040話 必殺技への手綱
「起立。礼」
ありがとうございました、と教室中に響いてすぐに生徒が廊下へ雪崩れ込む――滞在二日目の授業が終了したのだ。
「さあ、今日こそ手掛かり掴むんだから。分かってるわよね?」
言いながら隣の席に振り返るリンゴ。しかしその席はもぬけの殻だった。
「ボールぅ!? あいつどこに行ったのよーっ!」
彼女の叫びは容赦なく教室の外へ。一瞬その場で止まった生徒達だったが、それは名前を呼ばれた本人も一緒だった。
「何か俺呼ばれた気がするんだけど」
「こんなに人が行き来してるんだぜ? 簡単には見つからねえって!」
なら良いけど――そう呟いたボールが通り過ぎた道を気にかける。しかし遠くから聞こえたラックの急かす声で彼は我に返った。
ごった返す生徒の中で声の出本を探してみると、階段のある方向でひょこひょこと挙がる手が映る。それに向かって人混みを掻き分ければ、挙げた手を腰に当て息をつくラックが見えてきた。
「しっかりついてきてくれよー。捕まったかと思ったぞ?」
ほら早く行こうぜ! と、ラックは行き交う生徒を躱しながら階段を降下。ボールはそれを階段一段飛ばしで追った。
「で? 先生とはどこで会うんだ?」
「とりあえずは図書館! そこから別の場所に移動だってさ」
「別の場所か――」
会話を交わす二人が雑踏に消えてゆく。
そんな事など露知らず、リンゴはボールの名前を呼びながら今いる階を駆け回っていた。
「せっかく朝約束したのにまた一人で手掛かり掴まなきゃいけないなんて」
はやっていた足は次第に落ち着き、果てに彼女はその場の壁に寄り掛かってしまう。
「ボールもマルーもリュウも、授業に夢中になる事は良い事よ? でも、ちゃんと分かっているのよね? 事件を解決させなきゃいけないって」
一人息をつき仰いだ先は、計らずも、マルー達のクラスが先程まで授業をしていた実技室だった。
「さあ二人共! 打ち込み台に向かってまずは魔法よ!」
「うん!」
「よーし」
柏手を打ったレティに返事をしたマルーとリュウが構える。
「本に載っていた要点は押さえてる?」
「もちろん! 私の魔法は――」
マルーは高く人差し指を突き立てた。
「ラクライ!」
声とともに振り下ろした指で前方から炸裂音が轟いた。音が落ちた場所を見れば、打ち込み台の上部から黒煙が。
「やった! 成功したよ!」
「僕も行くねー」
一方リュウは右手で手刀を作り、左肩元にそれを寄せている。
「えりゃあああ!」
手刀が空を裂けば彼の先で打ち込み台が大きな音を立てて揺れた。
「すごい! 傷がいっぱい付いたね!」
「上手くいったわね、“タツマキ”の魔法!」
「うんー」
「あれ、嬉しくないの?」
「そんな事ないよー? けど、実感が沸かないなーって」
「何度も使うのよ! 実感が湧くくらい!」
声を上げたレティは得物を打ち立てていた。
「さあ! 今度は武器を持って必殺技の練習!」
「そうだった! 技を放てるようにする為に、魔法を練習してたんだった」
懐から何かを取り出したマルーはそれを上に放りディレートと唱える。すると中空で剣が姿を現した。
「昨日放ったあの技をいつでも放てるように練習しなくちゃ」
そうしてマルーは剣を、鍔が胸元に位置するように刃を上へ。
「本にも書いてあった。“天から地へ振り下ろすような動き”には、天にいる神様の力を借りる、という意味が込められてるって。だから高く突き上げるの。この剣に、フェニックスが来てくれるように!」
来い! フェニックスっ! ――室内にこだましたマルーの言葉は、フェニックスの代わりに沈黙を連れてきてしまった。堂々と剣を掲げた彼女に、リュウもレティも含めて目を丸くする。
「あれ? 来い! がいけなかったかなあ?」
一身に浴びてしまった視線を振り払うようにマルーは、言い方を変えながら何度もフェニックスを呼ぶ。しかしフェニックスが来る気配は皆無だ。変化の訪れないマルーへの視線は、露骨にも冷めたものへと変わってしまうのだった。
「言い方は関係なさそうだねー」
「そうね」
レティと相槌を打ったリュウは再び打ち込み台と向き合った。彼の両手にはマルーと同じように出現させた槍がある。
