007話 遺跡を征く



「エンさん! さっき言っていた“魔法の極意”って何ですか?」

「ん? ああ、そういえばそんな話をするんだっけね……」


 遺跡を奥へと進んでゆく、サイクロンズと依頼人のエン。少し間を置いたエンが立ち止まり、サイクロンズを前に話を始める。


「簡単さ! 想像することだけ!」

「そんなあっさりで良いんすか? 信じられねえな」

「そう言わずにやってみるんだ! さあ! こんな風に、まぶたを閉じて――」


 両腕を大きく広げ、さも当たり前のようにまぶたを閉じている。その様子を目の前で見ていたマルーは、瞳を輝かせていた。


「皆! とにかく師匠の言う通りにやってみようよ!」

「おいマルー師匠って――」

「やってみないと、分からないこともあるよー、ボール」

「そう言われてもなあ……」

「あたしはやるわ。リュウの言う通り、試してみなきゃ分からないこともあるもの」

「そうそう! 見かけ倒しな魔法使いの言う通り、何でもやってみないと!」

「余計なことを言わないでくれません? あたし、今から集中するんです――」

「よーし私も!」

「僕もー」

「……勝手にやってろし」


 こうして、ボール以外の三人が、エンと同じようにまぶたを閉じるのだった。


「ほらほらほら! キテるだろー? 胸の中で、ふつふつと燃える何かが!」

「……そう言われると、何かがキテる気がします!」

「僕にも何かキテるかもー」

「その調子だ二人共! さらに来るぞ! ぼわあああっと!」

「ぼわああっ!」

「ぬわあーっ!」


 マルーとリュウから気合を込めた一声!


