006話 そして初仕事へ
「わあ! 白い砂でいっぱいだよ!」
ファトバルシティを発ってからのマルーは、延々と飛空船フライトの窓に張りついている。そこから望める景色はすっかり砂色に変わっていた。
「もう少しかしらね、目的地まで」
横にやって来たリンゴにマルーは、そうだね! と答える。
「早く着かないかなあ? 初めての仕事、わくわくしちゃう!」
「あたしはちょっと心配。ちゃんと戦えるかしら?」
「大丈夫だよ! 皆で力を合わせれば!」
「と言ってもなあ」
と、女子二人に割って入るように呟いたボールが、リンゴを見て顔をしかめる。
「お前、あの時もらった武器でどう戦うんだ?」
「決まっているじゃない。魔法で戦うのよ」
「それ、出せる保証あんのか?」
「あるわよ! きっと……多分……」
「多分じゃねえだろ。もし魔法出せなかったらお前はっきり言って“お荷物”だぞ」
「お、お荷物ですって!?」
「大丈夫だよリンゴ! 出せない間は、振り回したり叩いたりすれば!」
「それのどこが魔法使いなんだし」
淡々と反論するボールに向かって、リンゴは顔を真っ赤にし、今にも噛みつきそうだ。ぴんぽんぱーん――と、拍子を抜くようなチャイムが鳴り響いたのもこの時だった。この後すぐに、ほいほい皆さーん、と、これまた拍子を抜かすほど間延びしたリュウならではの声が三人に注がれる。
「間もなく、目的地に到着しまーす。揺れるかもしれないので、手すりにつかまっていて下さーい」
「お、もうすぐか」
せいぜい頑張りな、とボールがマルーとリンゴの元を去ってゆく――この場の炎上はどうやら避けられたようだ。
「とにかく凛、頑張ろっ! 健の言葉は気にしないでさ!」
「……そうね。ありがとう、マルー」
怒りも収まったようだ――穏やかに応えたリンゴを見て、マルーは一人安堵するのだった。
やがて砂の海に着陸したフライト。辺り一面砂だけの景色に、支度を済ませたサイクロンズが降り立つ。前方にはたった一つ、石造りの建物が鎮座していた。
「あれだな、調べる遺跡っつーやつは」
「皆降りた!? さあ早く! 依頼人さんが待ってるよ!」
「あっマルー待ちなさい!」
「置いていかないでー」
「……あいつ、もうあんなに小さく見えるぜ」
呆れ果てるボールと、必死に後を追うリンゴとリュウを気に留めないまま、マルーは我先にと駆けてゆく。そして彼女の目が遺跡の入り口を捉えると、遺跡に向かって大きく手を振り、すいません! と叫んだ。
「ミズキさんの代わりに来ましたー! サイクロンズの、マルーといいまーす!」
マルーが手を振る先に居るのは、まさに“探検家”といえる身なりの青年だった。
「はじめまして! よろしくお願いします!」
青年の前に立ったマルーは、 満面の笑みと共に手を差し出した。青年は目を丸くしていたがやがて、何かに気付いたように、そうか! と口にした。
「君達が一番初めに結成されたチームなんだねなるほどー! よろしくよろしくー!」
青年がマルーと握手を交わす。ぶんぶんと、握った手を振る様子は、後から来る三人にも分かる程の手厚い歓迎ぶりだった。
「いやいやびっくりしたよ。こんなに幼い子がやって来るだなんて。見たところ君は……新しい黄色の戦士だね!」
「はい――ってどうして分かるんですか!?」
「そりゃあもちろん、左手首の装飾品を見れば分かるよ。ミズキさんもそれを付けていたしね」
マルーは言われて、ブレスレットに目をやった。
「その細長いプレート。中心で黄色い宝石が輝いているだろう? それが、どんな五大戦士なのかを解き明かす手がかりさ」
「すごいです! 何だか探偵さんみたい!」
「そのくらい頭が柔らかくないと、探検家は勤まらないってわけ!」
マルーが喝采を送ると、青年は軽快に笑ってみせた。
「ところで、君の職業は剣使いのようだけど。君のチームの中に魔法使いはいるかな?」
「魔法使いですか? ……あの子です!」
ほう、と一言。マルーが指差した方向へ、青年は歩いてゆく。
「皆ー! 依頼人さんが行ったよーっ!」
マルーの声で三人が人影に注目するがそこにちょうど、砂混じりの風が通った。
「ちょっと何よ! これじゃあ先が見えないわ!」
リンゴが片手で砂を払った時、その手が何かに触れた!