「とりあえず、さっきの魔法とおんなじように槍を構えてみてー、っと」
ゆっくりと、漂う空気を撫でるように彼は槍を持ち上げる。
「あのモヤ、まさか!」
近くにいたレティの目が捉えたモヤは後頭部に構えられた鉾にまとわれている。それを意識してか否や――リュウは一喝しモヤを投げ付けた。刃の如く变化しながらモヤは風切音を連れて打ち込み台で発破! 響いた音にマルーはもちろん、周囲の人々も振り返らせる。
「すごい……すごいよリュウ! たったの一回で、すぱん! って!」
発破させた張本人が開いた口を塞がずに見つめる先には、上下が斜めに真っ二つとなった打ち込み台があった。駆け寄ったマルーがリュウに四方八方から声を掛けるも、彼は使った武器を両手に持ったまま、ぼーっと眺めるだけだった。
「初めての魔法に初めての技……慣れない魔力消費で疲れが出たのかもしれないわね」
「そういえばリュウはこれが初めてだったや。魔法とか技とか」
「うんー。初めてだったからー、どうしようかなーって」
「どうしようって、何を?」
「なるほどね」
分かったわ! と得意顔のレティがリュウに向かって指差した。
「あなた悩んでいるわね? 今放った技につける名前を!」
「そー。それー」
「まさかリュウ、名前を考えるのにずっと夢中だったの? ……」
「すぱーんて打ち込み台が切れてるから、多分あの時、刃みたいなのが出たって事だよねー?」
「ええ。途中で風の魔力が刃を象っていたわ」
「ということは……」
「ねえ二人共! 私も混ぜてよー!」
マルーが技の名前を考えている二人に割って入った頃だった。
「よーしいちばーーーん!」
開け放たれている図書館へラックがばたばたと入り込んだ。その直後に、おいおい、と軽い足取りが追いかけてくる。
「そんなデカい声出すな。てかお前、急ぎすぎ」
「そりゃだって、先生の特別授業だぜ? 一刻でも早く来て、時間の限り受けていたいじゃん?」
「だからってなあ……」
息を整えたボールは腰に手を当てながら顔をしかめる。だがラックはそれに目もくれず、辺りを見回していた。
「あれー? 先生がいねえなー。大体この辺で待ち合わせてるんだけど」
「俺達みたいにすぐには来れないだろ。気長に待ってようぜ」
言ったボールは受付辺りへ向かいながら、鞄を開けては本を手にした。
「ほーここでも勉強か」
「まあ無駄にしたくないからな、時間は」
「でもその使い方、もう沢山じゃねーか?」
隣についたラックの言葉でボールの視線が本から彼に移った。
「もう移って良いんじゃねーの? 次の段階にさ」
「次の段階?」
「俺的にはさ、――今やってるそれは取り入れる事だろ? その取り入れたものを吐き出すってのが必要だと思うんだよな」
「吐き出すといっても俺にそんな力――」
「だーかーらー! それは聞き飽きてんのっ! やんなきゃ分かんねーだろ!」
「ラックさん? お静かに?」
「えっ、ローゼ先生!?」
二人の背後に、人差し指を口元に当てたローゼが立っていた。悪びれた様子で息を凝らしたラックに対し、ボールははてと首を傾げる。
「こんな所にどうしたんすか?」
「迎えに来たのですよ、ラックさんと、ラックさんがお連れの生徒を」
そうしてローゼは微笑みながらラックの周囲を見渡す。
「ボールさんだけですか、特別授業を受けたい方は」
「っすね。で、武器専攻の先生がどうして」
「頼まれたの、ルベン先生に。特別授業の準備に手間取っているとのことで、その代わりに」
丁寧に言葉を紡いだローゼに、無表情を貫くボール。静寂に包まれた二人の狭間できょろきょろするラックがいる中、その雰囲気を息で解いたのはボールだった。
「だってよラック。早く行こうぜ?」
「お。おう」
「どこでやるんすか? 特別授業は」
「ええ、こちらですよ」
微笑を崩さないままにローゼは片手を図書館の外へ差し伸べる。それから歩き出した彼女に黙ってついて行くボールを、ラックは慌てて追いかけた。
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