「……」

「何も起きません、師匠」

「ダメでしたー……」

「だろうな。そんなことで身につくなら誰も苦労しねえだろ」

「な、何を言う! まだあの魔法使いが残っているじゃないか!」

「リンゴ、すごい集中力だねー」

「気のせいか? あいつの雰囲気が違うような」

「ん? そうかな?」


 しばらく続く沈黙の時間。リンゴは目をつむったまま微動だにしない。


「全然動かねえな」

「この様子は……どこからか、強い魔力を感じているのかもしれないね」

「本当ですか!?」

「……あくまで“予想”の話だけどね」

「予想、ですか――」

「でも、もしエンさんの言う通りだったら、リンゴは素質があるってことじゃなーい?」


 そのような話をしていたリュウがリンゴの顔を覗き込んだその時、彼女の目は、がっ! と開かれ杖を掲げた! 至近にいたリュウが思わず尻もちをつく。


「ああもう! 全っ然分かんない!」


 盛大に叫んだリンゴは、ぺたん、と地べたに座り込んでしまった。


「残念だなあ。僕の予想は外れてしまったようだね」

「何ですか予想って?」

「俺もどうやら勘違いしていたらしい」

「何よ勘違いって!」

「うう……エンさん、そろそろ行きましょー」

「そうだそうだ。すっかり本題を忘れるところだったよ」


 エンが再びサイクロンズの前を歩き出す。


「ちょっと! 一体どういうことなのか教えなさいよ! 」


 リンゴの訴えもむなしく、落胆混じりの息を吐いたボールと、腰を上げたリュウが、リンゴの横を通り過ぎてゆく。


「ふふっ! 皆、リンゴのことを応援しているみたい!」


 無邪気に笑いかけたマルーも、エン達の後に続いた。


「あんな態度のどこが応援なのよ……」


 疲れ混じりの息を吐いたリンゴも、全員の後を追いかけるのだった。




 それからの五人は、似たような廊下と下り階段を延々と進んでゆく。


「――おや、どうしたんだい?」


 そこで突如、先頭を歩いていたエンをマルーがさえぎる。


「見られている気がするんです」

「ふーむ。そうかな?」

「とにかく師匠、警戒していてください」


 言いながら剣の柄を握るマルー。


「皆も気を付けて。どこからか敵が現れるかもしれないから」

「そんなことを言われても、見当たらないわよ敵なんて」

「決め付けるのはまだ早いと思うぜ」

「うんうん。気をつけなきゃー」


 こうしてサイクロンズは、自然とエンを囲うような体勢に。


「おお。こういう姿勢をされると緊張感が出るね」

「軽いノリみたいに言わないでくれませんか?」

「はいはい。見かけだけの魔法使いさん」

「だからあたしはそんな……!」


 言いかけたまま口を開け放つリンゴが、エンの頭上を指差す。


「おや、一体どうしたんだい?」


 エンの声かけに答えないリンゴ。彼女の震える指が差している方向に視線を送ってみる――。


「おっと、あれはオオコウモリ……」


 視線の先では、赤く目を光らせる“オオコウモリ”が忍んでいたのだ。


「心配はないさ。あの距離ならよっぽどのことがない限りは襲ってこない。皆、そおっと立ち去るんだ」


 マルー達は、エンの言う通り、ゆっくりと歩を進める。


「待って、皆!」


 しかし、歩いている途中で背後から聞き慣れた声が聞こえた。


「あ、あたし、腰が、ひけちゃって……!」

「――大変! リンゴ、今行くよ!」

「おい待てマルー離れるな!」


 その場から動けなくなっていたリンゴに向かっていち早くマルーが駆け出した。ボールの言葉に構うことなく彼女は来た道を戻っていったその時。


「いけない! 伏せるんだ二人共!」


 マルーがエンの轟く声に振り返った瞬間、上空にいたはずのオオコウモリが二人に急降下!


「うわっ!」

「きゃああ――!」


 マルーがとっさに頭を下げると同時にリンゴの悲鳴が響く。慌てて顔を上げたマルーが悲鳴の方へ向くと、そこにいたはずのリンゴがいなくなっていた。


「あれ――リンゴ!? どこに行ったの!?」


 辺りを見回すマルーに、オオコウモリが狂った飛行で突進してくる。辛うじて避けたマルーだったが、オオコウモリはすかさず全員を捉えると、めいいっぱいに羽をはためかせ突風を巻き起こした。


「これは、ヤバいぞー。あのオオコウモリ、相当怒っている」

「倒すべきですか!? あいつ!」

「ああ頼む!」

「でも、風が強くて、進めないですよー!」

「このままじゃ飛ばさああああれええええええええーっ!」


 突風にあおられたマルーがたちまち宙返り! 床を転げ落ちてゆく。


「マルーっ……大丈夫か!?」

「大丈夫! ここからが勝負だよ!」


 マルーが出来る限りの低い姿勢で突風へ向かってゆく。エン、リュウ、ボールの足元を抜け、オオコウモリの目の前に飛びかかり一太刀!


「いいぞマルーちゃん! 良い斬撃だ!」

「ふう。助かったぜ。おかげで敵の動きが止まった」

「ありがとうねー、マルー」

「さあ! 反撃だよ!」



 こうして三人は、弱まったオオコウモリへ一気に攻め込み、見事勝利を治めるのだった。


「すごいよ君達! 見事な戦いっぷりだ!」

「一緒に戦うのは初めてだったけど、上手くいったね!」

「何とかなるもんだな」

「だねー」

「にしても、あいつはどこにいったんだ?」

「そうだよ! リンゴ、急にいなくなっちゃったんだよ!」

「そういうときは大抵ね――」


 と切り出したエンが三人の前へ。辺りをうろうろ歩き始めた。

 やがて彼は、ある場所でしゃがみ込み、床や壁にくまなく触れてゆく。このような光景が、三人には不思議で仕方がなかった。


「――む。怪しい壁を発見したぞ」


 そうしてある壁の前で手を止めたエン。壁に触れている手に力を加えてみるとなんと、壁は扉のようにあっけなく開いたのだ!


「すごい! 道が出来たよ!」

「彼女はきっと、何かの拍子でこの、壁に扮した扉を押してしまったんだね」

「この先は何が続いているんでしょうか」

「普通は罠だったりするんだけど……」


 そう言いつつ、エンがたいまつを振りかざす。マルーはその光を頼りに扉の先を覗き込んだ。


「……あ! 階段が続いている!」

「なら安心だね。マルーちゃん、この先に行ってみるかい?」

「もちろんです! 行きましょう!」


 こうしてマルー達は、消えたリンゴを探しに、隠し階段を下りてゆくこととなる。


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