039話 学園生活二日目 / 前編



 陽の光を浴びたスペルク魔導学園。その最上階に向けて階段を駆け上るはレティと、マルー、リュウの三人。


「レティは朝から元気だね」

「本当ー。僕、まだ眠いのにー……」

「二人共遅い! 早くしないと良い場所取られちゃう!」

「そうは言っても、さっき校門が開いたばかりだし――」

「開いた瞬間に魔法で移動する人がいるのよ! 私はそんな人達に場所取られたくないの!」

「だったら、僕達も魔法を使って――」

「そんな技術が私にないから急いでるんだってば!」


 早く早く! と、眠気で重いらしい二人の身体に声でむちを打つレティ。そうしているうちに三人は最上階の廊下を目前とした。


「良かった! 今日は一番ね!」


 言うなりレティが近くの実技室の引き戸をガラリ。刹那、彼女の勢いは急に失われてしまった。


「どうしたんだろうレティ」

「入らないのかなー?」


 マルーとリュウは彼女の背後からひょっこり顔を出した。二人が捉えた室内はただただ広い。その室内を満たすは清廉された風切り音。音の根源は青紫のトレンチコートをまとうなぎなたの持ち主だった。


「ローゼ先生だねー」

「うん」


 赤紫の髪を二つに高く結ったその人を見て、マルーは頷く。一方、レティは延々と繰り返されるローゼの突きを見たまま言葉を無くしているようだった。



 やがて、ローゼの動きがぴたりと止まる。しかし、流れる空気が緩むことはない。


「ふっ!」


 息を切ったローゼが足取りを刻み出す。動きに合わせて翻るコート。残像と共に踊り狂う切っ先。惜しみなく増える挙動が彼女を竜巻に変えて室内の圧を掻き乱してゆく。


「やあああああっ!」


 振り下ろされた刃と踏ん張った脚が床を震わせた。その体勢のまま、ローゼの荒い吐息が室内に響く。



「先生かっこいいーっ!」


 ふう、とローゼが緊張を解いたところでマルーが拍手と共に言い放った。


「見ていたのですか」

「はい! もうとにかく、ぐわあああああーーーって、すごかったです! どうしたらそんな風に出来るんですか!?」


 目を輝かせるマルーと、困ったように笑うローゼ。その光景を見たままレティは立ち尽くしていた。その場にいたままのリュウがレティの顔を覗いてみると、彼女はすっかり蒼白していた。


「どうしたのレティ? 大丈夫?」


 尋ねてみるも反応が無い彼女だが、空きかけの口元が何かを言いたげだ。


「保健室、行く?」

「――こわい」

「ん、何か言った?」

「えっ!?」


 肩をひくっと上げたレティが後ずさった先でがつ、と音が立つ。開けた引き戸の角に頭をぶつけてしまったようだ――レティがへたり込みながら頭をさする。


「レティ大丈夫!? 今大きな音がしたよ!?」

「私のことは、気にしないで! ちょっとぼーっとしちゃって!」

「珍しいですね。レティさんが上の空なんて」


 そうですか? とローゼに笑いかけたレティは姿勢を正す。


「さあ! せっかくだから今日は先生にいろいろ教えてもらいましょ! 朝から先生に会えるなんて滅多にないんだから!」



 レティの提案にマルーが手放しで喜んだ頃、学園内はちらほらと生徒を見かけるようになっていた。通園路も賑わいを増してゆく中、魔導専攻を選んだ二人はその路を抜け、フロウと共に昇降口へ差し掛かっていた。



