過。長い黒髪と白いワンピースをなびかせながら階段を下り、その足取りのまま日陰の道を歩いてゆく。
「この世界に黒髪女子なんて居たのね」
「うんー」
「あんなザ・普通! な女の子がフツーに歩いていったとなれば、安心して通れる道に違いないわね。行きましょリュウ」
と言ってリンゴは、ほんの数秒前はためらっていた階段を足早に下りていく。ボールなら「何だそれ」と言いそうな根拠を胸に彼女は進む一方、リュウは未だにその階段を下りない。顎下に手を添え、何かを考えているようだ。
「ちょっとリュウー! 早く来なさいよー!」
「わ。ごめんー、ぼーっとしてた」
「そんなの見て分かるわよ! さっさと買って、マルー達と合流しましょ!」
すっかりいつもの調子のリンゴに急かされて、リュウは階段を下りる。こうしてやって来た階段下はその先、道なりに小さな店が所狭しと並んでいた。あの時店主に教えられた通り、ひとつふたつと数えながら三番目の店まで歩くと、そこには先程道を譲った少女が店主と話していたのだった。
「そうか、それは楽しみじゃないか。その人達も困らないように! ほら、普段より多くしといたぞ」
「もう、またおまけしたんですか? そんな事ばかりしているから、商売あがったりなんですよ?」
「誰から聞いたんだその話は……気遣いは嬉しいが、もっと自分や仲間の方に気ぃ遣えよな。ほら、次の客が待ってるから行った行った!」
話の流れに乗じて干し肉屋の店主がリンゴとリュウに目を合わせてきた。誘導されるように店の目の前へ歩み出る二人と、買い物が終わった少女とが再びすれ違う。瞬間にリンゴと少女が会釈して通り過ぎたものの、リュウはその後もぼーっと少女を目で追っていた。
「リュウ? 失礼でしょ、初対面の――それも女の子をじーっと見て」
「……何だか、初めて見た気がしないんだよねー」
「ああいう子の方があたし達にとって馴染み深いだけよ」
「へー馴染み深いか。知り合いなのか?」
と商品棚上に設置された板に身を乗り出し、店主が二人の話に入り込む。
「いえ、ここに来る前にすれ違っただけです」
「そうかい。……見た所歳近そうだし、また会う機会があれば仲良くしてやってくれ」
「は、はあ」
「それで? この店に何の用だい?」
店主が、話題を変えるように板に乗せていた腕を組み換えた。リンゴが思い出したようにリュウの肩をつつくと、リュウも思い出したようにもらった木の実を店主に見せる。
「僕達、この木の実を売ってた人にここを紹介してもらったんです」
「日持ちも腹持ちも良い干し肉を売っているって聞いたので買いたいんですけど、このお金で四人分を何日分買えますか?」
「――そのお札一枚で一人十日分ってところだね。用意するかい?」
お願いします、と言うとすぐに店主は店の裏へ入っていった。程なくして持ってきたのは、干し肉を包んだらしい四つ分の一枚葉だ。
「開けて確認しても良いですか?」
「構わないよ」
リンゴは一包両手で受け取り、葉を広げると、顔面に収まる程の大きさに切り揃えられた干し肉が十枚入っていた。
「これってこのまま食べられるのかしら」
「しっかり干してあるから心配いらないよ。でも火で炙るのも美味いから、変化が欲しくなったらやってみると良い」
「ええ、やってみます。じゃあリュウはこれを持ってて――」
とリンゴはリュウに干し肉を持たせてから支払いを済ませ、毎度あり! の言葉を背に二人は干し肉店を去った。
「お店の人、ぶっきらぼうだったけど優しくて良かったわ。これで食糧が調達出来たから、待ち合わせ場所でマルー達と合流するだけね」
階段を上り、先程の市場を抜ければ、シティ特有・白い建物ばかりの景観に。一番大きな通りまで出ると、頭上に看板が数種類。それぞれが行き先と共に進行方向を指し示していた。
「待ち合わせ場所は確か、門の前って言ってたわよね。どっちがどこに繋がってるのかしら」
リンゴが看板に目を凝らすと、この世界の文字が見慣れた文字に変わってゆく。目的地である門は、大通りを下ると辿り着くようだ。道が分かったリンゴが歩こうとした時だった。
「おーいリンゴー! リュウー!」
上方から名前を呼ばれて振り向くと、大きなバッグを背負ったマルーと、円柱形の物体を手にしたボールが立っていた。リンゴ達を呼んだマルーが大きく手を振り、それからボールと共に坂道を下ってくる。
「二人共荷物重そうね」
「当たり前だろ? 滞在数週間ってなるとこいつらでさえ足りなくなるくらいだ」
「ボールには部活で使ってるジャグに、私はペットボトルに、いっぱいお水を入れてきたんだ!」
ほら! とマルーがバッグの中を開けると、水が入った2リットルペットボトルがこれでもかと敷き詰められていた。
そして彼女がジャグと呼んだ円柱形の物体には蛇口が付いており、ボールが持ち手を頻繁に持ち替えている様子から、水はたんまり入っているように感じる。
「それで、リンゴの方はどうだった?」
「十日分しか買えなかったわ。ね、リュウ……リュウー? ねえってばーっ!!」
「うわぁあぁ~やめてよゆすらないでー」
「いくら呼んでも反応しないんだから当然でしょ!」
「だな」
「あはは……」
やり取りにマルーとボールが苦笑いしていると、その渦中に居たリュウがその二人を見て静止する。
「あれ? 二人共、いつから居たのー?」
「え……さ、さっきだけど?」
「さすがにぼーっとしすぎだぞ」
「本当よ! さっきすれ違った女の子に見惚れてからずーっとコレなんだから!」
「女の子に!?」
「見惚れてただと? あのリュウが?」
「あのー、何の話ー?」
「もう! 何かややこしくなってるからこの話は後! 先にミズキさんが待ってる場所に行くわよっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます