039話 学園生活二日目 / 後編



「――っていう事があったのよ! 板書を写すのも食い気味だし、しきりに発言もしてたし、終わった後も先生に質問攻めしてて……昨日のあいつと今日のあいつ、本当に同一人物なわけ!?」


 リンゴがこう舌を振るう先は、昼食を頬張る武器専攻のマルー達だ。ほうと口を開けるマルーとリュウの隣でレティは前屈みに耳を傾けていた。


「その話が本当ならとんでもない事件ね」

「これが本当なのよ!」


 ねえっ! とリンゴは、しずしずとサンドウィッチを嗜むフロウに振り返った。


「何の話でしょうか」


 一瞬目を開いたフロウから出たのは落ち着き払った声。高揚気味なリンゴの肩をかくんと落とさせる。


「ラックが昨日と今日とで全然違うって話!」

「当然のことですわ。朝に話した通り、ラックさんの変化は昨日ボールさんと関わった故のもの」


 それよりも、と、サンドウィッチを持つ両手を下ろしたフロウはリンゴやマルー達に顔を上げた。


「私にはどうも不可解なのです。起伏の少ないルベン先生がまさか人前で教え子を撫でるなど――」

「へえええっ!?」


 前傾気味の身体が一瞬にして仰け反ったレティ。咄嗟だった動きにマルーとリュウもパンを食んだまま身を引いている。ただリンゴだけは、やっぱりだわ、と沈着に口を衝いた。


「レティもそんな反応するのね。あの時も、クラスの皆目をぱちぱちさせてて――」

「もちろんよ! 気難しさ全開なあの先生がそんな事するなんて思わないもの! リンゴだって、想像してなかったでしょ?」

「それは、まあ……」

「でも良かったね二人共! ラックがちゃんと授業を受けるようになって!」


 本当ですわ、と微笑むフロウに、そうかしら? とレティ。


「油断できないわよ? このお昼休み中にいなくなることだってよくある事なんだから」

「もう。レティもリンゴさんと同じことを言うんですか?」

「全くだぜ! ひどい事言うなーレティは」

「まあ当然だろ。今までと今が大きく違いすぎる」

「ボールまでそんな事言うのかよー」


 と、気丈な足音と静かな足音が一つづつ入ってくる。


「あ、ラックおはよう!」

「おおマルーとリュウか! 昨日ぶりだな!」

「だねー。ボールも授業お疲れ様ー」

「そっちもな。お疲れ」


 と挨拶を交わす様を遠い目で見やるレティ。これに気付いたらしいラックが正面を切るが、彼女はそっぽを向いてしまった。


「なんだよレティ。そんなに俺と会いたくなかったのか?」

「……受けるんでしょうね? この後の授業」

「そりゃ当然! 今日の授業を全部受けてくれたら、先生が特別授業をしてやろうって言ってくれてさ!」

「ルベン先生が特別授業をですか!?」


 ラックの言葉で途端に立ち上がったフロウが大きく目を輝かせた。それを見たラックが、良いだろう! と白い歯を見せて笑う。


「そんなにその特別授業って凄いの?」

「凄いもなにも、そもそもルベン先生はあらゆる魔法を新旧問わず熟知している方なんですよ!? その方から普段以上の内容を教えてくださるのですからもう、ラックさんが得た機会は喉から手が出るほどです!」

「だったらフロウも来いよ! 俺と一緒に来た魔導専攻の奴なら誰でも受けさせるって言ってたぜ?」

「それが出来なくてこう嘆いているのです! ですからラックさん、私の代わりに生徒会へ出席を――」

「無理な話だな! 俺がいないと授業すら始まらねえし!」

「そう、ですよね……」


 一蹴されたフロウがうなだれると、学園中を大時計の鐘の音が包んだ。


「うわ午後の授業の予鈴だ! 行くぞボール!」

「おう。じゃあな三人共。リンゴも授業遅れるなよ」

「昨日遅刻したあんたがそれ言う!?」


 ラックと共に去っていったボールを、マルー達への挨拶そこそこにリンゴが追いかけてゆく。置いていかれたフロウが頭を垂れて独りごつのを見兼ね、レティは彼女の身体を揺すり始めた。


「そんなに受けたかったんだね、特別授業ー」

「きっと次があるよフロウ! 元気出して!」

「そうよ! ほら、午後の授業始まっちゃうから!」

「……はい。行ってきますね」


 やっと腰を上げたフロウを見送ったマルー達もその場を発った。



 朝方と同じように三人は階段を上り実技室へ。開放されているそこへ入ってゆくと、朝方や昨日とは違う光景が広がっていた。


「なんか、太い棒がいっぱい建ってるね!」

「人の頭のように丸いものも付いてるよー?」

「あれは打ち込み台。これからやる授業は対人で行うには危険だから、こういう物を建てておくの」

「打ち込み台を建ててやる授業って、何?」

「魔力操作を兼ねた武器演習――簡単に言えば必殺技の練習ね」

「必殺技かあ!」

「だけど、魔力操作ってことは、魔法を使うってことだよねー? そんな事、僕達に出来るかな?」

「心配は要りませんよ。お二人はまず魔法から覚えていきましょう」


 と言ったのはローゼ。彼女が手にしている一冊は色使いがカラフルで可愛らしい。どこかで見たことがあるあの本の名前は……。


「あっ! “やさしい 魔導士にゅうもんしょ”!」

「そういえばマルー、あの本を見て魔法を出したんだよねー」

「でしたら感覚を掴むのは容易いかもしれませんね――」


 とローゼが微笑みかけると本鈴が鳴り出した。素早くローゼの前に整列したクラスメイトの中から、起立、礼、と号令が上がる。


 そうして授業が始まったのは魔導専攻にいるボール達も同じだった。




「昨日の課題を返却する」


 この言葉から始まったボール達の授業は、それぞれもらった評価を眺めながら話に花を咲かせていた。


「どういうことよこの五段評価! あんたのは直しが入ってるのに“4”で、あたしのは直し無しなのに“3”よ! これ訳分かんないっ!」

「そんなの俺に聞くなし」

「なら俺に見せてみろよ! どうしたら良かったか教えてやる」

「あっちょっと!」


 席で座るリンゴとボールの会話に割り込んだラックがリンゴの課題を取り上げる。二人に聞こえるように唸ってみせた彼は、こういうやつは! と立てた指を課題に向けて振るい始めた。


「あんたに直してくださいなんて一言も言ってないんですけど!」

「ほら、これが俺とお前の違い!」


 ぱっと差し出されたリンゴの課題には、大きなタテガミと二本の細い角を生やした龍の顔が魔法陣の上部にあった。目尻を釣り上げたそれはリンゴを強く睨みつけている。


「これ、本当にあたしの魔法陣?」

「だぜ? 実際に杖振ってみろよ」


 言ったラックが書き換えた魔法陣を机に置く。固唾を飲んだリンゴが構えた杖を振った刹那、蛇の身体をした龍が魔法陣から上昇し、急降下。


「せっかくある空白がもったいなかったから顔を描き足してみた。多分、お前が書いたやつは曲線しかなかったから、細い炎が飛び出すってだけだったはずだぜ?」

「ええ。でも顔を足しただけで見違えたわ……あんた意外とやるのね」


 リンゴの言葉を聞いたラックは堂々と胸を張る。そうして粋がる彼だったが、それに目もくれずリンゴは直された課題を眺めた。


「あたしにとっては傑作だったのになあ」

「魔法は経験を重ねるごとに上達するものですわ。挑戦あるのみです」

「そうね。フロウの言う通り。でもあたし、悔しいのよ。魔法使いじゃないあいつが女神とか飲み薬みたいなのとか出しちゃうのよ?」

「女神と飲み薬が出せる魔法陣? で確か、直しが付いてるって? ボール、その課題見ても良いか?」

「ああ、別にいいぜ」


 ほいと渡した魔法陣を見てラックの目が大きくなった。


「うわっ、こいつ俺が直したやつだ」

「直し? 何でお前が」

「まあ色々あって。――というか、見れば見るほど、お前が描いたもののように思えなくて感心しねーなあ」

「感心しないって言葉、昨日の先生も言ってたわね」


 そりゃそうだ、と呟きながら鼻頭を掻くラックは、ボールの目の前で机に手を突く。


「お前本っ当に魔導師目指してないのか?」


 屈んできたラックの鋭い視線をボールは外す。


「その気になればお前絶対最高の魔導師になれるって!」

「別に俺はそんな風に――」

「なるつもり無いなんて言葉は聞き飽きてんの! そうやって自分にある力に見向きしねえなんてどうかしてる!」

「何度も言わせるな! 俺にそんな力はない!」

「あるわよ!」

「あります!」

「あるって!」


 肯定の言葉がボールの三方を貫く。


「お前に足りないのは出来るって信じる力だ。それさえあれば魔法は使いこなせる!」

「勉学と同様ですわ。努力も必要ですが、出来ると信じずに行う努力は身に付きにくいものですよ?」

「ラックとフロウの言う通りよ。初めてホノオを出せた時もあたし、いろんな事を信じたからだわ。自分もだし、持っていた杖もだし、一緒にいた仲間もだし」


 だから、とリンゴが、瞬きするだけのボールを覗き見る。


「ほんの少しは信じてみなさいよ? 自分に出来ないわけじゃないって。この世界でだったら不可能じゃないって」


 語りかけるリンゴに、答えることのないボール。

 その様子に顔を見合わせるラックとフロウに「おーい」と言葉が飛んできた。


「君達だけだぞ、立っているのは」


 言われてはっとした二人が見渡すと、クラスメイトが冷たい視線を送ってきていたのだった。


「申し訳ありません! すぐ戻ります!」

「まずい、約束破りになっちまう――!」


 顔を青くしながらラックとフロウが自分の席に飛んで帰ってゆく。授業が始まると察したリンゴが教壇へ視線を変えても、それに気付かないままボールはぼんやりと時間をもて余すのだった。


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