「今日こそあんたに事件の情報集め、協力してもらうんだから」

「精が出ますね、リンゴさん」

「当然よ! こいつのせいで昨日の計画は狂っちゃったんだから!」

「悪かったって。もう騒ぎは起こさねえ」


 どうかしらねえ、とリンゴはボールに睨みを利かせながらこまねく。


「それにしても、あいつやっぱりいないわね」

「ラックさんですか?」

「そうそう。昨日あんなに息巻いてたじゃない? だからちゃんと学校に来るのかと思ったんだけど」

「図書館にでもいるんじゃね?」

「それだったら今までと変わらないわよ」

「そんな事ありませんわ。ラックさんはボールさんのおかげで変わってきていますよ?」

「そうなのか?」


 よく分かんねえけど、と頭を掻いたボールにリンゴは息をつく。


「まああたしはあたしの目で見ない限り絶対信じないんだから――」


 と言ったリンゴが教室の戸を開くと刹那、彼女は急に動かなくなってしまう。


「どうしたんだあいつ」

「中に入りませんね」


 行ってみましょうか、とフロウがリンゴの間を縫おうとした時だ。遅いぞ! と聞いたことのある声が飛んできた。

 出処は室内中腹。背もたれに片肘を置いては、囲ってきたクラスメイトと談笑していたラックの姿があったのだ。


「ラックさん!? いつこちらに?」

「開門してからずっといるぜ? 朝一の教室も悪くないな。図書館並みに集中出来て、ここなら絶対皆の顔が見れるしな!」


 ラックの頬が上がると、クラスメイトが朗らかな笑みに包まれる。そんな雰囲気を目の当たりにしたフロウも、そのようですね、と微笑んだ。


「リンゴもボールも突っ立ってねえで席つけよ? 朝の会始まっちまうぜ?」


 こう投げ掛けられたリンゴは目をぱちぱちさせたまま動かない。その横をするりとボールは通っていった。


「あれを見ても思うだろ? 変わったって」

「……この後次第ね」


 リンゴが眉を潜めたところで学園内に予鈴が響いた。ラックの周りにいたクラスメイトは蜘蛛の子を散らすように席へ戻ってゆく。ボールとリンゴもそれに続いた。

 程なくして教室内は静まり、それを待っていたかのように教室の戸は開けられる。


「起立」


 一人から上がった声で先生ルベンへの挨拶が始まる。室内を見回したルベンの目にもラックは映ったようで一瞬見開いたが、「礼」と続いた号令でその目は平静に戻る。


「着席」


 挨拶を済ませた皆が席につく中、何故かラックは席から離れていた。


「ちょっと! あんたここまで来て――」


 手の平を返すような行動を見て立ち上がったリンゴだが、投げ掛けた言葉は彼が教壇前に止まった事で打ち切られる。


「どうしたんだね?」


 相変わらず淡白な声色のルベン。そんな彼の目の前で授業用の杖を持ったラックは教卓上に杖先を向けた。

 手首のみで杖を小さく動かしてゆくと二人の間で何かが光を放ち始める。それを目にしたラックが杖を横に構えて空を切れば光は一瞬にして外へ。


「終わったぜ、全部」


 唐突の出来事に眩んでいたルベンはラックの声でまぶたをこする。教卓の上には用紙、ノート、本等が山積みに鎮座していたのだった。


「何だねこれは」

「昨日先生からもらった課題だって。これで皆に追いついただろ?」


 言われたルベンは課題それぞれに目を通してゆく。


「あいつ、今まであんなにサボってたわけ?」

「でもそれらを一日で取り戻した。今までじゃきっと出来ねえ所業だろうよ」

「でもねえ……」

「なるほど」


 リンゴが言い分を探す間に聞こえた一声は視線を教壇に戻させる。課題の一種の本をぱたんと閉じたルベンは杖を手にしては、ラックと同じように動かしてゆく。すると中空に現れた魔法陣が課題をみるみる吸い込むのだった。


「このような時間に提出してくる事は感心しないな。授業の開始時間を遅らせているのだからね」


 課題を吸い込み終わり、魔法陣を消したルベンが教卓を離れながらラックを睨み付ける。それに黙ってしまったラックを波紋に凍りつく空気――唯一立っていたリンゴも音もなく着席する。

 そしてルベンは、ラックの正面で止まった。彼の、後ろに回していた片手がラックに伸びる――。


「ご苦労だったな。さすが私の教え子だ」


 伸びた手が辿り着いたのは、ラックの頭だった。くしゃりと撫でたその手は、戻りなさい、の言葉とともに彼の背中を押したのだった。醸された空気とかけ離れた対応に、ラックの目はたちまち点になってゆく。

 一連を目の当たりにしたフロウも目を大きく開けて放心気味。周りも隣と顔を見合わせながらどよめいている。


「騒がしいな」

「それはそうよ。気難しそうなあの先生が生徒の頭を撫でるなんて思わないじゃない」

「そうか? 俺としては、まあそうなるよなって思ったけど」

「あの先生のどこに“優しい”の要素があるわけ?」


 リンゴとボールまでも口数が増える事態にルベンは大きく拍子を二つ叩く。


「何を騒いでいる。授業を始めるぞ」


 そう授業準備を急かすルベンは何食わぬ顔で教壇に立っている。手元の教科書を開いては板書を行い始めたのだった。


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