手首から感じる熱さの正体は、依頼人である青年の角張った手だった。中学校では見られないたくましさとは裏腹、彼女を見つめる瞳には幼さが残る。相手にしっかりと目線を合わせる様には誠意が伺える。
リンゴはいつの間に、彼にかけようとした言葉を忘れて固まってしまう。だが、彼女の硬直は、青年のわざとらしいため息でほどけていった。
そうして彼はリンゴに背を向け、マルーの方へ戻ってゆく。
「あの! どうでしたか、リンゴは!?」
「どうもこうも言えないよ。あの子からは全く魔力を感じられない――今すぐチームから外れてもらうと良いよ。五大戦士の君にあの子はふさわしくない」
「そんな! リンゴは私にとって大切な親友で――」
「仲の良さよりも実力が重要。君は世界を護る使命を背負っているんだ。だから今すぐあの子を――」
そんな意見に、ちょっと! と割り込んだのはリンゴだった。青年に杖を向け、強気の姿勢だ。
「初対面のあんたに何が分かるのよ! 失礼だわ!」
「魔力無しの魔法使いが、五大戦士と一緒に居ることの方がよっぽど失礼だ」
「な、何ですって!? 」
「それにその杖。どこでどう手に入れたか知らないけど、君みたいな子が持つ物じゃない」
「この杖はミズキさんからもらったものよ! 文句があるならミズキさんに言ってくれる!?」
「ミズキさんがくれた、だって?」
「ええそうよ。この杖はもちろん、皆が持っている武器は全部! ミズキさんがくれたものなんだから!」
「――なら、話は変わるね」
と、青年はリンゴに背を向け咳払い。
「僕の名前はエン。こう見えて、火の魔法を得意とする
青年――エンはサイクロンズに向き直り、胸を張る。
マルー達三人は上々な反応だが、リンゴは顔をしかめたままだ。
「とその前に、今回頼みたいことを話さないとね。
単純にいうと“僕の護衛をすること”なんだけど、遺跡の中は暗いから、どこから敵が現れるのか分かりにくい。それに迷子にもなりやすいんだ――」
だからこそ! とエンが勢いよく頑丈そうな木の棒を取り出す。
「もしかして“たいまつ”ですか?」
「そ。これに魔法で! 火をつける」
言葉と共にエンがぱちん!と指を鳴らすと指先で赤々と何かが揺らめいた。
「わあ! 指から火が出てる!」
手品を見た観客のような目をするサイクロンズ。エンは指にまとった火でたいまつを灯した。
「これが魔法の一種“ホノオ”さ」
「名前そのまんまだな」
「でもかっこいいよ! これにリンゴが挑戦するんだね!」
マルーが振り向きざまに投げかけた言葉をリンゴは拾わなかった。彼女は杖を両手に握りしめたまま、たいまつに宿ったホノオを凝視している。
「ははっ、相当驚いたようだね。……さあ、準備はばっちりだ! 出発しよう!」
これを合図にエンが遺跡へ足を踏み入れる。マルー達も気合十分にエンの後ろをついてゆく。ただ一人を残して。
「あれが、あたしがやろうとしていること――」
いとも簡単に火を出したその人に、五大戦士――マルーと一緒にいることは失礼だと言われてしまった。力がない、とも言われてしまった。このままじゃボールが言った通りの“足手まとい”になるじゃない――!
「――ゴ? ねーねー、リンゴってばー」
リンゴの耳に不意に呼び声が入る。顔を上げると周りには誰もおらず、リュウだけが遺跡の入り口に立っていた。
「ぼーっとしていたけど、大丈夫ー? 早く行こうよー」
「……何よリュウ。大丈夫よ、すぐ行くわ」
こうして、サイクロンズ結成後初めての依頼が始まったのだ。
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