005話 歓迎のフライト
「わあ……!」
「素敵ね!」
「眩しいな」
「おおー!」
マルー達は、始めに景色を見た時と同じように目を見開いた。
扉の先で待っていた部屋は、四人で使うにしてはもったいないほどの広さを誇っていた。壁の半分以上を占めるガラス窓から、太陽と海とで織りなす光を一身に取り込んでいる。
「さあて皆! 早速だけど壁に手すりがあるから――って皆聞いてる!?」
ラビュラの話よりも、彼等は部屋の真新しさに夢中のようだ。
無理もないか、とラビュラは呟くと、部屋の一番奥へ足を運んだ。彼女はガラス窓の前にぽつりと置かれた上等な椅子に座ると、その目の前にある機械を操作し始めた。
「……あれ? ラビュラさん、何をしているんだろー」
そんな彼女の行動に一早く気が付いたリュウ。その後に気付いたボールが「あ」と声を漏らした。
「そういやあ、ここに入ってすぐ手すりを掴んでおけって言っていたような――ん? 傾いてきたぞ」
ボールが勘付いた通り、部屋はあからさまな機械音を立てながら徐々に傾いてゆく。この傾き様にマルーとリンゴも気付いた様子だ――二人で肩を寄せ合っている。
「あなた達準備は良い!? もうすぐ飛ぶわよ!」
「と、飛ぶんですか――!」
「発進っ! 」
ラビュラの掛け声で、部屋に向かい風のような圧がかかった!
「うわあああああああーーーーー!!」
がだん! ごろん! と、ラビュラの後ろで物音と悲鳴が巻き起こる!
「皆ー!? 大丈夫ー!?」
「目が回るよおー!」
「世界がぐるぐるだー!」
「ちょっとの間、辛抱しててね――!」
ラビュラはハンドルを思い切り引いた! それから少しずつ部屋の圧が弱まるのを肌で感じながら、ハンドルを徐々に押し戻し、斜めになってしまった部屋を水平にするべくそれを僅かに傾ける。
どうにか部屋を落ち着けたラビュラが、全身に入った力を抜くように息を吐き出した。それから振り返った彼女の目には、無造作に横転しているサイクロンズが映ったのだった。
「大丈夫じゃなさそうね」
「もう! 何なのよお!」
「気持ち悪ぃ……乗り物に酔ったみてぇな――」
「あら、察しがいいわね」
「どういうことっすか――吐きそう――」
「吐くなら外でしなさい。適当な窓を開けていいわ」
的確に看病をするラビュラにより、部屋が平穏を取り戻したところで、事の発端のラビュラが胸を張る。
「この部屋のすごいところは景色だけじゃないのよ! この部屋は――」
「うをおっ! 下! 下白いぞ!」
話の途中でボールの声がこだまする。
彼の元に集合した三人が見たものは……見渡す限りの雲海と、宇宙に届きそうな程の青空だった。
「すごいすごい! 大空だよ!」
「見晴らし最高じゃない!」
「そうでしょう? この部屋は世界中を飛び回る“飛空船”でもあるの。こんな最高の部屋を貸してもらったあなた達ならどんな街でも飛んで行けちゃうってわけ!」
「驚いちまって俺、酔いが吹き飛んじまった」
「良かったねーボール」
「――ラビュラさん! この飛空船に名前はありますか!?」
「いいえ。ないわよ?」
「それなら私、この船に“フライト”って名前をつけます!」
「……ふふっ! 良いわよ、構わないわ」
「やったあ! よろしくね、フライト!」
そう言ったマルーは笑みをこぼし、床をさすり始めた。
「本当に面白い子なんだから――それじゃあ皆、こっちに来て! ローブン一周の旅を始めるわよ!」
ラビュラは飛空船“フライト”の前方にサイクロンズを集合させると、彼女は先ほどの椅子に腰かけた。椅子の前の機械には、ハンドルやメーター、レバーなど、操縦に関する器具が取り付けられている。ラビュラはそれを慣れた手つきで動かしていき、フライトを少しずつ降下させていった。
そうして雲海を抜けたフライトは、眼下に大陸が見える位置まで降りてきた。青、緑、黄土色など、大自然の色や大陸ごとに違う街の色達を、ラビュラは丁寧に説明してゆく。
目に映る景色に圧倒されるばかりのマルー達だが、ある者はそんな光景に目をくれることなく、ハンドルさばきを延々と焼き付けていた。
「そんなに見られると集中出来ないわよ、リュウ」
「あ、ごめんなさい――」
そう口にするリュウだが、ラビュラの一手毎に、彼は熊のような声を上げる。
「……そうね。今から自動運転に切り替えるから、あなたに操縦方法を教えるわ」
言われて頷いたリュウの背筋が、ぴん、と伸びる。
緊張しなくて良いわよ、と声をかけながら自動運転の操作を終えたラビュラは、リュウに席を明け渡した。
それからの操縦はリュウに握られた。彼の姿勢と、ラビュラの指導で着実に上達させていった彼はやがて――。
「着陸、完了です……」
フライトは、無事、ファトバルシティに着陸した。
「お疲れ様! よく頑張ったわね」
「いいなあリュウ! 私にも今度教えて!」
「いいよー。これからの操縦は、僕に任せてねー」
ローブン一周の旅が終わり、皆がそれぞれ一息ついたところで、フライトの扉が叩かれ、開けられた。
「ラビュラ、サイクロンズ、お疲れ様」
「ミズキさん! ――荷物持つの、手伝います!」
扉を開けた者は、両手いっぱいに荷物を抱えたミズキだった。マルーはいち早く彼女の元へ行き、荷物を受け取った。
「見た目も大きさも全然違う――あれ? 何か書いてある。これにもあるし。こっちにも――」
荷物にはそれぞれ、英語にも図形にも見える筆跡があった。マルーが読もうとした瞬間、彼女の視界にかすみがかかる。
「――あっ! 私の名前だ!」
なんと、筆跡がマルーに分かる文字に変わったのだ。自分の荷物を見つけられたマルーは、その他の荷物をテーブルに放り出し、早速開封にとりかかる。
「おいマルー、誰がどの荷物か分からねえだろ。この世界の文字なんて読めね――お。こいつ読める! すげぇ!」
「あたしにも読めたわ!」
「僕も読めたー!」
それぞれの荷物を見つけたサイクロンズは、がむしゃらに包みを外してゆく。
「君達に合う武器を探してみたんだ。餞別と思って、受け取ってほしい」
「こいつ、すっげえ切れ味良さそう――しかも軽いぜ」
ボールが手にした武器は、洗礼さを感じさせる細身の剣。つばの中心で六角形に整えられた乳白色の宝石が輝いている。
「この玉の中、きれい……!」
リンゴの武器は、真っ赤で大きな宝玉を頭に付けた、木製の杖。
「皆見て見てー、こーんなに長いよー」
「――本当ね。この中では断トツの長さじゃないかしら?」
リュウの武器は、竜巻のような護拳が付いた槍であった。
「いいなあ皆、かっこよくて」
「お、マルー。俺と武器の種類一緒だな」
マルーは朱色の柄のありきたりな剣。刀身はボールが持つ剣より太いようだ。
「かっこいいじゃないマルー! あの時の剣とそっくりだわ!」
「そっくりじゃないよ! あの剣はもっとここがキラキラしてて」
「あの剣?」
「あらら。彼女が言っているのはきっとフェニックスソードのことね。……ごめんなさいマルー。あの剣がないと私が戦えなくて」
「そうですか……」
「そう落ち込むことはない。君達にはもう一つ餞別がある」
「もう一つですか?」
マルーが尋ねるとミズキがある封筒を差し出してくれた。受け取ったマルーが封を切る。中には数枚便箋が入っていた。
異世界の文字でつづられていたものの、先ほどのようなかすみがかかり、マルー達に分かりやすい文字に変わる……内容はどうやらミズキ宛てのようだ。遺跡探索を手伝ってほしい、というものだった。
「それは私の友人からの手紙だ。毎年そのように遺跡探索に誘ってくれるのだが、今年はこの組織のことがある――残念ながら私は探索に行くことが出来ない」
「ってことは、俺達にその探索を頼まれろっつーことか」
「そういうことだ。サイクロンズの初仕事だと思って、友人の頼みを引き受けてほしい」
結成してすぐに仕事がもらえるなんて――マルーの顔がみるみる華やぐ。
「行きます! 行かせて下さい! 皆、良いかな!?」
「あてもねえしな。行こうぜ!」
「そうね! 行きましょ!」
「行こーう!」
「ありがとう、サイクロンズ。探索が終わり次第、最上階の本部に来てくれ」
「期待しているわよ! 頑張ってね!」
こうしてラビュラとミズキを見送ったサイクロンズは、早速目的地へ発った。
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